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現人神の件

作者: 蓮谷 渓介

 「ふんふーん」

 10月初頭のお昼前、男は鼻歌を歌いながら外行きの服を選んでいる。

 久しぶりの有給休暇。久しぶりの何も予定のない一日。

 「あぁ自由だ、ふふふ」

 日々残業で帰りは遅く、時間が無いから夕飯はコンビニのお惣菜に頼りっぱなし。まぁ元から料理は苦手だが。今日はブラブラして飯屋で美味いもの食おう。皆が働いている時に何もせず消化する時間、皆が働いている時に食う飯、これ程自分の心を満たしてくれるものは無い。

 「さて、行くか!」

 ドアを開け外へ踏み出すと眼の前に全身黒尽くめの男女が立っている。女が何やら警察手帳のようなものを開いて提示し、男の方が口を開く。

 「服部忍だな? お前を保護する。大人しく一緒に来てもらおう」

 「は? あんたら誰ですか。 俺なんもしてないですけど」

 「まだ()()()()()()だけだ。 大人しく来るんだ」

 アパートの階段の方から駆け上がる足音が聞こえてくる。

 「課長」

 「くそ、いいから来い」

 男は強引に服部の手を掴み連れ出そうとする。

 「やめろよ!」

 服部は咄嗟にその手を振り払うと男に突風が吹き付ける。

 「ぐ!」

 「課長!」

 「へ? い、今だ!」 

 服部は突風でよろめいた黒服男の隙をつき脱兎の如く走り出す。その速さたるや並のアスリートでは太刀打ちできない程。

 「おい! 待て!」

 「な、なんだ!? 俺の体どうしたんだ?」

 ココはマンションの五階、エレベーターはあるが待っている暇は無さそうだ。服部が向かう先には階段。そこから住民らしき人達が上がって来ていた。誰でも良い、この状況から助けてくれ。

 「おおい! 助けてくれ! 変な奴らに……」

 一人が服部を目で捉えつつ手で何か合図をすると彼らは速やかに隊列を組み自動小銃を構える。

 「なんで!?」

 そして鳴り響く発砲音。

 服部は死を覚悟した瞬間、時間が止まったような感覚に陥った。意識は鮮明にあるが自分の挙動その他全てが超スローモーションになった。

 「あ……」

 その時、鮮明に軌道が見えた訳では無いが銃弾が何処を通るか、何処なら当たらないか確信を持って把握した。後はその場所を通るだけだった。

 「おりゃあ!」

 身体を急激に傾倒し壁に足を踏み込みそのまま重力を無視して走る。相手が銃口を合わせてくれば次は天井を駆け武装集団を超えてそのまま下階へ降って行く。

 後を追っていた黒服二人は突然の発砲を受け足止めされていた。

 「……課長」

 男は耳に手を当てる。

 「七志野。香坂だ。目標は()()()()そっちに行った。なんとか止めろ、無傷でな。以上」

 散発的に響く発砲音。それは段々と下階へ移動していく。

 「一時しのぎの急造品とは言え()()()、か」

 「クライフ教には協定違反の旨、抗議しておきます」

 「ふん、どうせ若い奴らが勝手にやったって事にするんだろ。規模がデカいと末端まで目が届かないってのがお決まりだ」

 香坂はジャケットの内ポケットから煙草を取り出し、箱に入れてあるライターで火を付け深く吸う。

 「またそんなものを」

 煙をゆっくり吐き出した香坂は遠くを見つめ言う。

 「これが良いんだよ」


 「くそ!どんだけいんだよ!」

 服部はエントランスにいた。

 待ち構えていた武装集団。どこから見ても一般市民なのに物騒な銃器を構え、そしてよく訓練された兵のように無駄な動きは一つも無い。通路より広い分、今までより人数も多い。 

 「我らの神のため、異教の悪神よ!滅びよ!」

 「滅びよ!」

 集団は声を合わせ叫ぶ

 「なんのことだよ! がっ?!」

 前にばかり気を取られ死角から羽交い締めにされる。 

 「やめ、」 

 キーンコーンカーンコーン

 近くの工場から響くチャイムの音。

 「聖正午だ」

 「ん?」

 服部は羽交い締めから開放される。

 「どうした?」

 「聖正午は休まねばならない。撤収!」

 武装集団はゾロゾロとその場から立ち去っていく。

 「助かった……」

 皆が帰った後に一人立つ黒いスーツの男。前が見えているのかわからないほど長く伸びた前髪の中から鋭い鷲鼻が突き出ている。

 「訳でも無いのか」

 さっきの様にできるか……。相手に向かって手を振り上げれば風が吹いた。今度はもっと鋭く。

 「てい!」

 振り上げた服部の手先からは風は生まれなかった。しかし

 「っ!」

 黒スーツの男は何かを察知し半身を躱すと、後のエントランスの自動ドアが縦に割れる。

 「ほ、ほらな。出来るじゃん、俺」

 相手を見据えそう呟く。そして何か吹っ切れたように服部はデタラメに腕を振りまくる。

 「おらぁ! どっか行けえ!」


 「とんだ落ち度だ」

 アパートの手摺にもたれ香坂は煙を吐きながら呟く。

 「現人神の確定が遅れるとはな」

 「霊務局も色々あるんでしょう」

 姿勢正しく同じ方を向く女が無表情に言う。

 「……なぁ、なぜ10月は神無月って言うか知っているか?」

 不意に香坂が口を開く。

 「それは全ての神が出雲に集合してこの国から神が居なくなるから、では?」

 「じゃなぜ神が居なくなると思う?」

 「何か催しがあるから?」

 「違う。どこかの誰か、ただの人間が言い出した"神無月は神が一箇所に集まり居なくなる"って戯言を()()()()()が真に受けて里帰りするようになってしまった。本当は神の月っていうそれだけの意味なんだが」

 「なんの為に?」

 「客集めだよ」

 「はぁ……」

 「まぁ人間らしいがな。しかしメジャーな神はもとより各地の道祖神すら居なくなれば、空白地帯が出来てしまい外なる神が入り込む余地を作ってしまう。それで一時凌ぎに作ったのが現人神って訳だ」

 「そうなんですね。ただ今年は例年と違って依代でなく生身の人間を使うんですね。」

 「そこが問題なんだよ。昔なら()()ってことで通したんだがなぁ……」

 

 「はぁ、はぁ」

 服部は疲弊していた。エントランスの自動ドアは見る影も無く細切れにされ、床に天井に巨大な刃物で切りつけられた様な跡がそこかしらに付いている。

 「なん……で、当たんねえんだよ!」

 相対するは黒スーツの男。服部が打ち出す刃を悉く躱し平然としている。

 「クソっ!」

 服部は残り少ない力を振り絞り一撃を放つ。男はまたもやそれを躱すと今度は服部との距離を一気に詰めて来た。

 「はっ」

 一瞬にして服部の口を塞ぎ体を密着させる。そして腹部に硬い者が押し付けられる感触。

 「まさか……、やめっ!」

 圧縮された空気が抜ける音が三回と、床に軽い金属片が落ちる音が三つ。

 「終わったか? 七志野」

 香坂と女が階段から現れる。

 「……」

 男は自身にもたれ掛かる服部をその場にずり落とす。

 「もっと大事に扱ってくれよ。仮にも神様なんだから」

 香坂が服部の顔を覗き込んで言う。

 「そうですよ。もっと丁重に扱わないと」

 年端もいかぬ少女の声。

 ぼろぼろのエントランスに香坂達と同じ格好をした女が二人。内一人は少女だ。

 「穂積……」

 香坂は怪訝な表情を隠そうともしない。

 「今回の霊務局の不手際、大変でしたねえ。後はこちらで処理しますので()を渡してください」

 「断る。彼の今後は我々が適切に対応する」

 「そう、ですか……」

 穂積という少女が言い終わるか終わらないかの瞬間、七志野は体に強い衝撃を受ける。

 「しかし、これはお願いではない、のですが?」

 目にも止まらぬ速さで穂積の隣りにいた女が七志野を急襲していた。

 「ふん、油断はしてない、か」

 「……」

 しかしその一撃は的確に防がれている。七志野はそのしかりと握った女の拳を強引に引っ張り体ごと振り回すと壁へ打ち付ける。硬いコンクリート造の壁が大きな音と共にスナック菓子のように割れ、砕ける。その中から繰り出される女の蹴り、それを受ける七志野。二人の攻防は途切れなく続く。

 「くどい。外事のお前たちには関係のない事だろう。それとも穂積翁の」 

 「同じ公安なんです、仲良くやりましょうよ」

 「穂積翁が何を企んでいるか知らんが、この国の公共の安全と秩序を守ることが私達の仕事だ。お前達も例外では無いはず。なぜ邪魔をする?」

 「……おじい様には困ったものです。いつまでも私を子供扱いしてくる……」

 穂積は切れ長の目を更に細め天を仰ぐ。 

 会話をする二人の横で最早闘うことが目的となっている二人。七志野の一撃を女が受け止め反撃に転じようとしたとき

 「紫苑堂、帰りますよ」

 穂積の一言で紫苑堂と呼ばれた女は動きを止める。

 「はい、(いと)様」

 「確かに私達の仕事はこの国の平安を守ること、外なる神など屠り散らせば良いとも思いますが、その後の事もありますしね」

 「それは外事としての言葉か? それとも神代から続く血が言わせるのか?」

 「ふふ……、ここは引きましょう。貴方が相手では勝てる気がしませんね」

 そう言うと穂積糸と紫苑堂は静かにその場を去っていった。

 「……課長」

 「なんだ、クチ」

 「潰れないですかね、ここ」

 パラパラと降り掛かるコンクリート片

 「……だな」

 二人は脱兎のごとく駆け外へ飛び出すと同時にエントランスの天井が崩れ落ち激しく粉塵が舞い上がる。

 「ふう……あ、七志野!」

 粉塵が薄まった切れ間から人影が見え隠れする。

 「……」

 「ごめん、な?」

 

 「は……」

 服部は気を失っていたのか久しぶりに目を開いた感覚を覚えた。

 おそらく状況は良くないだろう。何か台上に載せられている。それも大の字に手足を拘束されて。

 「気が付いたか?」

 男の声が響く。その響き方からここがかなり広大な空間だと分かる。

 「なんだこれは! 帰してくれ!」

 「それは出来ない。君には伝えてなかったが、君は神に選ばれ現人神となった」

 「だからなんだよ、帰してく」

 「だからこれから国を守る為に君には柱になってもらう」

 「柱? 柱って……まさか」

 「察しがいいな。そうだ人柱だ。時間が無い、早速取り掛かる」

 「取り掛かるって……」

 その時天井から巨大な円盤がゴリゴリと音を立てながら降りてきていた。

 「ちょ、まて!」

 「大丈夫だ、お前の体に宿るエーテルを余すこと無く霊脈に行き渡らせるための処置だ」

 「いや……、いやだ! いやだああああ!」 

 「安心しろ、お前の感覚は消してある」

 服部の体を覆って余りる円盤は無慈悲に伸し掛かる。

 「ぐぼぼぼ……」

 緩やかに頭蓋は割れ、眼球は押し出され、穴という穴から血が吹き出す。流れ出た血は台座に切ってある溝を伝い何処かへと流れ落ちる。擦り潰された肉もドロドロと溢れ落ちる。台座と円盤が完全に接しても円盤の回転は暫く止まることは無かった。

 「これだから生身の人間を使うのは……」

 服部が擦り潰された台座のある空間を上層階から望むガラス張りの部屋、香坂はガラスに手をつき呟く。そこにクチが誰か連れて現れる。

 「課長、A.R.R.P.F(アーフ)からの応援が到着しました」

 「わかった。……はぁ、お前達と関わるのも嫌なんだがな、椚」

 香坂は視線を変えること無く、背後の人物に悪態をつく。

 「相変わらずだね、香坂。折角君の優しさのお手伝いをしようとやってきたのに」

 「私のではない。皇家(スメラギケ)の、だ」

 「そうだね。君のその忠誠心というのか……、それには感心するよ。ただ、僕から言わせれば依代にもなれずただ古い血だけに縋ってるような集まりなんて守る意味無いに」

 椚の言葉が切れる。香坂の背中から凍てつくような殺気を感じたからだ。

 「口には気を付けろ。お前は言われた事をやれば良い。相応の報酬をくれてやってるだろう」 

 「おお怖い、冗談だよ。ちゃんと結子も連れて来てるし御神体のことは任せてくれ。まぁどれくらい掛かるかは結子の気分次第だけどね」

 不意にスピーカーからアナウンスが流れる

 「エーテル採集、充填完了、各ポイントへの供給準備開始。次フェーズへ移行します。繰り返す……」

 「クチ、服部のマーカーは?」

 「はい、現在は拡散中ではありますが反応有、機能しています」

 「よし、見逃すなよ」

 「はい、課長」

 確認すると香坂は部屋を後にした。


 それから暫くの後、10月も終わろうとするある日


 「……なんで俺生きてんの?」

 テーブルに置かれたコーヒー。繁盛している古めかしい喫茶店の、赤紫色のベロア生地が貼られたやけに沈む椅子に腰掛けている。 

 「つか、ここ何処? ここまでの記憶が無いんだけど」

 対面に座るクチが口を開く。

 「気になります?」

 「そりゃそうだろ、あんな事されて……」

 言いかけて服部の顔が青ざめ嗚咽を漏らす。擦り潰された記憶が蘇った。

 「簡潔に言うとある方のご厚意です。詮索されませんよう」

 「詮索はするなって……。まぁ、良いか。こうして元通りになった訳だし。あとは記憶も消してくれたら万々歳なんだけどな」

 「今そうしようとしてたところです」

 「え?」

 クチが手に持つペンの様な物の先端から眩い閃光が走る。



 「……はっ。……ええと、なんでしたっけ?」  

 「大丈夫てすか? 保険の更新時期なので新しいプランのご提案を」

 朗らかな笑顔、いかにも保険の外交員らしく振る舞うクチ。

 「ああ、そうか。ふうん……」

 服部はなんの疑いも持たずテーブルに広げられた資料に目を落とす。

 それにしても客が多い。

 「きゃっ、すいません」

 店員も身動きが大変なくらい、なかなかに窮屈だ。

 「なん、だよこの店、繁盛しすぎじゃないです? どっから客が湧いてくるんだ」

 「10月も終わりですから」

 

 カランコロンとドアに付いたベルを鳴らし外へ出る二人。

 窮屈な店内から開放された服部は両手を広げ体を伸ばす。

 「はぁー、楽になったぁ」

 

 服部は今一度伸びをして、今居た喫茶店の名前を確認する。

 「喫茶ヒラサカ、か」

 何か聞き覚えのあるような、無いような、覚えてもすぐに忘れるだろう。

 「では、……、あれ?」

 一緒に出てきた筈の女の姿が無い。

 辺りをみわたせば見慣れた商店街だ。

 なんだろう、何か忘れているような気がする。いや……そもそもなんでこんなところにいるんだろうか。

 

 「ん、帰ろ」


 このあと服部はいつもの日常に戻るだろう。


 月初めから月末まで失踪していた事実も、誰一人覚えていなければ無かったこととなるだろう。


 誰も知ることは無いが、誰もが関わっているかもしれない。 


 そういうこと達の積み重ねでこの世界は動いている。

 

 かもしれない。

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