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機甲科13班  作者: 来知
第一章 戦場に降り立つ少女
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その時少女は

 少女はただ茫然と天井を眺めていた。

 軍人に掴まった昨日から、取り調べ以外ではほとんどこの独房代わりの一室に閉じ込められていた。無機質で白い、ベッドと机だけがあるだけでひどく退屈させられる。

 何もできずに自分がしたことを思い出す。

 特異生命体と呼ばれる彼らの声は昨日の一件よりも前から聞こえていた。

 酷く苦しい声。闘争に興奮する声。同胞を殺された怒りの声。攻撃してくる奇妙な生き物への恐怖の声。蹂躙することの悦に浸る声――

 叶野自身はそれほど戦場を見てきたわけではない。特異生命体との戦争が始まってすぐ避難させられ、その避難中の車列に飛行型特異生命体が強襲を仕掛けてきた。

 国内で初めての民間人が巻き込まれる特異生命体による大被害。131名が死んだ。

 叶野は当時10歳で物心は十分ついている年頃だったが、その事件から昔のことはよく覚えていない。避難所までなんとかたどりついたとき、この年頃の娘には傍にいるはずの親の姿はなく、戦争の混乱で個人情報も曖昧になり、記憶もない叶野は孤児となった。

 ただ覚えているのは、避難の時に握った暖かい手の温もりだけ。あれは誰だっただろうか。

 ぼんやりと視線を窓に移し、遠い赤い空を眺めながら思い耽る。

 そんな窓から、昨日自分を運んだ機械ががしゃがしゃと基地の外へと次々に出ていくのが目に入る。出撃だろう。灰色の四脚の車両を昨日まで見たことがなかったから、少し興味本位で叶野はそれを目で追う。

「おなかすいたな」

 そう口にしたとき、扉がおもむろに開け放たれる。

「……」

 警務隊員と呼ばれる人だろう。彼らは決まって片腕にMPと書かれた腕章をつけている。

「食事だ」

 不愛想に机の上にプレートを置き、すぐさまその部屋から出ていく。警務隊員が扉を閉めて三秒ほどたった時、ぐうぅぅうぅぅと叶野のおなかが盛大に室内に鳴り響く。

「すごくいいタイミング。盗聴されてるかもしれない」

 少し疑うようなことを言ったが、そもそも叶野が不審な行動というか、そもそも立ち入ってはいけない場所に立ち入ったのが原因だから、文句言える筋ではない。

 そのことをわかっていないわけではないので、ありがたくプレートに手を合わせ、少し早めの夕飯とする。

 しかしこれは食欲をそそられない……ブロック状のクッキー(?)とか肉(?)の塊にペースト状の緑の何か、まともそうなのはスープだがこれも具無し。

 過去の避難所ではショートブレッドか乾パン、おにぎりか雑炊がほとんど主流だったので、味気ないのには慣れているつもりだったが、所謂ディストピア飯というやつだろう。得体のしれない見た目が食欲を減退させて来るのだ。

 それでも叶野のおなかは早く何か食べろと言わんばかりにぐうぐうなっているのだから、おそるおそる口にする。

 味は何というか……薄く甘かったり、しょっぱかったり、苦かったり、食べられないほどではないけれどおいしくはないといったところだ。

 まぁ世界的な災厄に見舞われ、他国との貿易がほとんど行えず、国内の領土もほとんどが使えていない状況で食事が提供されているだけましだろう。そう思いながら小さいスプーンでちまちまと、緑のペーストを掬って食べる。

 こんなものを食べていると、食べた記憶はないけど、ジンギスカンを食べたくなった――


 げんなりしながらも完食すると、そっと手を合わせて「ごちそうさま」とつぶやく。見た目や味がどうであれ、食への感謝は忘れてはならない。刷り込まれた知識。

 外はとうに暗くなっていて、今頃戦場ではあの機械たちが闊歩しているのだろうかとまた窓を見やる。

 ふと声が頭に響く。


 殺せ。潰せ。消せ。討て。害なす奴らを。生き物ではない生き物。同胞を殺したやつらを。殺す。潰す。消す。討つ。必ず。俺にはそれができる。この塊を。奴らに。これで。ぺしゃんこに潰してやる。


 微かに遠く、ぼんやりと北の方で聞こえる声。実際そういっているわけではないだろうが、そう聞こえる。意識をより向けると景色が浮かぶ。

 この生命体は遠くを注視している。見覚えがある。食事をする窓越しにみた軍の機体。灰色の四脚。背中に砲を備えた機械でできた生物のような――

 叶野は息をのむ。きっとこの声の主は軍人を殺そうとしている。

 でも叶野にとって手の届かない場所での出来事。何もできやしない。誰かに伝えよう。そう思って、ドアノブに手を伸ばすがしっかり施錠され出ることもできない。

 何か手はないか――思考が巡る。古い記憶。あの日も声が聞こえた。

 微かではっきり聞こえたわけではない。でもその声がした途端に、今度は人々の悲鳴が叶野の耳を劈いたあの日。

 悲しい過去。さっきまで考えていたからだろうか、忘れていたはずの記憶が少し漏れてくる。

 でもなんだろう。どこか自分の記憶でない感覚がする。

 あの日のことは覚えていない。だからこれが自分のものだと確信できない。

 記憶が染み出すように、上書きされていく。誰だろう。だんだんあの日以外の記憶が、散りばめられたステンドグラスのように頭に映し出される。

 狭い空間に暗くなった街が映し出されるスクリーン。焦っているのだろうか、早くなった鼓動を感じる。

 地図だろうか、白い三角形がいくつか表示されている。もしかすると現地で戦っている人かもしれない。

 今までに特異生命体以外――ましてや人となんてこの力が発揮されたことはない。今になってどうしてだろう。でももし伝わるなら……

 先ほど見えた情景を思い返す。何かの建物の最上階だろう。ほかに特徴的なものは――記憶をたどる。ぼんやりと鳥のようなマークを思い出す。あれは何だっただろうか。確かあれは――

「北東、デパート上、たぶん一キロくらい」

 ひねり出した答えを気が付けば口にしていた。それも距離も含めて。

 地図が映し出されていたのと声がしたときの距離感からなんとなくそう思っていただけだ。あっているかわからない。

 そもそもこれは伝わったのだろうか。

 どっと疲れが押し寄せて意識が途切れる。

 再度集中して様子を見直そうと思ったが、どうも意識が霧散して力を発揮できない。

 叶野にあとできることと言えば、彼らが無事に殺されることなく帰ってくることを祈るだけだった。

 そこまでしてあげる義理もないのに、自分はここで何をしているんだろうとまた自問する傍らで――

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