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89話 『商機』

「おや、ハヤト君。少しお時間良いでしょうか」


 体育館の救護エリアとも呼ぶエリアから外に出ると、そこには先ほど話題に上がっていたショウゾウ先生が居た。

 その顔には倉庫で別れる前には無かった無数の傷痕が刻まれている。

 元々の威厳に加えて迫力が増して居るので、初対面の人は恐縮してしまうだろう。


 ショウゾウ先生の傷痕は、如月さんの治癒魔法を受ける前は全て生傷だった。

 ミフユはヤスタカも同じ状態にも関わらず筋肉痛で動けないところを責めていたが、ヤスタカの方は傷痕は消えているので、ショウゾウ先生が動けているのはその差分が要因ではないだろうか。

 その差が生まれているのは年齢差か、傷をおっていた期間のどちらかだと考えている。


「はい、大丈夫ですよ。戻ってきてから慌ただしくしていましたがもう良いんですか?」


 戻ってきた後状況を確認すると、ショウゾウ先生は慌ただしく各所に電話を掛けていた。

 微かに聞こえてきた話し声からすると、ビジネスライクな内容の様なので、俺らには無関係な内容だろう。


「こんな時間ですからね。流石に迷惑というものでしょう」


「確かにそうですね」


 時間的には23時を回っている。

 この時間に仕事の電話に対応してくれる人は少ないだろう。


「丁度今は入浴時間から外れていますし、向こうを使わせて貰いましょう」


 ショウゾウ先生が指したのは、元々ショウゾウ先生が使っていたプレハブ小屋だ。

 入浴できる場所はそこだけなので、時間指定で持ち回りで使われているが、今はその時間ではない。

 応接間の様な場所があるので会話をするのはうってつけではあるが、わざわざ立ち話ではなくそこへ向かうのは、何か重要な話でもあるのだろうか。



  ◇  ◇  ◇



「ここへサインを頂きたいと思いまして」


 いつ用意したのだろうか。

 なにやらびっしりと文章が書き込まれた紙――要するに契約書だ。

 こういったものに無闇にサインをするべきではないとはよく聞くが、その文面を細かく読む気にもなれない。

 さらっと断りたい気もするが、倉庫での約束事を考えるとそれも厳しい。

 そもそも何の契約なのかも判らないので、とりあえずショウゾウ先生に聞いてみるのが正解だろう。


「これって何の契約書ですか?」


「今後の世界についてですね。何も借金を背負うとかそういうものではありません。むしろこちらから払う為のものです。つまり雇用契約ですね」


 今後の世界――実際それはどうなるだろう。

 なんとかカグラと暴食スライムの問題を解決したいものだが、それが上手くいってもこちらへ侵入してきたモンスターを全て追い出して全て元通りという訳にもいかない様に思う。

 となると、今後の世界で必要なのは何になるだろうか。


「雇用契約――確かにモンスターに対処できる人物は重要ですね」


 それが、単なる高校生に過ぎない俺をわざわざ雇用しようとする理由に違いない。

 今後、悠長に高校に通ったり、進学やら就職なんて話もほぼ無くなるだろう。

 ともすれば、今後の生活を保証するにはこの契約は願ったりかなったりに思えてくる。


「まぁ、そんなところですね。先程まではその為に会社の様な団体を作ろうと掛け合っておりました」


 どうやら、ショウゾウ先生が忙しくしていた理由が関係各社との調整だったようだ。

 会社の立ち上げ方なんてものは知らないが、将来を予測し必要な手続きを迅速に実行するなんて、ショウゾウ先生はかなりやり手に思える。

 こんな異常な災害時に、こういった商機を逃がさない様なところが高乃宮家が大きくなった所以なのだろう。


 さて、そうなるとサインしてしまっても問題ないようにも思えるが、将来の事を考えるのであれば、一人では決めきれない部分がある。


「他の人にも話はしているんですか?」


「えぇ。ハヤト君が最後かもしれませんね。ここに居る皆さんも協力頂きましたし、ヤスタカ君やミフユ君にも頂きました。ナズナ君だけは少し特殊な形になりましたが」


「特殊?」


 もっとも気にしていたのがナズナがどう判断するかだったが、どうやら既に話はしていたらしい。

 だが、特殊な形というのがどういうものか判断する必要がある。


「えぇ。それが、こちらです」


 ショウゾウ先生は予め用意していたのだろうか、もう1枚の契約書を取り出した。

 そこには既に署名がしてあり、どう見てもナズナとの契約書に間違いない。

 他人の契約書を見せてくるのは、会社の上に立つものとしてどうなのか、なんて疑問が湧きもしたが、その疑問はナズナの署名の横に追記されている文言を見て解決した。


『注:但し、小瀬川 疾人が同内容の契約書にサインした場合に限る』


 なんだこれ。

 こんな手書きの注記が契約書として有効なのかは判らないが、これでナズナの契約が俺の契約と連動することになったのだろうか。


「いやはや面白いですよね。まぁ、この辺りはあくまで形式的な物です。サインしたからといって後から破棄して頂いても構いません。こちらとしては協力をお願いしている立場ですので」


 ショウゾウ先生が言っている意味も判る。

 と言うのも、この後の世界では公共的な事務手続きやら法律なんてものはそこまで機能しないだろう。

 そもそも世界滅亡を前にしてそれらの大部分は形骸化していたので簡単には復活しないし、モンスター災害が継続中ならば尚更だろう。


 であるならばそう悩む事でもない。

 少なくとも条件付きではありながらナズナがサインをしている以上、変な文面があるとも思えない。

 あえて難しい文章を読みたくもないので、サラサラっと自分の名前を記入した。

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