分断
駐屯地から一〇キロ地点。車輪走行で展開された四脚の戦闘車両が、昏い闇夜を駆け抜ける。
窮屈なコクピット。高性能カメラが捉えている外界の様子を移すモニター群。金属の香りが鼻腔をくすぐる。由良にとってあまり好きではない匂い。
一〇〇メートル間隔で配置した由良機を先頭にした楔形陣形で、戦域を踏破していく。
途端一つの影。
「エンゲージ。目標蟷螂。対処する」
『了解。こちらは指定ポイントの哨戒を続ける』
ノイズ混じりの無線を交わし、由良は交戦に入る。目標の進行方向が防衛線へと一直線に向かっていること、この進路のまま進むと接敵を避けられないと判断したからだ。
機体をキッと制動させ、目標の観測をする。
一〇〇メートル先。二つの鋭利な鎌、デカい身体をしているのにアンバランスな細い体躯は昔から気色が悪くて好きじゃない。
由良はひっそりと機体を射撃姿勢に移行――安定させ、脚部に照準を合わせる。弾種は榴弾。昆虫種には徹甲弾系統よりこちらの方が効果は出やすい。
一部、外殻が硬くそうもいかないものもいるが、蟷螂ならこちらの方が都合がいい。
目標はこちらに気が付く様子もなく、悠々自適にかさかさと歩いている。FCSが目標の進路から未来地点を算出、気温や風速なども考慮した弾道に合わせ照準調整を行う。
特異生命体との戦闘で危険なのは、初めて由良が恐竜種と戦った時のような、死角からの鉢合わせ――だから一方的に撃てる状態にある今は対特異生命体戦における優位な状況と言っていいだろう。
幸運だったな――
静かにトリガーを引く。
瞬間背負っていた砲身から閃光と轟音が飛び出し、刹那に蟷螂の足元へと及ぶ。爆炎がその地を抉り、しばらく煙をまとう。
微かに見える着弾地点だが、特異生命体の影はない。
「消し飛んだか」
いや違う。いくら榴弾でも跡形もなくなんてことはそうそうない――
咄嗟に上を向く。夥しい翅。不気味で気色の悪い羽音。一瞬にしてこの間合いを詰めてきた若草色のそいつは、無慈悲に二つの自慢の鎌を振り下ろす。
BMIによる思考を通じて緊急回避――傍にあった電柱はきれいにすっぱりと切り落とされ、まるで居合道の達人が竹を両断したようだった。
呑気にその様相を見ている間もなく、また鎌が振り下ろされる。
「……っ――近すぎる」
飛翔する蟷螂相手にするには、少々分の悪い状況――そもそもやつは着地したかと思えば、またすぐさま飛び跳ね鎌を振りかぶるのだから、どうしても回避を優先してしまう。
昔テレビか何かで、居合の達人が拳銃に立ち向かうという企画を見たことがある。もちろん間合いを詰めなければ刀では一方的に撃ち殺されるだけなので刀が一歩踏み出せば届く間合い。勝負は一瞬――銃が狙いを定める前に、刀が急所を寸止めしていた。
総合的に有利な武器を持っていても、それを活かせる状況でないなら事は不利に運ぶ。
それがまさに今の状況だ。
蟷螂の中でもこの個体は俊敏性が特に優れているらしい。間合いを取ろうとしても、すぐに詰められてしまう。今にもその鋭利な刃物で三一式の、由良の首を取ろうと言わんばかりに次々と振り下ろされる。
たかが蟷螂と侮った結果がこれだ。
ではどうするか――由良だって戦場に出て三年。階級だって曹長だ。こんなところで無策を発揮するわけじゃない。
単純な攻撃の回避にもいい加減に慣れてきたので、地図に目をやる。由良が思い描くこの状況をひっくり返すためのピースがどこにあるのか――
この辺りは思考を読み取っている三一式からすれば、何のデータを求めているのかAIがはじき出してくれるので、古い時代のように紙の地図を広げ、チェックをつけていく必要はない。
地図に近隣のエリアで数か所ピン上のマークが浮かび上がる。この瞬時にはじき出されたポイントへと、回避しつつターゲットを誘導する。それがまず第一段階。
繰り返される攻撃をすんでのところで回避しつつ、目的地へと向かう。蟷螂は由良機を攻撃するのに夢中だから、この誘導は鎌にとらえられない限りは簡単なものだ。
背の高いマンションの元――由良が求め三一式のAIがはじき出したポイント。
ここからが第二段階。
息を吸い込み、脳に酸素を送る。極限まで集中し、BMIを通じて脚部操作を行う。
四脚で地面をけり上げ、高層建築物へと足をかけさらに跳躍――
「ここ」
機体が下方を見下ろす体制になったところでトリガ。反動で微かに滞空時間を延ばし、それと同時に105mm榴弾の爆風が機体を叩く。
反動で勢いの付いた由良機はそのまま、一回転する形で着地する。曲芸じみた機甲兵器とは思えない機動。
訓練されていない一般人が乗り込もうものなら、舌を噛むだけではなく、顎を強打するだろうというほどの衝撃。
三一式は頑張れば少しの跳躍機動ができてしまうだけであって、本来跳躍機能は正式な機能ではない。そもそもBMIを通して脚部の操作を細緻に行わなければならず、これができるものも多くはない。ただ由良はアクション映画のスタントマンよろしく、壁蹴りのような機動を機甲兵器でやって見せた。
榴弾でバラバラになった蟷螂の肉片が降り落ちる。生物とは思えない紫色の液体が機体の一部を染める。
ここしばらくは近接戦で機体を汚したことなかったので、由良としては不満の残る結果になった。
思ったより時間をかけてしまったなと、一つ息を漏らして無線を繋ぐ。
「目標沈黙、そちらに向か――」
『こちら高野。敵の砲撃を観測。至急援護を――』




