87話 『浮上』
カグラの言う時間切れとはなんだろうか。
この地面の振動を意味しているのは判るが、暴食スライムの異変も含めて何をすべきなのだろうか。
「やっぱり、私が力を使ったので……目覚めてしまったみたいです。この子も、私が……なんとかしてみます」
肝心な説明もなく、カグラが暴食スライムの触手を掴んだ。
「いったいどうなって――――」
状況をもう少し具体的に聞こうとしたが、それはまた周囲の異変によりさえぎられた。
地面から何かの建造物が競り上がってきた。
まるでホログラムか何かの様なそれは、新校舎を透過して段々とその姿を地表に現してくる。
そして、その範囲はやがて俺らの足元にも広がってきた。
「は? なんだこれ」
だが、それにより俺らが弾かれる事はなかった。
新校舎と同じ様に、俺らの身体すらも透過している。
その結界、視界は見えていた赤い外壁の中へと潜り込む。
その建造物の中に映るのは、何かしらの大部屋だ。
座席の様な物が備え付けられていて、大学の講義室の様相だ。
そして、その講義室の床が見えてきた時、もう一つの変化が訪れた。
「ここまでして頂いて、ありがとう、ございます。でも……やっぱり救えなくて、ごめんなさい」
再び謝罪をするカグラだが、そのカグラと暴食スライムの身体が浮き上がり始める。
正確にはカグラ達が浮き上がっているのではなく、講義室の床に乗ってそのまま浮上している。
俺らはその床すらも透過したままなので、目線の差異が発生した結果だ。
その床もやがて俺の目を通過し、カグラ達が残った講義室は見えなくなった。
◇ ◇ ◇
俺らを置き去りにして建造物自体はそこからも浮上を続け、今では上空で停止している。
「異世界の飛空艇といったところね。いったいどういう原理で動いているのかしら」
ナズナが言うように、謎の建造物はこうして遠くから見れば岩の塊だ。
だが、浮上時の最初の姿やニ等辺三角形状の形状を見ると、巨大な戦艦に大量の岩がくっついているものだと判る。
それだけの重量物を身に付けながら、浮上時にプロペラやら吹き出し口の様なものは見当たらなかった。
恐らく魔法的な要素で浮いているのだろう。
「なあ、アル。これで解決した事になるのか? モンスターも近づいて来なくなったし」
本当はモンスター含めてまるごと異世界に帰って貰いたいところだが、モンスターに襲われる恐れが減ったのであれば、それはそれで1つの成果ではある。
『ふむ。いや、目的の小娘の気配がなくなっただけであるな。ここへ集まってこなくなっただけで、個別での衝動は何も変わらぬであろう』
モンスターの衝動とは人間を襲うような行動だろう。
それであれば、全く解決していない。
ひとまずここに集まらなくなっただけで、一休みできる程度の余裕ができたに過ぎない。
「それは、あの子があれだけ離れたからかしら? 私にはそうは思えないのだけど」
ナズナがそう言うのはハーピィの様な空を舞う魔物の様子からだろう。
そいつらであれば、空中戦艦を追いかける事もできそうなところだが、そいつらも行き場を失っている。
『大方、赤のコアで集めたエネルギーを、青のコアに食わせてでもおるのだろう。小娘が考えそうな事よ』
赤のコアはカグラの持っていたコアで、青のコアとは暴食スライムが新たに所有者になったコアの事だろう。
青の方の効果は大体理解している。
他者を食らい成長する――言わばレベルシステムそのものだ。
そして、スライムというモンスターは、コアが無くとも元から他者を捕食するようなモンスターである。
その点がコアに対する適性に結び付いているものと思われる。
ただ、暴食スライムには[暴食]という冠の名前を付けた様に、食欲が元から異常だった。
注意すれば自制できていた様だが、それがコアを持つことでどうなったのだろうか。
最後にフラフラと触手を俺達に伸ばしていた姿が気に掛かる。
「それで今は安定しているとして、どう考えてもいずれ破綻するわね」
『さてな。コアなる物の性質は我や神どもにも完全には理解できておらぬ。ほぼ半永久的に安定することもあり得るし、この世界が負荷に耐えられず直ぐ様崩壊するやもしれぬ』
世界単位ときた。
そうであれば流石に放置もできそうにない。
「アル、あそこまで飛べるか?」
空中戦艦はいきなり浮かんでしまったので手出しできなくなったが、それならばこちらも飛べば良い。
幸いアルには翼が生えていたし、飛ぶこともできるだろう。
『お主も我を乗り物扱いするのか。だが、良いのか? 不可能ではないが、あの神の方舟に相対するとなると辺りへの余波が避けられぬ』
「またそれなのか。どうなってるんだ反転世界とやらは。物騒すぎるだろ」
方舟と呼ばれたあれは、その見た目通りの空中戦艦らしい。
恐らくよっぽど強力な防御システムでも搭載されているのだろう。
『古代の遺跡から発掘された魔法装置だ。小娘はそれを改良してコアの制御に使用した様だが完全に失敗して暴走しおった。管理者としての神の姿を封印し、コアを抜き取った事で停止しておったが、神の力を使った事で再起動したと見える』
カグラは初め、鬼から逃げ回っていた。
その際は、ミフユや片岡をわざわざ救う程の絆ができていなかったとしても、自分の身の危険を感じてまで神の力で鬼を討伐しなかったのは疑問だった。
しかし、アルの説明の通りであるなら理解できる。
「うーん、それでも行くしかないのか?」
放っておけばジリ貧であるのであれば、いっそリスクがあってもしなければいけない事はある。
「貴方の考え方も割りと物騒よ。結論を出す前にもう1人相談相手がいるわ」




