1st,program オドリオドル
ざわざわと木々がさざめいている。
夜も深まった深夜二時過ぎ。
ひと気の全くない林の中をひとりの黒い少女が駆けていた。その後を追うように、白いもやのような影が飛ぶ。
少女はツインテールに縛った髪を鬱陶しそうに左手で払いのけながら肩越しに後ろの影を窺いつつ、器用に木をかわしながら走る。
蹴った腐葉土が湿った音を立てて落ちた。
少女は黒いパンツスーツに黒ネクタイ――喪服を身にまとっている。そして彼女の右手には、時代錯誤にも身長を超える長さを持つ槍が握られていた。
木をかわし、ずるり と滑る腐葉土を踏みしめて走る。
槍の穂先には、朱墨の繋げ字で文字らしきものが書かれた札が貼り付けてあった。
少女を追う影は木にぶつかってもわずかに一部が煙の散るように広がるだけで、なにかに吸い寄せられているかのように再びまとまって彼女を追う。
「よし」
駆け抜けていた少女は不意に足を止めた。踏ん張っても足元の土がすべり、数十センチ近く動いてから体の動きが止まる。
バランスを崩すことなく立っていた彼女は振り返って、自分を追う白い影を睨む。両手は槍に掛けられている。
影は動きが止めたのを好機とばかりに、真っ直ぐに少女に向かっていった。
「っし!」
少女は、その影を薙いだ。
振り返った動きに乗せて引き絞った槍を大きく振るって影を横一線に薙ぎ払ったのだ。
木に当たって散らされてもすぐにまた収束していた影は、少女の槍に吹き散らされてももとに戻らなかった。音もなく、そのまま宙に溶けるように消えていく。
少女は煙の消えるさまを見つめ、余韻の残る夜闇の林に槍を突き立てた。
「……冥福を」
白い煙が夜の空気に浮き上がる。街灯に照らされてほの青く輝くもやのようなその煙は、風もない夜に静かに溶けるように消えていく。
真夜中のひと気の全くない道端に一台の黒い車が停まっていた。林を前にしてその車に背中を預けて立っている黒い男は、煙が消えたのを見届ける。黒スーツに黒ネクタイ 、喪服に身を包む男は、再び口に煙草をくわえた。赤く鈍い光が強まり、白い筒を侵食するように灰が増えていく。
「中野、また煙草吸ってるの?」
「……舞」
林から槍を肩に抱えた舞が歩いてきて、呆れた声を中野に放った。
煙草をくわえたまま煙を吐き、舞を振り返る。
「終わったのか」
「ええ。別にたかだか恨みを持って死んだだけの男に苦戦なんてしないわよ」
舞は答えながら長い車体の後ろに回る。
中野はその姿を目で追って、煙草をくわえた口の端がつりあがった。
「その割には時間が掛かってたみたいだが?」
「林の中じゃ長物は振れないから」
舞はむきになったように語気を強めて答える。車の後ろを開き、長い槍を中へ放り込んだ。すぐに扉をバタンと閉める。
中野は車が揺れるのを見て眉をひそめ、今度は車の 前部に歩いていく舞を見る。
「あんまり乱暴に扱うなよ、バチが当たるぞ」
「よく言うわ」
その言葉を舞は鼻で笑った。
助手席の扉を開いて乗り込みながら、心底馬鹿にした口調で言う。
「こんな“霊柩車”を武器庫に使ってる時点で十分バチ当たりでしょうが」
中野はそれを聞いて、ポケットから携帯灰皿を取り出した。右手だけで器用に開き、煙草を押し込んで火をもみ消す。
「……ま、そうなんだけどな」
肩をすくめて扉を開き、運転席に乗り込んだ。エンジンを回し、法定速度を守りながら夜闇を走っていく。
林は音もなく夜に沈み、凪いだ湖面のような夜空に浮かぶ月が街を見下ろしている。
ダークでパンクなキレたアクションが書きたい!
そう思って書き始めて書き上げました。霊柩車かっこいいぜ!
ツインテールとか槍とか霊柩車とか死霊とか葬儀屋とか、九分九厘私の趣味で出来ております。テーマ? そんなもん知らんよ。
なお、続きます。