新任務②
「やあやあ」
にこやかに飄々と笑う人物に、叶野は相変わらず不気味さを覚える。
「今日はね。ちょっと大事な話がしたくてね君を呼んだんだ」
「はぁ」
こうやって研究主任と会うのも、何度目になるだろうか。身体検査、テレパシー能力の検証、他に異能を持っていないか透視やらサイコキネシスやらいろいろ実験に付き合わされては、どれも芳しくはなかった。
「今から話すことはかなり君にとってショックな事実かもしれない。でも君自身のことだから知っておいてほしいし、まだこれは仮説段階の話であってそうと決まった話ではないということに留意してほしい」
大池二尉は両肘を立て、両手を口許まで持ってきて話を続ける。
「君の血液やら細胞やらいろいろと僕の研究チームでデータを収集していたのは知っているね」
叶野は静かに頷く。
「先日の大規模作戦で特異生命体たちのサンプルもたくさん取れた。以前より拘束に成功している個体の情報もあるし、ここ最近になって情報量が多くなってきて僕としては最高の状況と言える。
――っと、君にはそんなことはどうでもいいね。では本題だ。なぜ君が特異生命体の声――というより思考かな、が聞くという形で認識できるかはまだ分かっていない。
ただある一つの手掛かりは見つかった。この図を見てもらうとイメージがしやすいだろう」
大池二尉は室内にある大きなディスプレイに、二つの螺旋構造をした頭がきれいに色分けされて表示されている。
「これはDNAだ。君は年齢的に義務教育課程中に戦争に入ったからこの辺りはあまりピンと来ないかもしれないが、生き物の設計図といっていい。左は君の、右は特異生命体の一個体のものだ。点で関連性はないだろう?わかりやすく色分けしたが全くと言ってバラバラだ。でも、君と彼らには一つの共通点がある」
そう言って大池二尉はマウスをクリックし、さらにもう一枚の画像を表示する。
「恥ずかしながらこれは僕のDNA図だ。こうして並べると大きな違いがある。普通のヒト、生物は二重螺旋構造――つまりは二つの線がねじれた形をしている。それに比べて君と特異生命体のはどうだろう」
「――四つある?」
「そう、四重螺旋構造となっている。これが君と特異生命体にだけ表れている特徴だ。そして僕はこう考えた。突発的な進化によってこのようなことが起きる可能性はありえるかもしれない。だがほんの短期間で大陸をも支配する生物が生まれるだろうかと――」
大池二尉は両手を広げて、饒舌に語りを続ける。
「ありえないことではないかもしれない。かつて世界は幾度となくウィルスといった感染病に侵されてきた歴史がある以上、それが特異生命体のような怪物であっても起こるかもしれない。だが、一つ問題があるとすればそんな生物がこうも素早い繁殖と成長が起こるかが疑問だった。
力強く拳を握り。
「しかしこの事態を想定していたものは少なからずいた」
天井を仰ぎ。
「答えは物語にあった」
彼は語り続ける。
「そう――これはバイオハザード」
「ばいお、はざーど?」
叶野は英語なんてほとんどわからない。物語なんて呼んだことあったかどうか怪しい。だから大池二尉の言っていることがあまり飲み込めずにいた。
「つまりだ。この戦争は故意か事故かは不明だが、人間が起こしたものだということ。そして、特異生命体を生み出したのは我々人間かもしれないということだ」
そこまで言われて、ようやっと叶野も話が理解できるようになったが、とても飲み込めるものではなかった。
「何のためにそんなことを?」
「さあ、さすがに僕もそこまでは――遺伝子工学といった分野で何か実験をしていた最中の事故か、戦争のための生物兵器を作ってみたものの、制御ができず今の惨状を生んだのか――人間ってのは恐ろしいからねぇ。同族を殺すための技術を生み出すことは、もうどんな生物の中でもピカイチだ。戦争史がすべて語っているよ」
歴史を学んだことのない叶野にはやはりピンとは来なかった。だから大池二尉の話はまるで怖いおとぎ話のように思えて、現実味がない。
そして叶野はふと疑問に思った。
「なぜ私のでぃーえぬえー?は人と違うんでしょう?」
「それはわからない。そういう操作を受けたか、そもそも生まれ持った特殊なものなのか――ただ、私としてはここに君と特異生命体をつなぐ何かがあると思っている。通常の人の倍の遺伝子情報がもたらす新たな人間――ないし生物の可能性。特異生命体たちの規格外の強さももしかしたらそこに答えがあるかもしれない!うーん想像が捗るねぇ」
大池二尉はどこか伝説の剣にふさわしい枝を見つけた小学生のような恍惚とした表情を浮かべていたが、叶野はとても複雑な気持ちで、胸から気持ち悪さがにじみ出ていた。
目の前のぼさぼさとした髪の毛をした彼は言わなかったことだが、今聞いたことはまるで、自分は人間と言えるのかどうかわからないものだ。彼ら特異生命体と同じ化物なのかもしれない。たまたま人の形になっただけの――
「そう――だよね、ごめんちょっと興奮しちゃった。言うべきかどうか少し悩んだんだけど、君自身のことだから知っておいてもらった方がいいと思ったんだ。こんな事いきなり言われて、あなたは普通の人と違いますなんて酷いことを言っているよね」
そう言いながら彼は温かいお茶を入れて差し出してくる。
「さっき言った話は上層部と僕の研究チームにしか共有していないし、口止めもしている。特に民衆なんかに晒したらなんて言われるか分かったものじゃないからね。だから君もさっき言った話は口外しないでほしい。それが君自身のためだ」
そんなこと言われなくても、誰にこんな話をするというのかという気持ちを抱きつつ、叶野は静かにうなずく。
「今日の実験は無しでいいよ。さすがに酷な話をしたと思うから、自室に戻ってゆっくりするといい。もし抱えきれなくなったら僕に話してくれたらいい。これでも人の話を聞くのは好きなんだ!といってもついつい僕が話の主導権を持って行っちゃうんだけどね……」
「それでは失礼します」
叶野は飲み干したコップの取っ手を大池二尉の方に向けて、その場を後にする。
彼は扉が閉まるその時までにこやかに手を振っていた。
部屋を出た後の叶野はぼんやりと自分の手を眺めながら、廊下を歩く。
紛れもなく人の形をした手。肌色で、うっすらと血管が浮き出て、そういえば爪が伸びてきている。そんな手。普通の人と変わりない。でも普通の人には無い力。遺伝子。普通じゃない。人間。特異な人間。違う生物。特異生命体。同じ遺伝子。四重。異能。違う。同じなのに。違う。
「美浜!」
気が付けば怜の顔が目の前にあった。ぼんやりとした視界。どこか頭の中から血がひくような感覚。
「大丈夫か?」
「あ、うん」
支えられながら、そっと立ち上がる。
普段ほとんどのことはどうでもいいはずなのに、聞いたところで困らせるだけなのに、それでも今は自分を見失いそうで、自分がヒトなのかさえ自信がもてなくて、つい彼に聞いてしまう。
「私、人間に見える?」
あんまりな質問だ。怜は完全に唖然としている。眉からしても困っているのがわかるが、彼は戸惑いながら答える。
「どこからどう見ても人間だが……」
その言葉を聞いて安堵――できるわけもなく、さらに問いつける。
「私、特異生命体の声が聞こえるんだよ?」
「おかげで何度か助けられた」
「私、特異生命体と交流しようとしたんだよ」
「あれは驚かされた」
「私――」
人間であると認められたいはずなのに、人間ではない要素を探してしまう。でもさっきの話はしてはならない。だからそれ以上何も言えなくて、言葉がでなくなってしまう。
「何があったかは知らないけど、確かに不思議な経歴だし、特殊な力を持っている。でも美浜はどこからどう見ても人間だよ。誰だって何かほかの人と違う何かを持っている。そういった違いがあるだけでこうやって一緒に過ごして、一緒に生きているんだから、人間じゃないはずないだろ」
必死に自分を否定しようとしていたのに、告げられる肯定する言葉。すっきりしたとは言えないけれど、何か重い憑き物が落ちるような心地よさ。思わず小声で「ありがとう」と漏らした。
相変わらず事態があまり飲み込めていない怜は首をかしげていたが、途端に「あいつか!」と叫んで走り去っていった。
そのあと基地の隊員から聞いた話だと大池二尉の研究室に珍しい由良曹長の怒声が聞こえたと聞いて、自分は一人じゃないと、自分を認め、支えてくれる人がいるんだと思うとすっかり気は晴れていた。
まるで夏の青空のように――




