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踊る葬儀屋  作者: ルト
8/9

8th,program サソイサソウ

 中野は車を走らせる。

 急ハンドルを切って車を曲げ、すぐに逆に切って慣性で傾いた車体を引き戻す。

 不出来な人型の粘土細工のような白いもやをかわし、置き去りにして道路を駆ける。


「えい!」


 助手席では窓から身を乗り出した米原が掛け声とともに札を向ける。当てたわけでもないのにもやは吹き散らされるが、すぐにまとまって動き出す。

 米原は手を戻して口もとを隠し、笑う。


「やだ、えい、だって。お姉さん恥ずかしいわ」

「大丈夫です可愛らしいので早く霊気を何とかしてください!」

「ふふ、ありがと。分かってるわよ」


 悲鳴のような中野の訴えに笑って答え、一握りの塩を撒いた。

 それに触れたもやは祓われる。さらに核も含んでいたらしく、崩れて消えた。


「いっぱいいるわねぇ」


 米原は窓から体を座席に戻し、世間話をするような調子で笑いながら言った。

 中央部に置いてある袋から塩と、祓串(はらえぐし)を手に取る。

 窓の外に身を乗り出して、祓串を左右に振る。振るたびに霊気は何かにぶつかったように弾かれ、ぶつかり方によってはそのまま祓われる。最後に塩を撒いて、周囲に近付いていたもやの群れを押しやった。

 それを確認して、中野は一息つく。


「さすがに、舞とは安定感が違いますね」

「ありがとう。でも、私は舞ちゃんみたいに問答無用で祓うような力はないから、舞ちゃんみたいな活躍はできないわね」


 米原が席に身を落ち着けて、微笑んだとき、バイクが目の前のカドから飛び出してきてターンしながら止まった。そのターンに振り落とされたように後部に乗っている小柄な黒い人が転がり落ちる。

 転がり落ちたように見えた喪服の少女はひらりと体勢を整えてしゃがむように着地した。

 槍を振りぬき、構える。

 その横を霊柩車が駆け抜けた。

 米原が振り返りながら弾んだ声を上げて手を合わせる。


「舞ちゃん」


 舞は猛然と追いかけてきていたもやの群れに飛び込み、ぐるりと槍を大きく薙ぎ払った。

 槍に触れたもやは片っ端から崩れて消えて、舞に襲い掛かった者は即座に返り討ちにされて祓われる。

 そして舞を無視して霊柩車を追ったもやも、後ろから追いかけた舞が背中から貫き、薙ぎ、切り捨てて祓った。

 減速していた霊柩車に飛び乗り、ルーフから顔を出して中野に声をかける。


「院長は?」

「この先に行ってもらって逃げてるはずだ。もやは分からない、大半は引き受けたはずだが」

「分かった」


 舞はルーフから飛び降りてアスファルトを蹴り、傍らのコンビニの屋根を飛び越えて飛んでいった。カツン、という音とともに脱ぎ捨てられたヘルメットがアスファルトを跳ねて転がり置き去りにされる。

 あっという間に小さくなった舞を見送って、中野はしみじみとつぶやいた。


「相変わらずとんでもない身体能力だな」

「あら、頼もしいじゃない」

「全くその通りで」


 楽しそうな米原に苦笑して答える。

 そんなふたりの乗る霊柩車に横付けしてバイクが並走した。

 その乗り手に気づいた米原は笑い、髪を片手で押さえながら窓から身を乗り出す。


「では、所長。手はず通りにお願いしますね」


 所長は頷き、片手を振って"幸運を祈る"と合図をすると体を低くしてバイクのスピードを上げた。先の交差点を曲がっていくのを見送って、米原は中野を振り返る。


「さて、それじゃあ。私たちも頑張りましょうか」

「そうですね。お願いしますよ米原さん。俺の命はあなたに掛かってるんですから」

「改めてそう言われると不安になってきたわ……」


 頬に手を当てて首をかしげる米原が「もう少したくさんお札を作ってくればよかったかしら」などと言いながら手提げ袋を見下ろす。

 中野は沈黙したままハンドルを切った。

 そのとき、ピリリリ、と米原の携帯が鳴る。米原はすぐに電話に出た。


「もしもーし。舞ちゃん、どう、院長さんは無事?」

『はい。大丈夫です。持たされた護符も渡しました。今は移動中です』

「オッケー、バッチリよ。それじゃあ舞ちゃん、手はずは大丈夫?」

『はい。まず、潜伏できる場所は限られているから、米原さんがもやを直接見て霊質を辿って場所の見当をつける』

「そう。そのあたりに足の速い所長が向かって場所を特定、いぶり出す」


 所長がバイクに積んだ各種法具で霊域を隔離、霊気を維持できなくなる前に霊は飛び出さざるを得なくなる。

 霊感のない者でも肌で感じられるほど、霊気が濃くなった。

 霊柩車の走る通りは支流も支流とはいえ霊脈の通る場所だから、受肉霊の影響が強く現れたのだ。


『そのあとは、私がしばらく引き受けるんですね』


 電話の声がだんだん遠くなる。

 米原はいたずらっぽく笑って舞に念を押す。


「ええ。最後のイベントまでに疲れちゃダメよ?」

『大丈夫です――。そんな"勿体無い"こと――しませ――』


 急速に声が遠くなる。

 声が届かなくなる前にと、最後に米原は祈る。


「それじゃ、気をつけてね」

『はい――、あり――う――……』


 舞は笑って遠い声で返事をする。

 通話が切れた。

 米原は携帯を閉じて、一息つく。


「中野くん」

「はい、分かってますよ」


 霊柩車は交差点の真ん中で停車した。

 米原は少し笑って、手提げ袋を持って車を降りる。


「少し待っててね」


 祓串を持って車の四方に順々に立ち、祓串を振る。

 清めでもあり、祓いでもあり、祈りでもある。

 静謐な面持ちで車の周囲を歩く米原を見て、運転席に腰を据える中野は苦笑を浮かべる。女性に護られる男というのは、なんとも、居心地が悪い。


「はい、これで平気。さ、頑張ってね」


 車に歩み寄って米原は笑う。

 中野は彼女に笑顔を返して頭を下げた。


「ありがとうございます。米原さんも気をつけて」

「ありがとう。でも中野くんのほうが危ないんだから、気をつけてね?」

「はい」


 中野は手を振り、霊柩車を発進させる。米原に見送られて、カドを曲がった。

 次の交差点で、垂直に交わるようにバイクと行き違う。

 霊柩車に気づいた所長はもう一度片手を振り"幸運を祈る"と合図をして消えていった。

 中野は苦笑を浮かべる。


「さて、仕事はしっかりやらんといかんな」


 ハンドルを握りなおし、アクセルをちょっと強く踏んだ。

 交通安全のお守りが揺れる。




 舞は交戦していた。

 いつか戦った受肉霊の振るう腕を柄でいなし、地面を蹴って間合いを取る。槍を回して半身に構えた。


「うん、好調」


 自分の調子を確かめるように頷いて、舞は微笑んだ。

 ギョロリと向く受肉霊の瞳も、触れるだけでかぶれてきそうな冷たい霊気も、今の舞には気にならない。

 様子を見るようにたたずむ受肉霊に気がついて、舞は穂先をほんの少し持ち上げた。


「どうしたの? おいでよ。逃げたら貫くよ」


 もっとも、貫いて勝てるわけではないが。

 受肉霊は挑発に反応したように踏み込み、飛び掛ってくる。武術も何もない身体能力に任せきった動き。

 舞はあっけないほど簡単にかわし、穂先でえぐるように二の腕を刺した。ダンスのステップを踏みかえるように受肉霊の背後に回る。


「おっと」


 元葬儀屋の霊だけあって、霊気の扱いには長けていた。

 湧き出したもやの塊に足を捕らえられそうになり、舞は小さく飛んで足元を薙ぎ、祓う。

 着地と同時に跳躍し、受肉霊を蹴り飛ばした。追い討ちのように鋭く回した石突で受肉霊を打ち伏せ、吹っ飛ばされた受肉霊は二箇所に与えられた運動エネルギーのモーメントとして、アスファルトのうえを跳ねて転がる。


「このまま斬って祓えたら楽なんだけどねー。受肉霊ってホントめんどくさい」


 舞は大げさに肩をすくめて両手を広げる。

 首をかしげ、口もとに笑みさえ浮かべて舞は言った。


「ねぇ、そう思わない? "医者"さん」


 受肉霊の動きが止まった。

 舞は笑みを深める。


「私もね、"この状態"になって感覚が深まったから理解できたけどさ。考えてみれば当たり前の話よ」


 歩み寄りながら芝居がかった身振りで受肉霊を指差す。

 受肉霊は髪を振り乱し、飛び掛ってくるが、舞は片手間のように槍を振って受け流し逆に叩き伏せる。

 倒れた体を強引に動かし距離を取った受肉霊を見ながら、舞は平然と言葉を続けた。


「受肉に使われた死体が見当たらなかったのは、医者さんの"生きた体"を使っているから。当たり前の話ね。こうすることで、受肉霊の霊気が現れたり消えたりしたことにも説明がつく」


 弱い死霊では、生者に取り憑くことは出来ない。しかし、当人が受け入れるのなら話は別だ。

 槍を肩に担いで、ぴっと人差し指を上げた。


「死体を見つけるのは手間でも、自分の体が該当するなら使えばいい。だいたい、受肉は死体でなきゃできないなんて決まりはないわ。強い霊気が生者に影響を与えるのは、ひいては霊気が生者に干渉できることを表しているもの。自ら受け入れるのなら、なおさら、問題ない」


 人差し指を左右に振る。

 舞は笑った。


「生きた人間に霊気が取り付くことが出来るっていうのは、私が証明してるもの」


 自らの腹を撫でる。顔をうつむけて、頬を上気させた。

 その喪服のしたには、生々しい傷跡が隠されている。


「私はね、一度死に掛けたの。この槍に貫かれて」


 うっとりとしているような調子で、聞いているかも定かではない受肉霊に向かって滔々と言葉を連ねた。


「すぐに治療を受けて一命は取り留めたんだけど、私の魂は棺おけに片足突っ込んだまま」


 槍を愛おしそうになでて、振るい、構える。

 ただ構え、振るい、斬って突くだけで幸せだというように、蕩けそうなほどの極上の笑みを見せた。


「私は死者であり生霊であり生者であり、受肉霊なの。霊気も放てるし、体も強いし、私の命を半分奪ったこの槍と、魂を分けている。それでも私は生きているの」


 じり、と靴を鳴らして足を滑らせる。

 体重を乗せる。重心を落とす。肩の力を抜く。腰に力をためる。

 構えを取る。


「この感覚は、分からないでしょうね。たまらないわよ。命が溢れてくる。指が震えるほど、膝が笑うほど、腰が砕けそうになるほどに。強く強く、"生きている"の」


 踏み切った。

 間合いを一瞬で詰めて、石突で受肉霊の顎をかち上げる。

 膝を叩き込み、柄で殴り飛ばす。体が離れたところを、穂先を滑らせるように袈裟に切りつける。振り切った勢いを使って後ろ回し蹴りを放ち、受肉霊を吹き飛ばす。


「うあっ、アぁあああ!!」


 受肉霊は地面を舐めた後、背を向けて逃げ出した。

 舞の、生きた受肉霊という常識外の霊気に向かっていく気概を失ったのだ。人とつながり、歴史を作り、今を生きる、それだけの力を持つ生という霊気(ちから)は、過去にしがみつくための霊気(ちから)しか持たない"ただの"受肉霊の比ではない。


「ぅああアっ!?」


 しかし、道路から逸れようとしたときに見えない壁のようなものにぶつかって動けなかった。

 舞はからからと笑う。


「逃げようとしても無駄。米原さんが霊脈に沿って結界を張ってるもの。あなたが霊気を持つ限り、逃げ出せないわ」


 怯えたように舞を振り返った受肉霊は、道路に沿って、道路と同じ(みち)を流れる霊脈に沿って走り出す。

 舞は満足げに目を細めて受肉霊を見送った。


 受肉霊が持ち前の身体能力で駆け抜けていくと、交差点を超えてすぐの道路の真ん中に霊柩車が停まっていた。その霊柩車の、本来なら棺を入れるべき後部を開け放って喪服の男が腰掛けている。

 煙草を吸っている彼は、受肉霊に気がつくと手に持つ黒い塊を持ち上げる。その先端を受肉霊に向けた。

 マズルフラッシュ。

 銃声が響き、受肉霊の体を衝撃が襲う。

 大口径のライフル銃だった。男はすぐに弾をこめ直し、再び撃ってくる。

 肉体を持つ受肉霊は、銃の飾り程度の紙垂や札の除霊効果以上に直接的なダメージが入る。受肉霊はたまらず交差点を曲がって駆け出した。

 幸いにも、そちらにも霊脈が流れていたために結界は張られていなかった。


 ふたたび走っていると、丁字路で今度はバイクに乗った男が右手で印を結んで左手で水を撒いている。

 周囲に張られている結界と結びつき、強固なものに変貌していた。

 普通ならば貫くのも造作もないだろうが、こうなってしまっては破るのに時間が掛かる。

 そして時間を掛けてしまえば、背後の巨大な霊気を持つ受肉した生霊(バケモノ)に追いつかれるかもしれない。

 受肉霊が霊脈に沿って再び角を曲がることを選択するのに、長い時間は掛からなかった。


 やがて走っていくと、大通りに出た。しばらく走ると駅前の大きな十字路にたどりつく。そこには女が立っていた。

 巫女服を着た彼女は受肉霊を見ると、微笑む。


「いらっしゃい――」


 受肉霊が交差点に踏み込むのを見て、祓串を左右に振る。

 交差点の四方に立てられていた大幣(おおぬさ)がにわかに米原の力を受けて結界として作用する。

 そして、


「――鳥かごのなかへ」


 受肉霊は隔離された。

 かつかつ、と靴がアスファルトを噛む音が規則的に響く。


「覚えてる? あんたが最初にいた場所」


 受肉霊が振り返ると、そこには髪をツインテールに縛り、槍を抱えた喪服姿の少女がゆったりと歩いてきていた。

 最初からこの場所を知っていて、真っ直ぐにここに向かっていたかのように。


「あの日のあの山ってさ。月や星のめぐりの力を受けていて、いくつも弱い霊脈が重なっている"一番霊脈の濃い場所"だったのよ」


 米原と一瞬だけ目を合わせ、わずかに空けられた結界の穴を潜り抜けて交差点に入ってくる。

 行き場をなくした受肉霊の霧のような霊気が溜まっている結界内だが、舞の周りだけが彼女の霊気に押し流されて霧がなくなっていた。

 舞は、そんなむき出しのアスファルトを指差す。


「今日はその場所がここ。あんたが受肉するうえで安定できる場所であるように、私たちが霊気を祓う上で一番やりやすいのもここなのよ」

「ぅ、あア……」


 受肉霊は立ち尽くす。

 舞はつかつかと歩み寄りながら、億劫そうに首を振った。


「あんたが憑依して受肉するんでなければ、簡単に貫いて祓うこともできたんだけど。ま、死体がボロボロになるから、あとで受肉に使った死体も弔わなきゃいけない葬儀屋としてはそんなことは避けたいんだろうけどさ」

「あ、ァああア……」


 受肉霊はうめく。

 舞は歩み寄りながら、肩をすくめ、具合を確かめるように片手で槍を振る。


「私はあくまで霊気を解放して戦える仕事が欲しかっただけだし、あんまり関心ないんだけどね」

「ああアあアアああ……!」

「だからさ」


 全くの自然体で手を滑らせるように両手で握り、槍がくるりと回って、収まるべき場所に落ち着くようかのようにぴたりと止まる。

 槍を構えた。


「ぅあぁアあァああアああああっ!!」

「葬儀を執り行おうか。――しめやかに、ね」


 舞は笑う。

 最終局面です。

 舞の正体は伏線になってたりそうでもなかったり。医者のほうも割りと適当だったりそうでもなかったり。

 戦闘のキーポイントは旧来霊的な力の強い「辻」に設定してみたり、そうかと思えば場面によっては超適当に誤魔化してみたり。

 いずれにせよ、全ては戦いに収束しました。あとはパッと一花、炸裂するだけです。

 次回、最終話。

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