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踊る葬儀屋  作者: ルト
4/9

4th,program クルイクルウ

「っし!」


 舞は声になるほど速く鋭い息を吐き、槍を構えた。

 山の開けた場所でいびつな丸に切り取られた空から茜の混じる夜の青が見える。

 向かいには明らかに普通とは違う女が立っている。ゆらゆらと立つだけで揺らめいている。

 戸惑いながらも、場に満ちる霊質と女の霊質が同じものであることを改めて確認する。


「生きている人間が霊気を出すのは、肉体に遮られて不可能。霊気を放出することが出来るのは魂だけ。なら、これは……」


 冷や汗が背中を伝い、ゾクリと背を振るわせた。

 女の姿をした物の怪を睨み、槍を強く握る。


「……これが、死霊の受肉」


 ちらり、と槍の穂先に目を落とした。

 直後にがさりと落ち葉のこすれる音がして、顔を上げると目の前に落ちてくる女の笑顔が見えた。


「なっ!?」


 慌てて槍を立てて柄で受ける。ごん、と異様に重い手応えと同時に爆発したように霊気が溢れた。

 槍を回して穂先を向けると女は身を翻して距離を取る。ああ見えても知性はあるようだ。

 悪寒と脂汗が止まらない。じっとりと塗れたブラウスに顔をしかめる。


(……退くか)


 受肉した霊と戦うには不足しているものが多すぎた。なにより、舞自身の心構えが出来ていない。この状態では、たとえ"切り札"を使っても勝率は五分といったところ、無駄切りは避けたい。


「ただし、相手が逃がしてくれるかどうか。おっかないもんね」


 舞のぼやきが聞こえたのかどうか、女は引き裂けるような笑みを浮かべた。

 体を揺らし、蛇のように腕を垂らして駆け寄ってくる。

 舞は槍を振り回して周囲の霊気を祓い、半歩引いて半身に構えて待ち受ける。


「ふっ!」


 ざ、と足を滑らせて腕を伸ばし引き絞り、槍を跳ね上げるようにして穂先を女の正中からたたき上げるように突き刺そうとする。しかし女は足だけで跳躍し槍よりも高く飛んでその攻撃をかわした。

 舞は顔をしかめてそれを見続け、足を滑らせて槍を引き上げる。


「普通じゃないわ、ねっ!」


 そのまま円を描くように空中にいる女の胸を一閃するように穂先を滑らせた。女はわき腹からその穂先を受けて大きく吹き飛ばされる。

 重い肉を殴り飛ばす感触に手が痛むのを顔をしかめて我慢しながら舞は構える。

 血を引いて墜落し数回跳ねるように転がった女は、土を掻くようにして手を突きすぐに立ち上がる。

 げえっ、と顔をゆがめて舞は吐き捨てた。


「映画にあるタチの悪いゾンビみたい」


 女のまとうボロ布には切れ目が入っているが、肝心の体に傷はなかった。有り余る霊気と肉体が槍を防いだようだ。

 女は口もとに笑みを貼り付けたまま目に怒りの色を浮かべた。野獣のように四肢を地面に叩きつけて跳躍し、襲い掛かってくる。


「野獣というより、山姥(やまんば)ね!」


 槍を小さく回して鋭く突く。女は体をひねってその突きをかわし、槍の柄をつかんだ。

 舞は顔をゆがめて両手の力を入れなおす。女は不敵に笑って腕の力を増した。一瞬だけ綱引きのように引き合う。

 が、


「あぁアあぁァあ!」


 大口を開けてあられもなく幼児のような悲鳴を上げて手を離し、飛び退った。舞は槍を引き戻して顔をしかめる。


「私の槍に馴れ馴れしく触らないで」


 言っても分かりそうな頭をしてるとは思えないし、腕を切り落としてやろうか、とぶつぶつつぶやきながら足を少し開き、構えを取る。

 女は目をぎらつかせて舞をうかがっており、背を向けて走り出すと即座に襲われそうだった。

 舞は胸のうちで毒づく。

 女はさらに飛び掛ってきた。舞は踏み込んで袈裟懸けに切り裂くように穂先を滑らせる。


「っし!」


 女は蛇のように体をうねらせひねってその穂先をかわすと、そのまま地面に手を突き側転をするようにして強引に間合いに切り込んできた。


「いぃっ!?」


 瞠目する舞の目の前で立ち上がる女は、獰猛な笑みを浮かべて腕を振るった。

 槍を慌てて引き戻そうとするが間に合わない。腕をひねって動きを切り替える。手首のスナップを利かせて強引に持ち上げる。

 がん、と異様に重い響きとともに石突が女の腕を弾く。左手の力が抜けて槍から手が離れる。舞の体も大きく傾ぎ、ゆるい斜面を大げさに思えるほど何度も転がって滑り落ちた。


「いったー……つつつ」


 舞は立ち上がりつつ左手首の調子を確認する。しびれているだけで感覚はある。折れてもいない。

 顔を上げると女が斜面の上から満面の笑みを浮かべて舞を見ていた。


「くっそ、馬鹿にしてくれるわね」


 最悪だった。女は動きがこちらに合わせたものになっている。

 もとの身体能力も頑健さも受肉した亡霊のほうが強い以上、戦えば戦うだけジリ貧になるばかりだ。ここで槍術としての本気を出しても情報を与えるだけかもしれない。


「やるなら、一撃で決めないと……」


 舞が逡巡していると、女が笑って両腕を広げた。怪訝そうに眉をひそめて様子を伺っていると、それを悟って顔色を失う。

 女が霊気を操っている。

 白いもやが胸の前に集まると、砲弾のようにはじき出された。

 舞は横っ飛びに身を投げ出して避ける。

 砲弾のような白いもやは地面に当たると、ぼふっと崩壊して着弾点の周りにもやが残る。

 かわした舞は、起き上がって頬についた土を払う。


「あんな濃い霊気に当てられたら、正気を失うどころじゃないっての……!」


 横目に女を窺う。

 またも霊気を集めているのを確認すると、顔を強張らせてクラウチングの姿勢から駆け出した。背後を白い航跡を引いてもやの固まりが通り抜ける。


「もう、背に腹は代えられないって!」


 槍を浅く持ち、穂先についた符をひっぺがした。顔を向けて女を見る。

 舞に向かってもやの砲弾が飛んでくるところだった。

 目が動く。砲弾の速さに目が追いつき、舞の体は傾いてひねりを加え、腰と腕に力をためる。振り切るための予備動作。


「っし!」


 一閃し、砲弾を吹き散らす。もとになる霊気を祓って防いで見せた。

 振り切った動作のままかすかに前かがみになり、それをバネにして跳躍する。


「ひゅ!」


 斜面を大きく飛び越えて、一足で女のもとまで間合いを詰めた。女の笑みがかすかに強張っているように見えて、舞は笑う。


「せィ!」


 一転、円を描くように浅く持った槍を振るう。青いもやがその軌跡に沿って三日月のように揺らめいた。

 女は槍を避けて大きく後退りしている。舞は即座に地面を踏み、さらに踏み込んだ。その一歩が低空飛行をしているように異様に伸び、女との距離が一定に保たれる。

 舞は強く笑った。


「勝負の心得は、自分の間合いから相手を離さないこと!」


 滑るように足を腐葉土に食い込ませ、槍を振り上げる。その斬撃が直撃し、女はもんどりうって四つん這いに着地する。

 追い討ちを掛けに舞が踏み込む。

 横合いから白いもやの塊が突如現れて突っ込んできた。

 舞は反射的に腰をひねって槍を突き出し、穂先でそのもやを突き刺して吹き散らす。

 そして、女が笑った。

 舞は顔を引きつらせて女を見る。女は踊るように手足を動かし、強烈な蹴りを繰り出した。

 即応して槍の柄で受ける。衝撃に両腕がしびれ、槍が大きく逸れる。

 しかし、女の動きはまだ止まっていなかった。

 足は二本ある。

 同時に再び繰り出される蹴りが舞の腹を狙って突き出される。

 力任せに槍の弾かれたのを押さえ込んで二発目の蹴りも柄で受けるが、ミシミシと槍がきしみ、舞の体は風に吹かれる落ち葉のように吹き飛ぶ。


「ぐぅ……っ!」


 顔をしかめて槍を握ったまま固まる腕を解きほぐす。

 そのまま体勢を整えて斜面に着地する。勢いはすぐに止まらず、腐葉土の上を大きく滑る。動きが止まったときに膝が落ちた。


「これは、ヤバイ……かも?」


 息が上がってきたのを意識して舞の口に自嘲するような笑みが浮かぶ。

 足に力を入れなおして立ち上がる。その場でステップを踏み、ひとりうなずく。

 槍を構えなおして女を見据えた。


「さっさと手早く、決めましょう、か!」


 言葉と同時に槍を横に振り、飛んできたもやの砲弾を祓う。同時に地面を蹴って、女との距離をふたたび詰める。

 横殴りに槍を薙ぎ払い、穂先で切り裂くというより叩きつけるように女を狙う。

 女が飛び退ってかわすと、握る手を滑らせて浅く持ち、素早く足を踏み変えて突く。女をかすめるが、今度は血も出ず、ジュッという音とともに白煙が昇る。


「っひゅ!」


 片足を引き、逆袈裟に槍を引き上げる。脇から肩を切りつけ、再びジュッという音。

 女の顔が歪んでいるのを見て、舞は玉の汗が浮かぶ顔を強く微笑ませる。

 女の腕が振るわれ、近すぎる間合いから霊気の篭もった拳が襲い掛かってくる。

 舞は足を引いて石突で女の腕を逸らし、クルリと槍を一回転させて槍穂の根元を掴んだ。

 右腕だけで女の胸に突き立てる。左手を伸ばして槍の柄をつかむ。


「っし!」


 気合一閃。

 跳ね上げた槍が女の頭まで切り上げて、穂先が中天を指す。

 糸が切れたように女の体は崩れ落ちる。いっぱいに開いた口からうわごとのように声が漏れているだけだ。


「これで、終わった、の?」


 舞がつぶやきつつ、石突を地面に突いた。とす、と腐葉土の地面に深く刺さる。

 荒くなった息を吐き、深呼吸をする。

 そして気づいた。


「……っ、まだ霊気が」

「あァあぁァアあアぁあアアッ!!」


 女の体がぶるぶると震え、人間の口からこれほどまでの音がでるのかというほど大きい音を出して、ずるり、と女の体は動いた。

 電気を流すとカエルの足が動くような、極端かつ唐突な動きで女の体が引き絞られる。

 バネ人形のような頭突きが叩き込まれた。

 どん、と受けた槍を越えて腹まで響くような、あまりにも重い一撃。

 槍の柄で受け止めたが、普通に受けていたら内臓が破裂していたかもしれない。

 割れた額から血を流しながら、女は舞に背を向けて化け物染みた動きで吹き飛ぶように逃げていった。あっという間に見えなくなる。

 突如、山は静けさを取り戻した。

 霊気は跡形もなくなり、風に木々がざわめく。

 辺りの蹴散らされた土が静かに崩れる。

 動物の気配もない。

 夜の山の静寂。

 当たり前の景色。

 舞は力が抜けたように座り込んだ。


「っつ、ええー……」


 声が漏れる。

 抱えるように構えていた槍が膝の上に落ちた。頭突きを受け止めた両腕の全てが痛む。

 女が消えていったほうを見ながら、舞はつぶやいた。


「……なんなの、もう……」




 やっとの思いで山から出た舞は、その足で霊柩車へ向かう。

 槍を杖のように使いながらときおり力の抜ける足を引きずって道を歩く。


「携帯とか持てればよかったのに……媒介にしてくる霊もいるから持てないのは分かるけどさあ」


 震える声で愚痴を言いながらため息を吐いた。まぶたの重くなってきた視界で、舞に気づいた中野が槍を巻いていた布を持って駆け寄ってくるのが見える。


「おい、大丈夫か! なにがあった!?」


 中野に体を抱えられるのを感じて、舞は力を抜いた。中野の顔は危機感でさらに引きつる。


「最悪……あの霊、受肉してた」

「な」

「好き勝手暴れてさ……どっか逃げられた」


 必要最低限の情報を伝え、舞は深く息を吐いた。

 中野は強張った顔で舞の手から槍を取り、布で巻き始める。一度巻かれるのを見るたびに舞のまぶたは下がり、最後には目を閉じて寝息を立てていた。

 槍を巻き終えて結んだ中野は、疲れ切った舞の表情を見て眉をしかめ、額を撫で付ける。


「無理してんなよ、バカガキが」


 ため息を吐き、舞の体を抱えて立ち上がった。

 霊柩車まで運び、舞を抱えたまま器用にドアを開けて助手席にそうっといれる。

 槍を後部から積載し、最後に放り投げていた吸いかけの煙草を拾って携帯灰皿に押し込み、運転席に戻った。

 車内に置いてある携帯を持ち、事務所に電話を掛ける。


『はい』

「米原さん? 中野です。舞が札を剥がして倒れました。霊が受肉していて、取り逃がしたようです」


 伝えるべき情報を一息に伝えた。自分で言いながら、嘘だ、と言いたい気持ちを眉根をきつく寄せることで堪える。

 電話口からの返事はすぐには聞こえなかった。


『……そう。一度戻ってきてもらえるかしら』


 やがて聞こえてきた米原の声は、落ち着いていた。

 中野はその指示に頷き、言葉を重ねる。


「分かりました。米原さんと所長は治療と再走査の準備をお願いします」

『ええ、分かってる。気をつけてね』


 米原から電話は切られた。中野は携帯を閉じて放り出し、キーを回してエンジンを始動させる。

 ルームミラーで寝入っている舞の顔を見た。


「……くそっ」


 毒づき、ハンドルを回す。エンジンのうなりが大きくなる。窓の外の景色が流れ始めた。

 ルームミラーに吊られた交通安全のお守りが揺れる。

 戦闘です。

 やっぱり戦闘ですよね。

 以前書いた作品で戦闘シーンが冗長になったものがあるので、今回はザックリアッサリ。

 バトルはやっぱり燃える。

 華があればなおのこと。

 うん。

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