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踊る葬儀屋  作者: ルト
7/9

7th,program オモイオモウ

「あーもーわけ分かんないし疲れた!」


 事務所のドアを開けて舞が入ってくるなり両腕を振り上げてわめいた。

 どっかりとソファに身を投げ出して転がる。

 その後に続いて中野が入ってきて、デスクから顔を上げた所長が口を開いた。


「なにかあったの?」


 中野はジャケットを脱いで肩をほぐすように首を回し、苦笑を浮かべる。


「まぁ、かなりのことが」


 舞の声を聞きつけたのか、米原が給湯室からコーヒーを二つ持って戻ってきた。

 中野と舞にそれぞれ手渡して、首をかしげる。


「なにがあったの?」

「そうですね。最初から順に話します」


 中野はコーヒーで口を湿らせて、米原に連絡を受けた後のことを洗いざらい喋った。

 霊気を憑依させた分体が実体を持って暴れていたこと、それは依頼人である院長を狙ったものであること、話を聞くと院長は狙われる覚えはないと言っていることなどだ。

 話を聞き終えて所長は顎に手を当てながらつぶやく。


「あのひとはたしか、新薬を研究してるんだっけ。副作用の少ない薬を作るための研究だったかな」

「へえ。院長なのに医者じゃないんだ」


 頭の後ろで腕を組みながら舞は意外そうに言う。

 所長は手を下ろし、微笑を浮かべて答えた。


「院長になって安定するに連れて医者から研究者に変わっていったみたいだね」

「それより、そんな人がなんで狙われてたのかしら」


 米原が沈思するようにうつむきながらつぶやく。

 ひと仕事終えたばかりで頭が回らないのか、中野がコーヒーをすすりながら深く考えずに返した。


「やっぱり後ろ暗いところがあるんじゃないすか?」

「ま、単純に考えればそうだよね。腹に一物抱えてる人間が正直に言うわけないし」


 舞は簡単に尻馬に乗る。そんなふたりの様子に米原は苦笑した。

 しかし、所長は難しい顔をして黙り込む。

 にわかにパソコンに向かって何か操作を始めた。


「……まだ判断は難しいんだけど、ちょっと気になることがあってね」


 言って、パソコンの画面をみんなに見えるように回した。

 早くも積み重なり始めた紙束が下のほうを隠していることに気づいてどかす。

 改めて集まってきた三人に示した。


「これは、名簿ですか?」

「そう。最近彼の病院で亡くなった人のデータだ」


 言われて、三人は表になっている文字の羅列に目を通す。

 特別個人情報として重要な情報は削られており、カタカナの氏名と職業、病名、市までの住所や簡易な経過や状態と死亡日時が記されている。

 しばらくして舞が怪訝な顔で所長を見た。


「……特に不自然な点はないんじゃない?」

「よく見て。中期の入院患者ばかりだ。あんな大きい病院なのに延命処置をしている患者が少ない」


 ほかの病院より病室の回転率がほんの少しいい。

 そういうことを言われるとほのかに作為臭く感じ取れてしまう。舞は眉を寄せて口をへの字にゆがめた。

 しかし米原さんは冷静に表を見直して所長に言う。


「偶然では?」

「これまでの経営の総合データになるけど、見てごらん。入院費を支払うのが難しいと思うような患者は入院期間が極端に短い」


 その話を聞いてかすかに沈黙が下りる。

 いまひとつ理解が及んでなさそうな中野と舞とは違い、米原は少し考え込んでいた。

 入院費を払えない患者をいつまでも置いておく病院はないし、その辺りの助成金が受けられる環境なら置いてある。正直、どこの病院もそうだろう。

 しかし、その数字にそこはかとない違和感を覚えるのも確かだった。叩けば簡単にホコリが出そうな雰囲気を出している。

 やがてゆっくりと口を開く。


「本当かどうかは分かりませんけど……つまり、黒い手段を使って患者の数を調整してる、と?」

「まぁ、ね……目立たない程度だけど。長期的に見ると、そんな気がしてね」


 急にあまり自信のないような声になって所長は肩をすくめた。ディスプレイの向きを戻す。

 深く考えていない舞は一歩下がって腕を組んだ。


「それが本当なら、えげつないことしてるね。アレじゃない? 新薬とやらで証拠も残さずサクっと」

「さあね……検死では毒は見つからなかったそうだから分からないね。まあ、毒のなかには死後に滞留するうちに分解されて無害な成分になる、というものもあるにはあるけど」


 当然禁薬だし、普通に見られるものじゃないね、などと言って首を振る。

 中野が飲み終えたマグカップの中身を見て肩をすくめた。


「原因不明の変死なんだし、実はそんな毒なのかもしれませんよ。殺されたのなら受肉霊に狙われるのも分かります」

「こらこら。そんなふざけないの。そんな安い刑事小説でも使わないような展開じゃなくて、もっと普通に、なにかその院長さんを苦にして死ぬような原因があったのかもしれないでしょう?」


 米原はあまりにお気楽に物騒な推理を展開する舞と中野に思わず小さく吹き出して、変な推理を広げる二人をたしなめた。

 しかし、ソファの背もたれに腰を乗せた舞が少し真面目な声で米原に答える。


「でも、自殺なら死因も分からないっていうのはおかしくないですか?」

「ええ? ああ、まあ、そうねえ。確かに」


 頬に手を当てて困ったように眉を下げた。

 そういえば今回の被害者は死後三十時間近く経ってから発見されたという。

 事務所内に微妙な空気が流れ始めて、所長は慌てたようにまくしたてた。


「ちょ、ちょっとちょっと。米原さんまで影響受けないでよ。それじゃあ受肉のほうはなんて説明をつけるのさ。偶然で済ませる気?」


 今回は亡くなっただけでなく、その霊が受肉しているのだ。ただ恨みがあってこの世に残っただけで受肉できるほど簡単に出来ていたら、世の中は祟りで溢れている。

 舞は少し考えた後に人差し指を立てる。


「院長の悪事を知って、義勇に目覚めた人とか」

「わざわざ受肉できる死体を用意して? そんなことせずに告発すればよかったじゃないか」


 所長が即座に反論して、舞は口を閉じた。

 わずかな間の後、中野が厳かに口を開く。


「佐藤美由紀さんと婚約していた医者が、それを知って復讐するため」


 推理というより当てずっぽうや思いつきに近い発言を受けて所長は少し笑った。仰け反って背もたれに体を預ける。


「復讐って、そんな馬鹿な。だいたい彼は受肉について知って……あ」


 所長の動きが停止した。

 中野たちの注視を受けて、所長は困ったような笑いを口の端に浮かべる。


「ひょっとしたら、知ってるから、かも……?」

「どういう意味?」

「死霊、とくに殺された霊は霊気が強ければ復讐を未練とすることが多い。そこに受肉させてしまえば、それは確実に院長を殺してくれるんじゃ……」


 事務所に沈黙が下りた。

 米原さんが固い声で中野に尋ねる。


「院長さん、あのあとどうしたの?」

「えっと、話を聞いた後、狙われてるかもしれないから念のため事務所まで護符を取りに来てくれ、と言ってあります」

「つまりここに来る?」


 舞が確認するように聞く。

 中野がそれにうなずくより速く、所長が問いを重ねた。


「いや、それよりも、また開けっ広げで移動してる?」


 事務所に沈黙が下りる。

 混乱の極地に一瞬にして陥った。


「わ、私、御札を用意するわ!」

「いや、あの医者に電話してみるよ!」

「あ、私も着替えてくる!」

「俺も銃器を整備しないと!」

「後になさい! 今は着替えて!」


 わあわあと騒ぎ、所長が電話をかけ、女性二人が事務所から出て、中野は喪服を引っ張り出してスーツから着替え始める。

 中野が男性らしい早着替えを済ませた頃に所長の電話がつながった。

 勢い込んで声を入れた所長だが、直後に一挙に沈静化する。


「え? ……はい、はい。……そうなんですか。ええ、分かりました。はい。え、では、はい。ありがとうございました、失礼します」


 所長は口を閉ざして受話器を置いた。

 ジャケットのしわを伸ばしながら中野が恐る恐る尋ねる。


「電話では、なんて?」

「あの医者さんはいないってさ。数時間くらい前から姿が見えないらしい。これはいよいよ、三文芝居みたいになってきたかもしれない……」


 頭を抱えてうめく。

 やがて気を取り直して、立ち上がった。


「こうなったらしょうがない。僕たちで直接あの依頼主のところに出向いて受肉霊が来たところを迎撃しよう」


 中野は少しためらって口を開く。


「……でも、この展開が本当なら依頼主さんは、殺人犯すよ?」

「そんなこと、知らないね」


 所長は即答した。

 彼自身喪服の黒いジャケットを羽織り、あっけに取られている中野を振り返って笑う。


「葬儀屋は"死霊による被害"を起こさないために"死霊を祓うこと"が仕事だ。守る相手が誰であろうとどうでもいいよ」


 支度を終えた米原と舞が事務所に入ってきた。巫女姿と喪服だ。そのふたりを見て、所長はうなずく。

 中野もその様子を見て苦笑し、霊柩車のキーを確かめた。

 そのとき。

 プルルルル、と。

 電話が鳴り始めた。所長がすぐに受話器を取って耳に当て、スピーカーに切り替える。


『―――――、―――――っ』


 声が遠かった。

 何を言っているのか聞き取れない。

 所長が怪訝に顔をしかめて声を上げる。


「もしもし?」

『――、―――っ! ―――――!』

「もしもし? どなたですか? もしもーし!?」

『――ブヅッ』


 回線が切れた。

 全員で顔を見合わせる。

 誰もが一様に険しい顔をしていた。事ここに至って、誰もが状況を認識せざるを得なくなった。


「いよいよ、余裕がなくなってきたのかもしれない……」


 所長がつぶやく。

 普段は温厚な米原が厳しい表情で声を張り上げた。


「私は場所を見つけ出す。みんなはいつでも出られるようにしておいて!」


 返事は異口同音に。


「はい!」


 事務所を飛び出す。米原は神域に駆け込み、ほかの三人は地下の駐車場まで駆け下りる。

 舞と中野で霊柩車に搭載してある弾倉や銃を整理し、戦闘体勢を整えられるようにする。

 所長はその場に打ち水をして舞の槍を広げた。濡れた地面の上に寝かせた布が湿る。


「おいで、舞ちゃん」

「はい」


 呼ばれ、舞はしゃがみ込む彼の向かいに立つ。

 所長は目を伏せて手で印を組み、貼り付けてある札を撫でた。

 舞は剥がすように取り外した札が、自然にハラリと外れる。

 槍を持ち、右、左、中央と柄を三回叩いた。


「どうぞ」


 所長は微笑み、舞に槍を差し出す。


「ありがとうございます」


 舞は嬉しそうに笑って受け取り、愛おしそうに、槍に上気した頬を寄せた。目を伏せる。

 所長は中野に顔を向けたが、中野は親指を立てて返した。苦笑で迎える。


「さて、それじゃあ行こうか、舞ちゃん」


 駐車場を歩きながら所長は声をかけた。

 槍を抱える舞は不思議そうに首をかしげる。


「米原さん、まだ見つけてないんじゃないですか?」

「見つけてから出たんじゃ遅いかもしれないでしょ? 幸い二組に分かれられる。片方が適当に出て行っても、片方がしっかりしてれば問題ない」

「問題大有りだと思います……」


 舞の簡潔な一言に笑いながら、駐輪されている大型二輪に歩み寄る。

 フルフェイス型のヘルメットを取って舞に投げ渡した。


「ちょっと大きいから、ちょうどいいと思うよ」


 舞は何のことかと所長を見る。

 所長はシールドに色が入ったフルフェイスのヘルメットを被り、頭の横で人差し指をくるくると回した。

 ツインテールのことだ。

 少しむっとした舞は唇を尖らせながらヘルメットを被った。

 本当にぴったりだった。


「それじゃあ、米原さんが来たらよろしく」


 二人乗りでまたがり、ヘルメット越しのくぐもった声で所長が中野に声をかけた。

 中野は了解を言う代わりに手をひらひらと振って、別の言葉を送る。


「事故らないでくださいね、気をつけて」

「ははっ。分かってる、ありがとう」


 バイクのエンジンを始動させる。一度大きく震え、すぐにアイドリングを始めた。

 所長はバイクの様子を確認し、半分振り返って声を上げる。


「舞ちゃん、行くよ?」

「は、はい!」


 舞が上ずった声で答えた。

 槍を横抱きにして、決して落とさないように慎重に握りながら所長につかまっている。

 所長は返事を確認すると前を向いた。

 アクセルを開けて、発車する。

 坂になっている出口を登って、地上に駆けて行った。


「おーおー、張り切ってるねえ所長」


 残された中野はエンジンの響きに満足げに笑みを浮かべる。その笑みのまま残りの作業と最終確認を行った。

 すべての準備を終えて手持ち無沙汰になった中野は、米原さんの様子を見てみようと駐車場から階段を上がる。

 と、下りてきた米原と行き会った。


「あれ、中野くん。どうしたの?」

「米原さんの様子を見ようと。所長たち出ちゃいましたよ」

「ええっ? もう、少しくらい待っててくれてもいいのに。私たちも急ぎましょう」

「はい」


 急いで階段を駆け下りる巫女服姿の米原を追いかけながら、中野はかすかに微笑んだ。

 駐車場まで降りると走って霊柩車に乗り込み、米原に急かされる中でエンジンを掛ける。その作業をしながら米原は携帯で所長、正確には運転していない舞に連絡を入れる。

 明らかに向こうばかりを戦力と見て頼ってる行動だ。

 車を発進させながら、中野が米原に言う。


「さきに俺に場所を教えてくださいよ」

「え? あ、そうね。ごめんごめん、ちょっと焦っちゃってるわね」


 ちろりと舌の先を見せて照れ、米原は地図を広げる。


「霊気は商店街の東の通りを走ってたわ。また追われてるのかもしれないわね」

「またですか。院長も災難ですね」


 中野は答えながらも頭の中に地図を広げながらハンドルを切る。

 米原は少しだけおかしそうに笑った。


「ふふ。まあ、怨まれることをしたのだから、当然の報いじゃないかしら。せいぜいおどかされるくらいはされてもいいと思うわ……あ、もしもし?」


 電話がつながったようだ。

 場所を手早く伝え、本体についての補足もする。


「たぶん、状況から考えて本体はどこか自分の霊気を制御できる範囲に隠れてるわね。依頼主の安全を確保したら、舞ちゃんはすぐにそっちに向かってくれないかしら」


 言いながら、米原の瞳がいたずらっぽく光る。


「このまま受肉霊と決着をつけちゃいましょう」


 電話が終わり、米原は携帯を閉じる。

 ハンドルが切られ、車が曲がる。このまま行けば商店街のほうに向かうだろう。

 中野は人影が急速に減ってきているのを確認して、傍らに声をかけた。


「着けられるんですか、決着。俺たちだけで」

「ふふ、大丈夫よ。それとも、中野くんは私が信じられない?」

「え、いえ。そんなことは」

「そう? 信じてもらえて嬉しいわ」


 米原は面白そうに笑い、窓から日の傾き始めた空を見上げる。


「……いい月ね」


 まだ、日のある空は青い。

 交通安全のお守りが揺れた。

 わあ、素敵な真相ですね(笑)。

 ……プロットの途中で考えるのが面倒になったとか、そんなことは決してありませんよ?

 とりあえず正義不在、依頼者悪徳、葬儀屋中立の構図になればなんでもよかったのです。ストーリーなんて飾りですもの。

 だいたいそんな感じ。

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