6th,program サグリサグル
制服姿にツインテールの、完全に普段通りの装いをした舞がアスファルトの上に屈み込み、地面に手を突いて目を伏せる。
その後ろに立って中野は周囲をうかがう。最近は路上駐車の取り締まりも厳しいのだ。
舞はしばらく目を伏せていたが、やがて立ち上がった。
手を払いながら中野を振り返り、首を振る。
「やっぱり、欠片も感じない」
「そうか。米原さんでないと分からないかね」
「そーね、いちから探り直さないと分からないわ」
舞は肩をすくめ、足元を見下ろす。
日に焼けたアスファルトに、昼前の高い日に照らされて舞の影が落ちている。
「強い霊気だったから多少なりと辿れるかと思ったんだけど」
「ま、黒幕つきの受肉霊がそう簡単に足跡を辿らせてくれるとも思えないしな」
灰色のスーツを着崩した中野があまり関心なさそうに言う。霊感のない彼にはどうせ分かりっこないのだから他人事だ。
舞は気に入らないというふうに鼻にしわを寄せて腕を組む。
「正気のない受肉霊に、証拠を残さないように気を使わせるなんてできないでしょ。霊気を祓うにしても、ここは関係ない霊気が残ってるからそれはないし。なんか全く知らないトリックでも絡んでるのかしら」
一寸の虫にも五分の魂、という慣用句は「小さな者でも相応の意地があるから侮れない」というような意味だが、字義通りの意味もある。
殺生の全く起きない場所というところはなく、空気中の塵埃程度の量ながら霊気は必ず混じっている。
祓ってしまえばその区域は霊気がごっそりなくなるため、逆に分かるのだ。
「全く知らないトリックって、どんな?」
尋ねながら、中野は胸ポケットから煙草の箱を取り出した。吸うかどうか迷っているかのように見つめながら手の中で持て遊ぶ。
んー、と舞はうなりながら腰と顎にそれぞれ手を当てて考える。
しばらくうなると、ぴっと人差し指を立てて笑う。
「受肉霊を操る術とか? キョンシーとかとはまた違ったやつ」
「んな都合よくいくかね。だいたいキョンシーは受肉霊とは違う」
「そんなの分かってるわよ」
唇を尖らせて舞が中野を見ていると、不意に着信音が鳴り響いた。中野のスーツからだ。
中野はポケットから携帯電話を取り出してすぐに電話に出る。
それが会社用の携帯だと分かると舞も盗み聞きせんと顔を寄せてきたため、すぐにスピーカーモードに切り替えた。
「もしもし」
『ああ、中野くん?』
「所長。どうかしましたか?」
『まだ確定じゃないんだけど、進展状況を伝えようと思ってね。受肉に使われた死体の件』
中野と舞は目を合わせる。通話時間を表示している無機質な携帯の画面に目を落として中野は先を促した。
電話の向こうでも調べ続けているのか、キーボードを叩く音や資料をめくる音が混じりつつ、所長は言う。
『それがどうも、死体泥棒のようすがないんだよね。まぁ、行方不明になったまま見つからない人は毎年千人くらいはいるから、その線なのかもしれないけど。今そっちを洗ってる』
「とりあえず、まっとうな死体じゃないんすね」
『ま、そりゃあ、ね。とりあえず、死体はくすねたものじゃないから、もっとややこしいことになるかもってことだけ覚えといて。じゃ、なにか分かったら追って連絡する……あ、待って、米原さんから』
ピリリ、という音がして舞の携帯が鳴った。
一度舞と中野で顔を見合わせて、携帯を取り出して開く。写真添付のメールだ。
『もしもし、中野くん? 電話変わって、米原です』
「米原さん。これは……地図ですか?」
舞は開いた写真データを中野に見せており、それを見ながら電話口に言う。
米原は電話の向こうで肯定の返事をして、補足した。
『受肉霊の出現地点よ。おかしな話なんだけど。さっきまでは全く感じなかったのに、今になって急に彼女の霊気が現れたの。でも、たぶん本体じゃないわ。強さが全然違う』
「どっちにしろ、ろくなもんじゃありませんね。分かりました、急行します」
中野はそうつぶやいて手に持ったままだった煙草を胸ポケットに押し込み、きびすを返して霊柩車に駆け寄る。舞もそれに続いた。
電話口で米原がそっと言う。
『気をつけてね』
「ありがとうございます」
中野は笑って、電話を切った。
舞は昨日使った地図を開き、写真で示されてる場所と照合しようとしている。しかし中野はそれを待ちもせずに車を発進させた。
それを感じて、カーブで揺らめきつつ舞は中野の横顔を見る。
「ちょ、ちょっと。場所、分かってんの?」
「ああ。地元なら、覚えるためにかなり走りこんだからな」
即答して、強く笑った。
中野はハンドルを片手で支持しつつ、地図を適当に指し示す。
「その写真に、大学病院が写ってるだろ。場所はそれで十分に分かる」
「えぇ? ああ、まあ。そっか」
ナビするだけ無駄な中野にため息をついて、舞は座席に深く座った。
ふたたび細い路地を曲がる。その拍子に揺れるルームミラーに下がった交通安全のお守りを眺めた。
舞は口の端にかすかに笑みを載せる。
「ま、楽でいいけどね」
ややもすれば、遠めにその大学病院が見えてきた。
同時に霊気もかすかに感じ取れる。
舞は少し身を乗り出しながら目を細めた。
「この感じは……なんだろ、分身?」
「分身だぁ?」
舞のつぶやきに思いっきり怪訝に眉をひそめて中野が聞き返した。
胡乱げなその声に舞はあまり構うことなく、集中して霊気の感覚をたどっていく。
「うーん、なんていうのかな。ウザい感じ」
なんとも身も蓋もない感想が飛び出した。
中野は気が抜けたような顔をする。
「なんだそりゃ」
「粘着質でイラっと来る。あんまいい感じはしないなぁ……近くなってきた」
中野の気合のない返事に突っ込むこともなく、舞は目を伏せたまま素直に答え、にわかに集中を高める。
つられて中野も注意力を増して、車通りの全くない交差点の信号を確認し、進もうとアクセルを踏みなおした。
そのとき。
右から猛スピードで車が飛び出した。
「うおぉ!?」
「わあっ!?」
驚いて急ブレーキを掛けつつハンドルを切ってドリフトするように反対車線に乗り出しつつ車を避ける。急な動きに振り回されて舞は悲鳴を上げた。
舞は中野に文句をつけようと口を開いたが、そのまま閉じることは出来なくなった。
走り去った車を追って、白いもやの塊のような不気味な人影がクレイアニメーションのように生き生きとぎこちなく動いて駆け抜けていく。
舞と中野は呆けてそれを見ていた。
いち早く我に帰ったのは舞だった。
「って、あれが霊気の正体じゃん! 中野! あ! いやちょっと待って!」
動揺しているようにわめいたあと助手席から飛び出して後部に消える。
やがて後ろからくぐもった舞の声が聞こえてきた。
「先回りして! この"霊柩車"の本領を発揮しよう!」
「え? ……ああ。分かった。気をつけてな」
「そっちこそね!」
舞の声を受けて、中野はハンドルを切って車を走り出させる。交通安全のお守りが揺れる。
道を選んで走りつつ、中野は声を張り上げた。
「霊気はどっちでどれくらいの距離だ!?」
わずかな間を置いて、少し追い詰められているような感じの上ずった声で返事が返る。
「えっと、左前のほうで、ちょっと遠い? 斜めに走ってるっぽい!」
「くそ、分かりづれぇ」
小さな声でボソリと悪態をつきながらも、経験と勘で距離を割り出し、頭の中の地図と照らし合わせて最適なポイントを適宜考える。
騒ぎはそれほど起こっていないから、人通りの少ないところか、あるいは霊気の影響が出ているというところだろう。そんなことを考えながらハンドルを切っていく。
「近付いてるよ!」
舞が声を張り上げる。
かすかに笑みを浮かべながら、中野は小さな声でつぶやいた。
「分かってるさ、近付いてるんだからな」
ハンドルを切り、交差点を曲がった。
二人は奇しくも同時に同じ言葉をつむぐ。
「来た……」
霊柩車の右後方を走る車の運転手が顔を引きつらせたのを見て、舞は思わず笑みを浮かべた。
それは驚くだろう。
霊柩車が後部を全開にして、かつそのなかに制服姿の女の子がしゃがみ込んでいるのだ。
そしてその左右には、もっと驚くものが並んでいる。
足元に札を剥がした槍を転がし、暴れないように膝で抑えた。次いで舞はためらわずにその左右に並んでいるものを両手でそれぞれ取る。
「そこの車! 気をつけてね」
ウィンクをしてみせて、グリップを握り、マシンガンを構えた。
引き金を引く。マズルフラッシュが連続で瞬き、銃声が続けざまに鳴り響く。
無理に片手持ちしている手首にかなりの圧力が掛かり、空薬きょうがバラバラと排出されて転がる。
ばら撒かれる弾丸は、車を追って走る大量の人型を撃ち抜き削っていく。
「気が狂ってるわね、こんな装備を揃えるなんて」
銃を収納していたラックに取り付けられている弾倉を取り、弾切れになった弾倉を交換する。
暴風雨のように惜しげもなく降り注ぐ暴虐の嵐が止んで勢いを増したもやを狙い、再びマシンガンが火を噴いた。
霊柩車には棺を安定して入れるためのレーンや固定するためのロックがついている。中野はそれを利用して銃を収納する特製ラックを作り、ズラリと見本市を思わせるほど銃を並べて見せたのだ。もちろん取り外し可能で通常営業に支障はない。
こんなものは真っ当な手段で揃えられるはずもなく、また装備できるわけもない。
これらはあくまで霊的な適正を持たない中野のような葬儀屋が応戦するための"自衛のための武力"という名目になっている。
事実、弾倉や銃身には朱墨で書き込まれていたり紙垂が吊り下げられていたりしていた。
こういったポーズを取ることで認可をもぎ取ってはいるものの、当然ながらグレーゾーンの下端を攻めている。
そんな色々とバチが当たりそうな銃器で弾をばら撒いていると、もやが狙いを変えて霊柩車を狙うようになってきた。
「いい子ね……そうよ、こっちにいらっしゃい」
舞は笑みを浮かべながら銃を撃ち続ける。
弾が切れ、焼け付いたように白煙を昇らせる銃身を振って冷まそうとしながら次の弾倉を取る。
入れ替えながら、さきほどから全く減った様子がないもやの塊を見る。
「なんかキリがないわね。おかしいな、ちゃんと祓ってるはずなんだけど」
霊気の総量がさほど変化していないのを見て、首をかしげながら再び撃とうと構える。
しかし少し迷った後、片手を下ろして片方だけでフルオートの引き金を引く。
マズルフラッシュが連続し、断続的な銃声が響き、もはや霊柩車をこぞって襲うもやの群れを弾丸が食い破っていく。
しかし。
舞は剣呑に目を細めた。
「どうも気持ちが悪いわね。霊気も込めてるのに祓えないなんて」
撃つのを止めた銃を持ち上げて、つぶやく。
貫かれて吹き散らされた霊気が集まってきているのを見て、眉を寄せて、再び銃を構えた。今度は片目を閉じて照準をつける。
精密に狙いをつけられないのを承知で、マシンガンで連射する。着弾して吹き散らされるもやを見て狙いを微調整する。
パキンッ、という霊気の音が聞こえた気がした。
正確には、霊気の核が奏でる、音とは微かに違った感覚の共振が。
「やっぱり、憑依する核があるのね」
砂細工が風に崩れるように、霊気の核を射抜かれたもやの塊は空中に溶けて消えていく。
目を細めてそれを見送った舞は、少し目を伏せた。
開く。
もやの群れを見据えて、両手に銃を構えた。
両手からマズルフラッシュが溢れる。弾幕がなくなってかなり近くまで迫っていたもやの塊を次々と砕いていく。個体によって違う核の位置を見極め聞き分け、容赦なく撃ち抜く。
次々ともやが崩れていき、ややもするとその影はなくなった。
「よし」
片手を伸ばして、着弾する場所を見ながら核へ向けて場所を調整する。左胸。ぱすっ、と弾が射抜いてもやが飛び散った。
崩れて解けて消えていく。
「これで終わりね」
ツインテールを風に遊ばせながら、白煙をたなびかせる銃口をあげた。
もやを壊滅させたことを確認したのか、霊柩車がゆっくりと減速していく。
舞は銃をラックに戻して、放り捨てた弾倉や空薬きょうを掻き分けて槍を取り、しっかりと布で巻いた。元通り置いて固定する。
その頃には、霊柩車は停車していた。
「また盛大に撃ちやがって」
後部から下りて扉を閉める舞に、窓から身を乗り出して振り返った中野が声をかけた。
顔をしかめている中野に笑みを見せて、舞は風に乱れたツインテールの毛先をなでつける。
「本望でしょ?」
「バカガキが」
中野が窓の中に引っ込んだ。
笑みを深めて、舞は小走りで助手席まで回り込み、乗り込む。中野はそれを見もせずにギアをバックに入れて霊柩車をUターンさせた。
「さっきの車を見に行く」
「ま、妥当だね。あの受肉霊となんか関係があるのは間違いないし」
車道を戻っていくと、ほどなく、さきほどの車を見つけることが出来た。狙いが霊柩車に逸れてから、そのまま場所を動いてないのだろう。
中野はその車の前につけて、二人とも霊柩車を降りた。
ナンバーを確認し、運転席を見る。運転手らしい男は青い顔で失神していた。
中野と舞は顔を見合わせて苦笑する。
「すみません」
窓をノックする。なかなか起きないので何度もノックしていると、運転手はピクリとも動かないまま「なんですか……」と寝ぼけたような声が聞こえた。また二人は顔を合わせる。
後部の窓が開いた。
「あれっ?」
「あなたは……」
舞と中野は思わずめいめい驚いた声を上げてその顔を見る。
「な、なんです? あなたたちは」
ふたりの反応にたじろぐその男は、事務所に依頼しに来た院長だった。
風が吹き、停車するふたりの背後を車が駆け抜ける。
人通りが戻ってきていた。
マシンガン両手持ちこそ正しくロマン。
この話、ぶっちゃけツインテ少女に銃持たせたかっただけです。
アングラな仕事であってもアウトサイダーではないって、超便利ですね。
本当はこの話。
霊柩車の側面がパカリと開いてミサイルを雨アラレとばら撒いたり、機関銃が飛び出して轟音を上げて火を吹いたり、というのが初期案でした。
昔のスーパー戦隊シリーズみたいでカッチョイイね!
……まーさすがにそこまでやっちゃうと、霊柩車じゃなくて、霊柩車の形をしたナニモノかになってしまうので自重しましたけども。
資金力的にも無理ですし。
残念。