嵐の昼休み
キーンコーンと昼休みのチャイムが鳴る。
佐々木昌也は外に飯でも食いに行こうかと立ち上がりかけたところで、二つの人影に気がついた。
「やあ、佐々木さん、少し時間を貰えるかな」
返事も聞かずに大城吾郎とその妻の有紗が椅子を寄せて、彼を囲むように座った。
周囲は何かトラブルかと興味津々に見ている。
社内一と言われるイケメンの佐々木が、冴えない風貌の大城吾郎の妻有紗を誘っていたのはよく見られていた。
大城の顔はいつも通りだが、有紗の顔は緊張しているようだ。
「この写真、見ての通り、アンタと有紗がホテルに入っていくところだ。
課の飲み会の日だったか、2次会は二人でホテルだったのかい」
大城は淡々と切り出した。
「いや、有紗、いや大城さんが飲み過ぎて苦しいと言ったので看病だよ。
それにこんな話はここでするものでもないだろう」
「それならば普通、夫に迎えに来るように言わないかね。
社内でするのは社の規則にも関係するからだ。
5月21日、6月14日他にもあるが、この日、君は外回りだったはず。
ところが我が家の防犯ビデオに君の顔が写っている。
その日、有紗は有給で家にいた。
ああ、家の中で何をしていたのかも録画されているから言わなくていい。
同僚との性行為は業務なのか、法規課の僕が言うまでもないよね」
周囲はざわめき始めた。
佐々木は蒼白になって黙っている。
(なんでばれた。
寝取られたなどという恥ずかしいことを何故会社で話す)
「その話は本当か。
佐々木君、君は常務の娘さんと結婚の話が・・」
後ろにいた課長も規則違反と聞き、口を出してきた。
管理不行届となると自分の評価に関わる。おまけに実力者の常務が絡んでいるのだ。
「池田課長、今は休み時間ですので、プライベートの話しを優先させてください。
さて、有紗との浮気は慰謝料を貰うが、それよりも有紗は妊娠している。
僕はもう半年間は彼女を抱いていないので、君の子供だろう。
彼女は君を選びたいそうなので、責任を取って結婚してやって欲しい」
(バカな!
コイツは遊び相手だ。金もかけなくてもよくて、責任も取らなくてもいい。
おまけにオレの子どもを他人の金で育ててくれるというから抱いただけだ。
コイツと結婚等できるか!)
いつの間にか周囲は人集りができている。
「昌也さん、愛してるわ。
夫と別れたら結婚してやろうと言ってくれたわよね。
あなたの子どももお腹にいるのよ」
頬を染めて有紗がそう言った。
「そんなこと、いつ言・・」
途中で吾郎に手で口をふざがれた。
「照れることはありません。
あなたを愛していると言われて僕も身を引くこととしました。
あなたも無理に常務のお嬢さんとの結婚を迫られていたと言ってたそうですね。
彼女を幸せにしてやってください」
吾郎のその言葉に、後ろの方から声がした。
「そうだったのか。
別に強制したつもりはないが、いずれにしても他に愛する女と子どももいるなら破談だな」
佐々木が振り向くと常務が恐ろしい顔で彼を睨みつけていた。
どうやら誰かが知らせたらしい。
それどころか社長や他の重役も眺めている。
「では、ここのみなさんが証人です。佐々木君と元の僕の妻、有紗が結婚すべきと思われる方は拍手ください」
フロアが割れんばかりに拍手される。
いつの間にか有紗は佐々木に寄り添っていた。
「お二人もよろしいですね。
話も昼休みも終わるのでそろそろ終わりたいと思いますが、二点お知らせがあります。
一つは佐々木君は恋多き人、それも人妻が好きらしく、何人もの方と付き合い、子どもも作らせていたという話を聞いています。イニシャルはS、A、K、Tの方ですね」
佐々木と一緒によく一緒にいた佐藤、鮎川、加藤、田中がぎくっとする。
「もう一つは、さすがに愛していた元妻が他の男とイチャイチャするのを見るのは、メンタルの弱い僕には耐えられないので退職いたします」
淡々という大城に、全員が(こんなことを満場でやってるアンタがメンタル弱い訳ないだろう)と突っ込んだ。
「待ってくれ!
今君にやめられると膨大な法務業務が滞ってします」
法務部長の呼びかけに大城はニヤリとする。
「それならばいい手があります。
司法試験に受かり、弁護士になりましたので、事務所の方まで発注ください。
割引料金で引き受けます」
「えっ。
しかし弁護士の報酬となると大幅に予算が必要じゃないか!」
「その話は、後で。
しかしあの仕事の全貌は私しか分からないと思いますがね゙」
「待て、話し合おうじゃないか」
キーンコーン
昼休み後終了のチャイムがなった。
「では、御機嫌よう。
部長、僕はこれから有給ですので退社いたします。
有紗、次はいい結婚生活となることを祈っているぞ」
「ちょっと、あなた、弁護士になるなんて聞いてないわよ」
有紗は驚いたように叫ぶ。
「そりゃあ、浮気で忙しくて話もできなかったからな。
じゃあ佐々木君、これは冴えないベータオスの復讐だから。
ハッハッハッ」
意味不明のことを言って、大城は去っていった。
残されたのは、項垂れて身動きすらしない佐々木と諦めたように彼にしなだれかかる有紗、昼飯を食べ損ねた多数の観客と、佐々木の浮気相手らしき数人の慌てる女性社員、それに色々と忙しい幹部社員である。
「誰だ今の話をユーチューブに上げていた奴は!
会社が特定されて、社内綱紀ガバガバで信用できないとか書かれているぞ!」
総務部長が怒鳴っている。
社内はカオスであった。