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踊る葬儀屋  作者: ルト
2/9

2nd,program ネガイネガウ

 貧相な事務所がある。


 駅前の路地を少し行ったところにある雑居ビルの二階にあり、窓には一枚ずつ葬儀屋と書いてありその次に電話番号が二枚かけて書いてある。

 雑居ビルが古びていて、大きい駅ビルの陰になっていてすぐ前の道まで歩いてこないと看板が見えない。


 室内もまた雑然としていて、応接用のソファのすぐ隣に執務用のデスクがあり、ファイルが積み重ねられている。

 ソファ隣のデスクはまだいいほうで、その対面のデスクは 資料が大量に積み重ねられている。

 押しのけられてグシャグシャになったものもあり、事務ができるとは思えないが、実はギリギリで小型のノートパソコンを置くだけのスペースは確保してある。

 そのまた奥にある場所の隔てられた所長の机は最悪で、机の周りに紙束が散らかされていて、机から手の届く距離の壁際に置いてあるダンボールには山盛り一杯の不要な資料が詰め込まれていた。誰も処分してくれないらしい。

 所長らしき童顔の男は今も大量の資料の山と格闘している。


 黒染みのある壁や天井は掃除する努力はされているが、頑固な汚れに敗北を喫している。

 給湯室は丸見えで、インスタントコーヒーを入れている女性はおろか、年代物の冷蔵庫を構えるキッチンまで見えている。

 洗いカゴを見るにつけ、従業員は食事をこの事務所で取っているらしい。


 葬儀屋の事務所だった。


「こんにちはー」


 十回に一回は空回りするそろそろ怪しい事務所のドアノブを開けて、高校の制服姿の舞が入ってきた。

 その声を聞いた所長は顔を上げるが、目の前には積み重ねられた紙束があるせいで入ってきた人物の顔を見ることは出来ない。


「あー舞ちゃんかなーこんにちはー」

「また溜まってるんですか、大変ですねぇ」


 疲れていて間延びした声になる所長の様子を見ても舞は欠片も気を動揺させずに他人事のように言葉を返した。

 所長の仕事は下っ端のうえにも下っ端である舞に降りかかってくることはありえないので事実他人事ではあるのだが、その無情な言葉に所長は紙束の向こうでどんな顔を浮かべているのか知れない。

 コーヒーを持ってデスクに戻っている女性は舞と顔を合わせるとニッコリと微笑んだ。


「舞ちゃんこんにちは」

「米原さん、こんにちは」


 挨拶に頷いた米原はコーヒーを机に置いて、あ、と声を上げて舞を振り返った。


「ねぇ舞ちゃん」

「中野なら表で煙草吸ってましたよ」


 給湯室に歩いて行っている舞は振り返ることすらせずに言葉を返した。米原は困ったように笑う。


「ごめんねぇ、いつも同じこと聞いちゃって」

「いえ。同じこと聞かなきゃいけない阿呆がいけないんです」

「お疲れーす」


 舞がそう答えた直後に事務所の扉が開いて、話題の人物が入ってきた。

 米原と舞は振り返って中野を見て、それぞれ嬉しそうな笑顔と馬鹿にしたような顔を浮かべた。


「噂をすれば影?」

「学習能力は皆無じゃなかったみたいね」

「な、なんですか? なんかこう、はいってきた途端にそんなこと言われるとそこはかとなくバカにされた感じがして嫌なんですけど」


 中野は女性二人に視線を浴びせられてたじろぎながらも反論する。

 またもそれぞれおかしそうな親しみのこもった笑みと、くだらないと言わんばかりのしらけた表情が向けられる。


「ふふ、ごめんね」

「事実バカじゃん」


 舞の言葉に、ピクリと眉を寄せて青筋を立てる。


「待てコラ舞。お前年下のクセになんでそう敬いという態度がないんだ?」

「あそーごめんあさーせ、老人扱いがお望みなんですねー」

「老人じゃねーよまだ二十代だよ!」

「あっそ、じゃあいいでしょ」

「なんでそう極端なんだよ! 米原さんからも何か言ってくださいよホントこいつは」


 米原に話題を振り、視線を向けると同時に二人そろってぎょっとする。

 米原が涙を堪えるような表情で無理に微笑もうと眉と頬を痙攣させていた。震える口を開いて懸命に声を平坦に保とうとして失敗しまくっているか細い声を上げる。


「ええ、そうね、二十代は若いわ。三十からはもうオバサンだものね、二十代はいいのよ、まだ若くって」


 色々と境目の年齢を迎えて極めて複雑で不安定な女性の禁忌に迂闊に触れたらしく、思春期もビックリな情緒不安定を発露させた。二人は慌てて米原に駆け寄ってフォローを試みる。


「いや、米原さんは若くて綺麗ですから! 全然もう! はい! 街行く人に聞いたら十人中十人がお姉さんって呼ぶに決まってますよ!」

「そ、そう! それに大事なのは心の若々しさっすから! 米原さんなら完璧ですよ、ええ!」

「い……いいのよ、そんな無理に励まそうとしなくて」


 米原は無理にぎこちない笑みを浮かべる。

 ここでフォローを拒否されてしまっては元も子もないが、嘘でも褒められたら嬉しいものだ。少し励まされているようで顔に生気が戻っている。

 舞は最後の一押しをしてブンブンと首を何度も頷かせる。


「本心です! ね!?」

「お、おう、もちろん! 心の底からマジで本当にそう思ってます! 米原さんファンクラブ一号の俺が言うんだから間違いありません!」

「ありがと……ふふ、なんだかこんなに褒められちゃって、お姉さん恥ずかしいわ」


 二人に畳み掛けられて米原は少し照れたようにコーヒーを飲んで誤魔化すが、その一言には女性としての自負が見え隠れしていた。それを確認して揃って安堵のため息をつく。

 ほぼ同時に振り返って給湯室へ歩きだす。


「あんたバカじゃないの? 余計なこと言って」

「スマン。いや、でも元はと言えばお前が」

「だいたいあんた何よ米原さんファンクラブって、あったまわる、恥ずかしくないの?」


 肘で小突きあいながら小声でののしりあって、舞が心底呆れた声で尋ねる。中野は腕を組んで首をかしげた。


「いや、確かに死ぬほど恥ずかしかった。なんであんなこと言っちまったんだろうな」


 舞はあざけるように鼻で笑って足を早めて給湯室のキッチンに立った。

 マグを二つ並べてインスタントコーヒーを淹れる。悪いな、と中野が笑うと、三十円、と舞に即答されて閉口した。

 背後の事務所に置いてある鳩時計がポーンと音を立てて午後四時を報せる。


「あっ、あぁああああぁああっ!!」


 所長が吠えた。

 舞はコーヒーにシュガースティックを投入する手を止めて、隣にある自分と同じように驚いている顔を見上げる。


「事務処理のストレスで発狂した?」

「かもな」


 頷きあって事務所を覗き込む。米原さんも自分のデスクから所長を見ている。

 視線を一身に受ける、紙束に半ば埋もれている所長はというと、鳩時計を見て目を見開いて愕然としていた。

 舞が首をかしげてツインテールを揺らしながら尋ねた。


「所長ー、どうかしました?」

「あっ、ちょっと手伝って! うわあああああ!」


 どざあああと書類の山が崩れる。あーあーあーあー、と言いながら米原さんがすぐにヘルプに行き、舞もちょっと呆れたようなため息をついて手伝いに行く。もちろんここまで来て中野一人残るということもなく、全員で片付け始める。

 ごめんという言葉を連続で重ねながら所長がカミングアウトした。


「今日はお客さんが来るんだったから、片付けないといけなくて」


 めずらしー、と小さな声で舞が言って即座に中野に叩かれた。米原も目を丸くして、ちょっと手を止めて所長に尋ねる。


「お客さんですか? 今日?」

「うん。今日って言うか、予定では四時」

「へー……って、もう四時ですよ!? ちょ、洒落になんない!」


 舞が絶叫して大慌てで片付け始める。米原が紙を踏んでずっこけそうになったり、間違えて決済前の書類を処分しそうになったり、急に仕事をドサドサと与えられたシュレッダーがあっけなく詰まったりとすったもんだの末、床の紙束を処分したところで舞が聞きつけた。


「ちょ、もう足音が聞こえてきましたよ!?」


 その宣告を受けて混乱は極限に達する。


「うわあああ、まだ全然机の上片付いてないのにー!」

「せめて、これ、量を減らしましょう! 給湯室の奥のほうに隠しといて!」

「分かってます!」


 所長が混乱し、米原が書類の束を中野に手渡し、中野が男手の誇りに掛けて累積した重量物を給湯室まで急いで運ぶ。そこに非情の福音(ノック)が響いた。

 事務所に緊張が走る。所長は米原と目をあわせ、頷きあう。米原は自分のデスクに戻り、制服姿の舞は給湯室に隠れる。先客をもっと奥に行けと蹴った。


「どうぞ」


 所長が扉に声をかけて、扉が開く。

 入ってきたのは男二人だった。両者ともスーツを着ているが、前に立つ男のほうが堂々としており、上下関係がひと目で理解できた。上司らしい男が一礼して挨拶し、所長もソツなく返す。

 付き従っているだけの部下らしい男は、見るからに沈痛な表情をしていて、死に目を見たばかりの人間らしい雰囲気を出していた。というより、上司が平然としすぎているというべきか。

 お互いに自己紹介して、応接用のソファに来客二名が座りその対面に所長が座り、米原さんがお茶を汲む一連の流れを終えて早速本題に入った。


「結論から言いますと、私の病院で抱えていた“葬儀屋”が亡くなったのですが、亡霊となっているようなので払って欲しいのです」


 上司のほう、どうやら院長らしい男がそう切り出す。所長は涼しい顔で話を聞くが、給湯室にひそんで話を盗み聞いている中野は顔をしかめた。


「よりにもよって同業者の亡霊か……」

「なんかあるの?」


 同じく話を聞いている舞が小声で尋ねる。中野は渋い顔のまま首肯する。


「ああ……霊気の強い亡霊は物理的に干渉できるほどの力を持つことは知ってるな? 呪いとかウラミツラミとか、そういう分かりやすいやつだ」

「葬儀屋はそれが強い傾向にあるー、とか?」

「そういうこと。まぁ、霊気の強い亡霊をねじ伏せて祓うのが仕事だからな、自然に強くなってくるもんなんだと思うが」


 ふぅん、と舞は興味なさそうに頷き、所長たちをうかがう。

 中野も肩をすくめて同じく所長たちのほうに意識を向けた。


「連盟から、あなたがたは荒事に関してこの一帯の葬儀屋のなかで抜きん出た実力がある、と聞きまして頼ってきた次第です」

「ええ、間違いありません。受肉してない霊ならほぼ問題なく除霊できます」

「それは心強い」


 院長と所長の話の中で聞こえたキーワードに再び顔をしかめる中野。目ざとくそれに気づいた舞は目で尋ねた。

 中野は舞の視線に気づき、苦笑して手を振る。


「連盟からの推薦で来たなら、まずもって受けなきゃいけない仕事だから。そういう強制は好きじゃないってだけだ」


 ロクな仕事がないのも確かだがな、と続ける言葉を聞いたかどうか、舞は興味をなくして所長たちのほうに意識を戻していた。

 所長たちの会話は受けるかどうかというような交渉をすっとばして情報を得るほうに入っている。


「佐藤美由紀は、生前は優しく子供好きで病院でも保育所の手伝いをしてくれていました。札に霊気を込めて除霊するのが基本でしたね。霊質はこれを参考にしてください。 親族のリストはこちらです」


 部下のほうが微かに顔をゆがめた。それに気づかないふりをしながら、差し出されたファイルを眺めて所長は笑う。


「ありがとうございます。手際がいいですね」

「ええ、自分のところで働いていた者が被害を出すなんてことは防ぎたいですから」


 院長は顔に皺を作って笑う。

 それからは、院長による詳しい説明が続いた。死因は不明だが、特に殺害される理由になるようなものはなく、彼女の変死は不審であること。刑事事件も視野に入れて警察が調査を続けていること。死亡時の状況――一人暮らしの自宅でうつぶせて倒れていたこと――などや、逆に彼女のほうが誰かに恨みを持っていたりはしないかということ。

 全て白で、彼女の唐突な死は奇妙という他なかった。


 しかし、通常通りに行われた彼女の葬儀では彼女の魂魄が確認できなかったという報告がある。

 殺された者や非業の死を遂げた者など、肉体という寄り代を失ってもなお現世に留まるだけの意志と実現する力を持つ場合のみに確認できる事例だ。

 元葬儀屋である以上、その霊気を持ってすれば他者を害することは造作もない。どころか、解き放たれた霊魂は生前とは比べられないほどの霊気で世界に干渉する、危険な存在だった。


「……分かりました。あとは私どもが済ませておきましょう。ありがとうございます」


 話を一通り聞き終えた所長はそう言って頭を下げた。院長のほうも一礼をしてそれに答える。


「いえ。危険な仕事になりますが、よろしくお願いいたします」

「ははっ。危険、ですか」


 拒否されることもある“葬儀屋の葬儀屋への依頼”を受けて、所長は笑った。院長が不思議そうに顔を上げるのを見て、失礼、と頭を下げる。それでも所長の顔の笑みは消えてはいなかった。


「言ったはずです。私どもは受肉していないただのの霊なら問題なく除霊できます。ご安心ください」


 その断言に、院長はつられたように微笑む。


「それは、心強いですね」

 葬儀屋連中、揃い踏み。

 というわけで。

 続きました。

 依頼が来ました。

 踊ってません。戦ってません。

 ちっ。

 ストーリーなんて飾りです、偉い人にはソレが分からんのです。

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