特異生命体
これはまだ配属されて一年――16の頃の話。
この時も由良は13班所属で最新鋭機の三一式に搭乗していた。
2036年、東京北部戦線では少し遅れて桜が咲いていた。当時の班長に連れられ、夜桜に一杯――未成年かつ待機状態だったため酒ではなくラムネを飲んでいた。当時の班長は年齢を聞くことはなかったが三十手前程でありつつしかし少し渋めの顔立ちで、2032年から始まった国立国防軍付属中学東京校の数少ない一期生である由良を特に気にかけていた。
「由良、そんなつまらなさそうだともったいないぞ」
桜の下でラムネ瓶ではっちゃけているほかの班員を、別の桜の木の下でぼんやりと眺めていたまだ成長しきっていない彼に班長は声をかける。
「このあとも哨戒任務がありますから、精神を整えようと思って」
視線を少し横にずらしながら、由良は班長に告げる。
東京エリアでは激戦区にあたる北部戦線とはいえ、防衛体制がある程度整っていることもあって、この頃の戦闘はほとんどが鴨打ほどの軽いものだった。それはもう、散々中学のシミュレーション機器で試した機械的に処理するだけの戦闘。
それでも由良は気を張って戦場に赴いていた。北海道エリアの戦線を知っているから。その地獄を――
「由良はこう、固いよなぁ。いいことだとは思う。だが、そんなにずっと張りつめていると疲れるだろ。お前に必要なのは敵の貫き方じゃなく、気の抜き方かもしれないな」
一人語り、一人納得するように班長は腕を組んで首を縦に振る。由良からすればほっといてほしいという気持ちでいっぱいだった。
それでも班長は、傍で一人話しかけてくる。答えなくても、一人話し続けていた。
「今年はまぁ、班員になって初めてだし、年上ばかりの輪に入りにくいとは思う。でも、来年こそは一緒に楽しもうな」
そういって班長はそっと肩をたたき、哨戒任務に行くぞと班員全員に聞こえるように伝える。
その日の哨戒は雲がかかっていて、夜の暗さがより闇に染まっていた。
『アルファポイント、動体センサーが感知――敵さんのお出ましだ』
班長からの無線。等間隔に離れていた機体が、一同アルファポイントに向けて車両を走らせる。死角の多いマンション群の道、前方にはもう一機の三一式が走っている。前方機は左方向を警戒しているため、右方向の警戒を担う。
目標は見えないまま、道のりを進んでいた時――
「は?」
目の前に三一式が背面を向けて飛び掛かってくる。気が付けば目の前にいた車両は忽然と姿を消していた。
慌てて後進するよう思考すると、機体は応じるように全力で後進し、辛うじて降ってくる三一式を回避。しかし、コクピットが側面からたたきつけられたようにへこんで仰向けになっている機体は、市街地迷彩として選ばれている灰色の機体色を弾けるように一部を赤く染めていた。
思考が加速する。何が起きた。なぜ前方の機体がこのような惨状になっている。一瞬、刹那の隙に何が――わからない。どうしよう。思考がまとまらない。怖い。今までにない攻撃。敵は近いのか?考える。わからない。思考が停止している気がする。そうだ報告――
『由良三曹下がれ!』
立ち尽くしているところに、増援がやってくる。班長と他二名。
マンションの先の左角から、奴は出てくる。
「装盾竜種……」
固唾をのむ。全長15mほどにも及ぶ巨体、とげとげしいくも堅牢な背中。その尾部には傍らで無残にひっくり返っている三一式を叩き潰したであろう、ハンマー状のこぶが備わっていた。現代には生息しないはずの恐竜種。教習課程で学んだとはいえ、実物を見るのはこれが初めて。
恐竜種とはその名の通り、人類がまだ誕生する以前にこの大地を支配していた巨大な生物たち。翼竜種と並びこの特異生命体との戦争において、人類に最も損害を与えた存在。
『撃て』
無線越しの班長の合図とともに、残った自分を除いた三機がAPFSDSを閃光と轟音とともに発射する。通常の生物であればひとたまりもない貫通力で、その体に風穴を開けることになる――が、装盾竜はあろうことかAPFSDSを受け止め、けたたましい雄たけびを上げながら反撃に出る。
『バカな――』
副長機が一瞬ためらった瞬間のことだった。猛タックルを仕掛けた装盾竜によって前面装甲をぐしゃぐしゃに潰され、後方のマンションへと勢いのまま潰される。
『く、くたばれ!』
僚機が105mmAPFSDSを再度叩き込む。しかし角度が悪かったのか、砲弾は装盾竜の背中で火花を散らしたのち、装盾竜の後方へと着弾。
今度は僚機が、目の前の装盾竜へと叩き飛ばされ、まるで野球ボールのように尾部のハンマーで打ち飛ばされる。
「に、二体目……」
ぐしゃりと潰れ落ちた僚機を叩き飛ばしたもう一体の装盾竜が現れる。異常な生命力と数とこの強さがこの戦争で人類が敗退してきた理由だ。
ほんの五秒程度の出来事だったはず。しかし、その五秒程度で二機を失い、残存するのは未成年兵の自分と班長のみ。
『退避しろ由良!』
隊長命令だ!と無線越しに怒鳴られる。呆然としていた頭がやっと靄から抜け出したかのように晴れだす。後退射撃をしながら距離をとる。もっとも、ここは市街地で少しすれば射線が切れてしまう。後退のため三一式砲部側面に設置された発煙弾発射機から二発撃ちだし、煙幕を張る。
『よし、一体倒し――』
無線が途切れる。それでも退避することだけ必死になっていた。
一キロほど離れたころ。目標周辺が爆炎に晒される。後方に控えた野戦特化部隊の155mm榴弾砲の砲撃だろう。
『13班5番機、目標殲滅。帰投せよ。なお哨戒任務は14班が引き継ぐ』
司令部からの命令。一機だけではもちろん作戦続行など不可能。
唇を嚙み締め、自分の無力さを呪いながら仮設駐屯地へと三一式を走らせた。
夜明け。回収された班長達四名の亡骸に立ち会うこともなく処分された。棺は空だった。
「これくらいしかない」
そう言われて渡されたのが、部隊章だった。一部が血黒くなってしまった、第一戦隊機甲科の……
「と、要するに対峙したけど俺は戦ってはいない。逃げただけだ」
そっとコップに入った水を一口飲む。
串本が気まずそうに由良の顔を見るが、ここは戦場だ。死ぬこともある。
たまたま恐竜種や翼竜種のような、生命力も破壊力も化け物と出会うことが今はないだけで、明日――いや、今日に遭遇して戦うこともあるだろう。
もしくは、新種と出会って初見殺しに遭うかもしれない。
「そろそろ休息時間だから戻るぞ」
食べ終えたトレーを片手に、席を立つ。串本が生唾を、広川が静かに汗を流すのを横目に、一人返却口へと向かう。