96話 『警告』
スライムは最弱な魔物である。
出典元ではもっと厄介な存在であったが、日本で初期に作られたゲームでその位置に置かれ、その後の超有名タイトルでの同様な扱いによりそのイメージが確定した。
しかし、その最弱のイメージがある分人気が生じ、今ではそのお陰で成長補正が大きいキャラクターの面も持っている。
そのイメージのまま世界が創造されたのであれば、スライムには捕食により強化される機能が備わっている筈だが、それをしない個体は特殊であるし、最弱のままだろう。
「そこまで徹底すると、本能より衝動が上回ると。確かにあの暴食っぷりを見ると頷けるか」
これが暴食スライムの攻略の糸口になるかは不明だが、捕食する行為――これが行動の最優先事項になるのだろう。
『警告します。警告します。ここより先は機密エリアです。権限が無い者の侵入は禁止されています』
これまでも散々ガードロボや擬似モンスターをけしかけて来たというのに、ここに至って新たにAIが警告してきた。
何を今更なという話であるが、言わばお約束の様な話でもある。
「つまり、ここから先が最終エリアという事かな」
目の前には隔壁とは異なる大型の扉がある。
正にこの先にボスが居るぞと宣言しているような様相だ。
本当にゲームだったのであれば、扉の横にセーブポイントでも浮かんでいるのだろう。
「ここまで面倒だったけれど、そこまで大変ではなかったわね」
「そりゃあ、やり混み過ぎたらそうなるさ」
ラストダンジョンは最難関ダンジョンであるため、推奨レベルは高レベル帯だ。
だが、今の俺達はナズナやショウゾウ先生のカンスト勢と、ミフユや俺の異常ステータスのパーティである。
ルール通りのバランスでは、足止め程度にもならない。
まして、ここのモンスター達はバグっていない。
管理者であるAIのお膝元なのでそれも当然なのかもしれない。
「だけど、多分この部屋に居る奴はそう簡単にはいかないだろうな」
「つまりラスボス……スラボウっすよね?」
『いや、コアの反応はまだ先にある。この部屋に何かが居るのであらば別の存在だろう』
ここまで真っ直ぐ来れたのは、予測通り1本道であった事と、アルがコアの位置を検知していた事による。
アルのその精度を疑っている訳ではなく、俺の推測とも別に矛盾する事もない。
「そもそもだ。暴食スライムはAIの管理とは別物だろ。喰いすぎて強くなりすぎただけだ。その意味だとカグラもAIの管理者と考えればプレイヤー寄りだろう」
「つまり、ラスボスはAI本体と言うわけですね。しかし、そうなると簡単にいかないと言うのは何故でしょうか?」
意外とゲーム知識に詳しいショウゾウ先生が俺の推測するラスボスの正体を言い当てた。
管理者自身がラスボスと言うのはゲームでは鉄板だろう。
だが、ゲームではそうだが、ここで外せない要素がある。
「ここが現実だからですね。ゲームのラスボスは倒される運命ですが、世界を託された神様が倒される訳にもいかないでしょう」
あくまでゲームはベースになっているだけで、AIがしたいのは世界の管理の筈だ。
こんな異世界が混ざりこんで来た以上、少なくともAIを倒したところで世界に平和が戻るとは思えない。
「それじゃあ、どうなるんすか?」
ミフユが指摘して来た様に、そこが最も重要なところだろう。
可能性としては、あり得ないレベルの強さであるとか、ダメージが入らないとか、無限に回復するとか考えられるが、これまでの経緯を考えれば一言で言い表せられる。
「あぁ、バグるだろうな。まぁ、ここまで破綻させていないAIだから、バグとして上手く処理すると言うのが正しいだろうが」
とにかく、正攻法で攻めてもこちらにはなんのメリットもないということだ。
◇ ◇ ◇
『機密エリアへの無断侵入を確認。即時退室しない場合、全力を持って排除します』
大型の扉に鍵は掛かっていなかった。
不思議と隔壁の様な機械化された扉ではなくアナログな扉であったが、機密エリアというならせめて施錠くらいはするべきではないだろうか。
とにかく、機密エリアの中に居たのは巨大なガードロボだった。
形としてはアルに似ている――つまり、ドラゴンの形だ。
そいつの頭部から件の警告が聞こえてくるので、管理AIがそのまま搭載されている、ないしは直接制御している事に違いはないだろう。
「そういえば、AIは普通に日本語を話すんすね」
反転世界の言葉ではなく日本語を使っている事にミフユが気づいたが、それについては推測が付いている。
「いや、多分日本語は話していないな。そうだろ? アル」
『うむ。神どもが使う翻訳魔法とでもいうべき力を使用しておる。大方あの小娘が使用していたので、それに合わせておるだけであろうが』
翻訳魔法とは王道でありながらあまりに便利すぎる力だ。
それがあれば世の中から外国語を勉強する必要は全て消えるだろう。
上手く解決できたなら、カグラからせめてそれだけでも教わりたいものだ。




