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【ローファンタジー】 『ありふれた怪異、街の名物』

贄と悪神

作者: 小雨川蛙

途中、読むのが大変な文章がありますが読みづらかったら読み飛ばしてしまってください。

読み飛ばしても問題ない程度の内容しか書いてません。

無理して読んでみると登場人物と気持ちが一つになれるかもしれません。

 

 その村では一年に一度、悪神に贄を捧げる決まりがあった。

 贄は村の子供から選ばれる。

 それ故に子供達は皆、毎年、贄が決められる日が近づくとビクビクと震えだす。

 しかし、震えたところで贄は決まる。

 それが村が出来た頃からの習慣だったから。


「おとう」

 この年、選ばれた哀れな贄が父に問う。

「僕、行きたくない」

 しかし、父親は冷たく言い放った。

「決まったことだ。諦めろ」

 その言葉を聞いて子供は俯き諦めた。

 贄の定め。

 それは村に生きる全ての者が受け入れるしかないものなのだ。

 鳥居の前で父は止まる。

「いってこい」

 その言葉に子供は頷き一人で鳥居をくぐる。

 哀れな贄の背に父親は告げた。

「ここで待ってるかんな」


 贄が項垂れたまま歩き続けると不意に景色が移り変わり巨大な悪神が現れた。

「今年はお前か」

 愉快そうに笑う悪神に子供は頷く。

「おや、お前は幸吉のところの息子の末吉か」

「はい」

 すると人を一飲みに出来そうなほどに笑いながら悪神は言った。

「そうかそうか! 確かお前は二年前にも儂の下に来てくれたな」

「はい」

 贄は覚悟した。

 そして、同時に諦めた。

 これが役目なのだと。

「おお! やはり! 懐かしいな、お前の事はよく覚えておるぞ。何せ、ここへ来た時に儂を見て大泣きをしたのだから。まぁ、儂を見て大泣きをするのはある種の通過儀礼のようなものではあるのだがな。何せ、このような見た目だろう? もし儂がお前達の立場であればきっと儂も泣き出していたに違いない。いやはや、儂も思うのだ。何故、このような恐ろしい姿をしているのだと。お前達を守る立場であるのだから、いっそお前達が誇らしいと思えるような姿であれば良かったのだが、生憎生まれた頃よりこの姿であるのでな。お前達人間が生まれた頃より人間であるのと同じで儂もまた同じなのだ。しかし、命というのは不思議なものだとは思わんか。何せ、儂もお前も命という意味では等しいものなのだぞ? 実に不思議だとは思わんか。あぁ、すまぬ。話がそれてしまった。はて、何の話をしておったか。あぁ、そうだ。末吉。儂はお前をよく覚えておるんだ。大泣きをする姿が幸吉にそっくりであったからな。しかし、あやつが子を持つ年頃か。時が経つのは実に早いものだ。あの幸吉がのぅ。あんなにも小さかったのに、今じゃ六人の子を持っておるのか。あぁ、そういえば幸吉の嫁であるタエのこともよく覚えておるぞ。なにせ、あの娘は儂を見ても一泣きもせずに睨み続けておったからな。それどころかタエと来たら儂に言ってきおったのだ。何を言ったと思う? お前には想像もつかんだろう? あぁ、しかしあの言葉は本当に儂にとって衝撃的であった。まるで稲妻が走ったかのようだ。そうそう稲妻といえば、この間の大嵐の時に村は大丈夫であったか? まぁ、儂が村を守っている限り大きな問題にはならんだろうが。おおっとまた話がそれてしまった。すまんな末吉。しかし、こうしてお前の顔をよくよく見てみるとお前は幸吉に似ておるが、瞳の奥にタエと同じ冷たいものを……」


 翌日。

 鳥居の下で待っていた父親の下に贄がふらふらと戻って来た。

「終わったか」

「うん……」

 心底疲れ切った顔をした我が子を背負いながら父親は自宅へ帰った。

 二人を出迎えた母親は我が子を一目見て思わず毒づいた。

「あのクソジジイ、どうやら全く変わっていないみたいね」

「うん……前に会った時と変わんない」

 母親に抱き着きながら子供はうんざりとした表情で言った。

「今回もすっごく話が長かった」

「うちの子供になんてことするんだい! あのジジイ!」

 父親は大きくため息をつく。

「許してやれよ。年寄りは子供が好きで、そして何より話をするのが好きなんだから」

「あぁ、ほんっとうに腹が立つ! 私が贄だった時にもっと言ってやりゃよかった!!!」


 この村の守り神にして誰よりも話が好きな存在は一年に一度、村の子供がお話しをしに来るのを実に楽しみにしているのだ。

 しかし、一晩も続くその話を村人全員が恐れており守り神もまたそれを察している。

 特にある少女が自らを『悪神の贄』と言った際には酷く傷ついたようで、今では拗ねて悪神と贄という言葉を受け入れて自分から「今年の贄はまだか」などと宣っている。


「傷ついたかな? なんて少しでも考えていた私がほんっとうに馬鹿だった! もっと色々と言ってやるべきだった!」


 かつて自分の心を酷く抉った、村で一番口の悪い女の声を遥か遠い社の中で聞きながら悪神はぽつりと呟いていた。

「そんなに話が長いか。儂は……」

 文字通り人知れず悩み続ける悪神と、感謝しつつも神を恐れ続ける村人の関係はもう数百年も続いている。


 そして、きっとこれからも続いていくことだろう。




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― 新着の感想 ―
長〜い長い、昔語り。 退治されることもなく、数百年も受け継がれるなら、何世代かに一人くらい、話を面白がって食らいつく好奇心あふれる者に、逆に困らされてたりして、などと思いました。 そこそこ大切にされ…
 話の内容にもよるのでしょうけど、姉や兄がいる子が先生に語られるアレと思うと、権力の傘に語られるそれは苦行かも知れませんね。  何故だかイメージに何処かの星のラムのお父さんを浮かべてしまいました。(…
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