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踊る葬儀屋  作者: ルト
9/9

final,program オドレオドレ

 舞は地面を蹴った。飛び掛ってきた受肉霊と正面からぶつかるように激突し、柄で薙ぎ払う。

 足下、湧き出したもやが形を取って掴みかかってくる。石突を突き下ろして核を精確に潰した。

 背後からも湧き出し襲い掛かってくる。舞は滑るように足を半歩前に出し、槍をふるって薙ぎ払う。


「あぁアあア!」


 受肉霊が間合いを詰めてきて腕を振り下ろした。鉄さえ潰せそうな強力(ごうりき)を、舞は柄で受け止める。

 わずかにきしむ槍を傾け、受肉霊の力を受け流すと腰をひねって蹴り飛ばし、お互いに距離を取った。

 しかし受肉霊は腕を広げてもやを集め、砲弾のように打ち出した。

 一抱えもあるその弾丸を舞は正面から唐竹割りに切り下ろす。同時に周囲に湧き出したもやを見もせずに把握すると、アスファルトを軽く蹴った。

 一転、切り下ろした勢いを使って縦に一回転し、背後のもやを切り上げる。そのまま着地と同時に大きく斜めに切り払い、周囲のもやを祓った。そしてサイドステップを踏む。

 舞が立っていた場所でもやが着弾し吹き散らされた。


「なかなか、手応えがある相手ね」


 嬉しそうに目を細める。

 舞踏を踊るように、舞は軽いステップで受肉霊との間合いを詰めた。遅れ髪が宙に踊る。

 受肉霊は学習しているのか、槍穂の間合いに入らないように、逆に大きく前進し距離を縮めた。接近戦になると不利なのは舞だ。受肉霊が腕を振るう。

 舞はそれをジャンプでかわした。高く跳び、足を上げて受肉霊の手をかわす。舞を見上げようと首を動かし始めたその背中に、杭のように重く強く石突を落とした。

 体勢を崩す受肉霊と裏腹に、ひらりと飛び越えて着地する舞。

 その舞を狙ってもやが湧き出して襲ってくる。

 今度は時間差をつけているが、舞の目に迷いはない。


「っふ!」


 槍を突き、一体を吹き散らす。槍に引き寄せられるかのように踏み込み、襲い掛かるもやをかわす。


「ひゅ!」


 背後にそれを残したまま眼前に襲い掛かるもやをまず斬り、祓う。


「はぁっ!」


 振り返りざまに薙ぎ、背後で体勢を整えたもやを祓った。直後に槍がうねるかのように石突が跳ね上がり左側にいたもやの顔面を殴り飛ばす。


「せっ!」


 その反動で槍が踊り、右側のもやと左側のもやを一振りで祓う。

 斬り、突き、薙ぎ、石突で殴られ手足で翻弄され、一方的にあしらわれ祓われるだけだった。そしてそのたびに受肉霊の霊気は目減りする。

 どれだけ数を増やしても舞にとっては児戯に等しかった。


「あアああアっ!!」


 起き上がった受肉霊が自ら腕を振るっても、柄で受けられる。舞は即座に足を振り上げて受肉霊の腹に蹴りを叩き込む。同時に脇を締め、腕を引き絞り、槍の石突で受肉霊の側頭部を殴り飛ばす。

 きりもみに回りながら吹き飛んだ受肉霊は、地面に腕を叩きつけて回転を殺し、受身を取るように転がって立ち上がる。

 舞はそこに踏み込む。


「うあァ!!」


 受肉霊が迎撃するように拳を突き出す。舞は浅く持った石突をその拳に横様にぶち当てていなし、同時に穂先を構える。刃が踊るように跳ね上がり、逆袈裟に受肉霊の体を切り上げた。

 刃は受肉霊を斬っても、霊力で強化されたその身体は硬く切り傷よりも衝撃として伝わる。切りつけられた受肉霊は、浅い傷とともに斬撃の勢いで体勢が崩れる。


「はっ!」


 一歩足を引いた舞は槍を構え直し、上段から袈裟に斬りかかる。腕を掲げて盾にすることで防いだ受肉霊は、足を振り上げて回し蹴りを浴びせる。


「あぁあアあ!」

「っふ」


 短い呼気を残して舞は、たん、と軽いステップを踏む。

 その一歩で間合いを広げ、受肉霊の蹴りから離れた。直後に跳ね返るかのように小さく鋭く跳躍して大上段から真っ直ぐ、唐竹割りに槍を振り下ろす。

 蹴りを空振りして体勢の崩れた受肉霊はかろうじて転がるようにその斬撃を避ける。舞は足を踏み変えて刺突を閃かせる。受肉霊に当たった刃をわざと跳ねさせ、槍を引き戻す動作に合わせて斜めに引き斬る。

 受肉霊が悲鳴を上げ、白く煙を立ち上らせながら傷口を霊力で塞ぐ。そのたびにまた、霊力は減っていった。

 もはや、趨勢は喫した。

 いや、最初から決まっていたのかもしれない。


「っし!」


 舞が鋭く声を上げて大きく槍を振るい、受肉霊の横腹に叩きつけた。衝撃に吹き飛び、地面を転がる。

 もがきながら立ち上がる受肉霊の前に踏み込み、槍を回し、構える。


「これで、お終い!」


 その胸に槍を突き立てた。






 誰もいないバス停のベンチに腰を下ろしている舞の後ろに、霊柩車が停まった。

 ドアが開いて誰かが下りる音の後に、バタン、と閉じる音。

 舞の横に中野の顔が現れた。


「よう。お疲れ、舞」

「……よう」


 舞は億劫に振り返り、表情の薄い顔で返した。

 中野はベンチを乗り越え、舞の隣に座る。スポーツドリンクを手渡しながら笑った。


「また気が抜けてるのか。でかい山のあとはいつもそうだな」

「まあね……」


 返事にいつもの張りがない。黙ってペットボトルを傾ける舞を見て中野は苦笑する。

 舞は自分の本来の姿といえる霊気を開放する状態になると、異常なほどの(そう)状態になるとともに霊気を撒き散らす。周囲に満たすことで戦闘が有利になることもあるが、それ以上に自分自身がそのほうが快感があるのだという。

 しかし、霊気とはもとは自分の魂である。

 生者である限り日々の生活のなかですぐに快復していくとはいえ、再封印の副作用で大幅に減った直後はどうしようもない。舞にとって気が抜けるというのは字義通りの意味なのである。

 ペットボトルを膝の上に載せた舞は、首を傾けて口を開いた。


「米原さんたちは?」

「所長は医者の手当てと警察が来るまでの拘留。米原さんは残留してる霊気を祓ってるのと、霊脈をいじった後処理」

「そっか」


 あの医者に憑依していた死霊が祓われたのだから、死霊の霊気による体型の変化も付随する異常な筋力もなくなり、ただの人間に戻っている。

 しかるのちに、彼は傷害や殺人未遂で法に問われることだろう。

 受肉の罪は重いが、法に規定されておらず、別の法を適用して処罰することが慣例になっている。

 だがそれは、葬儀屋には、もう関係のない話だ。

 ベンチの後ろに手を突き、空を仰ぐように仰け反って中野は言葉を重ねる。


「この戦いが終わったんだから、お前、好きな奴に告白してきたらどうだ?」

「……あれ、私あんたに好きな人いること言ったっけ」


 からかいに返る言葉は、なんとも気の抜けるものだった。

 中野は苦笑して、うなずく。


「まあな。別の、でかい山のときに」

「……そうだっけ」


 ツインテールを傾けて舞はつぶやき、膝に肘を乗せた。

 思い出したように中野に言い返す。


「あんただって、終わったんだから米原さんに告白してくれば?」

「俺はいいんだよ、別に死亡フラグ乗り越えたわけじゃねぇんだから」

「ああ、そう」


 気のない声であっさり返す。

 両手でペットボトルを回して遊ぶ舞に中野が苦笑していると、米原が歩いてきた。中野が米原を見たことに気づき、手を振る。

 前に立った米原はふたりを見比べて、微笑む。


「それじゃあ、私たちは帰りましょうか」


 中野はうなずいて立ち上がり、ふと気がついたように尋ねた。


「所長は?」

「院長さんに依頼達成の報告と、警察から佐藤美由紀さん殺害の重要参考人として聴取するって連絡受けたから、その確保。あとは霊気の影響が残ってる場所がないか見回りしてくるって」

「そうですか、分かりました」


 米原の言葉に、中野はさしたる反応を見せずにうなずいた。

 舞を気遣いながら連れ立って霊柩車に乗り込む。中野は最後に運転席に乗り、キーを回した。

 エンジンが震える。

 走り出す前に、不意に、窓の外を見た。

 そこにはもはや霊気もなにも残っていない、人通りも戻らないがらんどうの交差点がある。

 中野は無表情なアスファルトを眺めて、つぶやいた。


「……なんか、物寂しいですね」


 助手席に座る米原は、首をかしげた。髪がさらりと肩からこぼれる。

 優しく穏やかな微笑を浮かべ、そっと中野に答える。


「葬儀って、そういうものよ」

「そうかもしれません」


 小さく笑って中野は顔を戻した。

 ギアを入れてハンドルを切り、Uターンし、走り出す。

 交通安全のお守りが揺れた。


「ねぇ、これ」


 米原がそのお守りを見つめながら、嬉しそうに笑った。


「これって、私が作ってあげたお守りでしょ? 大事に使ってくれてるのね」

「米原さんの力は知ってるので、下手な神社の物より信頼できますよ」

「ふふ、そんなふうに言ってもらえると嬉しいわ」


 霊柩車が交差点を出る。

 車とすれ違った。

 しばらくルームミラーを見つめていた米原は、かすかに微笑んで中野を見る。


「ねぇ、中野くん」

「はい?」


 信号待ちをするために停まり、人がわたるのを眺める中野が聞き返した。

 米原は後部座席でいつの間にか寝息を立てている舞を振り返りながら言う。


「さっき、ちょっと聞こえちゃったんだけど」


 信号が変わり、霊柩車は走り出す。

 運転する中野の横顔を眺めながら、米原は言葉を重ねた。


「戦いが終わったら、私になにか言うんですって?」


 元タクシードライバーの意地に掛けて、安全運転は崩さなかった。

 中野が振り返った米原の頬は、ほんのわずかに、桃色に見える。



 §



 遠くで、ざわざわと木々がさざめいている。

 夜も深まった深夜二時過ぎ。ひと気の全くない深夜の住宅街に白いもやがたたずんでいた。霧のような、煙のようなそれは、風に流されることもなくその十字路に留まっている。

 ざり、と靴がアスファルトを噛む音が聞こえた。もやが振り返るようにその場で流れる。


「どうもこんばんわ。あなたを弔いに来たわ」


 少女の声でもやに話しかける。

 穂先に朱墨で文字の書かれた札を貼り付けている槍を肩に担ぎ、右手で肩に掛かるツインテールを払う。

 小柄で女子高生くらいの年齢の彼女は、パンツスーツの黒い喪服を身にまとっていた。

 その喪服は体に馴染んでいるように形が変わっており、日常的に身にまとっていることを感じさせる。

 もやが動き出す機先に合わせて、少女はゆらりと動いた。石突が跳ね上がるように回り、一瞬で槍を構える。

 舞は微笑んで、歌うように言った。


「それじゃあ、葬儀を執り行いましょう。しめやかにね」


 葬儀とは、残された人のために亡くなった人を送る儀式。

 そこにはどこか、寂しさと悲しさと、生きる強さに満ちている。

 ひとつの葬儀屋の物語、これにて終幕にございます。

 皆々様におきましては、楽しい時間を過ごされたのなら、至極幸いに思います。


 最後の最後に、年の差恋愛を混ぜ込んでみたり。

 舞の日常、舞の好きなひと、6年前の事件、中野がわざわざ除外した"あの件"……まだまだ物語りは続きます。

 しかしそれはきっと、私の手によるものではないでしょう。

 読んだあなたが、ふと彼らの姿に思いをはせたとき、彼らの物語は紡がれるのだと思います。

 それはあるいは、彼らだけではないかもしれません。


 すべてはあなたの中に。

 今を生きるあなたの、その"力"によって創られるのです。


 と、なんかカッコいいことを言ってみました。

 話を思い返してみて、という話です。

 気に入ってもらえたら、彼ら『葬儀屋』の過去現在未来に想像を広げてみて、という話です。

 この世界観を下敷きにして誰か書いて、という話でも(殴



 えー、まー、とりあえず、この物語は以上です。

 ロマン重視、好き勝手に書いた物語が、一人でも多くのひとの心を楽しませることができたなら最高です。

 ありがとうございました。

 また別の物語であいまみえることを願って。

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