86話 『適性』
最初はレッドスライム自体の異常によるものだと思った。
あれだけ無数のモンスターを取り込み、その全てを溶解して取り込んだ結果、身体に異常をきたすなんてありそうなものだ。
だが、それはどうやら今回は当てはまらないようだ。
その理由は、レッドスライムの色が変わった境目にある。
色の変化の境目――そこは、段々と色が変化しているのではなく、1本の線を境にして区切られている。
そして、その線から青い方は赤い方よりもやや盛り上がっている。
まるで、別のスライムがそこにへばりついている様に。
『む、こやつは――――』
『きゅい。きゅきゅきゅ』
間違いない。
それはレッドスライムの変化ではなく、坂の下の倉庫に置いてきた暴食スライムに間違いがない。
倉庫で一息着くことができたのか、どうやらこっちに戻ってきた様だ。
そうだとすれば、もう1人の姿が見えないのが気に掛かる。
「おい、暴食スライム。ショウゾウ先生は無事なのか?」
『きゅ、きゅきゅい』
どうやら大丈夫な様だ。
詳細は判らないが、ショウゾウ先生は倉庫に残り、暴食スライムだけがこちらに来たらしい。
「流石ね」
「……え、すごい……」
ナズナ、そしてカグラにまで呆れられた様な称賛を受けたが、少々心外だ。
あれだけ共に居たのだから、なんとなく何を言っているのかは判って当然じゃないだろうか。
「しかし、これは大丈夫なのか? 手が出せないんだが」
暴食スライムが参戦してくれたのは戦力的にありがたい。
ただし、今の状態はどう対処して良いか悩む様な状況だ。
暴食スライムがレッドスライムに食らいついた。
そして同時にレッドスライムが暴食スライムに食らいついているとも言える。
この状況であれば、どんなに暴食スライムが坂の下で魔核を補食して成長していたとしても、それはレッドスライムも条件は同じだ。
ともすれば、何度もリスボーンにより強化され、コアまで所持しているレッドスライムに軍配が上がりそうなものだが、何故か拮抗している。
それどころか、段々と青い色の比率が上がっている様にも感じられる。
『お主、こやつを[暴食]と呼んだな。なるほど、であるならば容易に説明が付く。しかし、小娘よ。そうなると皮肉なものよな。信頼度よりも節制さの方が反転するとは。思ったより懐かれて居なかったのではないか?』
「え、そんな……」
アルとカグラの間で何かよく判らない会話が行われたが、それによりカグラが大きなダメージを受けた様だ。
それも気になるが、それよりももう少し具体的なところを確認したい。
「で、結局どういうことだ?」
『なに、簡単な事だ。そこな異常個体よりもこやつの方がコアの適性が高かったという事だ。コアに呑まれている様な奴と比べれば当然とも言えるがな』
アルは簡単と言いつつ難解な言い回しをしてきたが、要するに暴食スライム側にコアの制御権が移ったと言う事だろう。
このコアは、レベルやら補食やらによる成長を司る効果がある認識をしている。
そのため、コアを奪われたレッドスライムはこれ以上成長せず、暴食スライムは成長し続ける。
時間が経てばその結果は顕著になるだろう。
『グ、グ、グギィァァ――――』
案の定、青い色が赤い色に侵食する速度は段々と上がっていき、あるタイミングを超えた瞬間に一気に青色へと変化した。
そして、変化はそれだけでは終わらない。
俺の身長を超える様なサイズだった暴食スライムは、一気に30センチメートル程のサイズへと収縮した。
『きゅきゅい』
まるで、ご馳走さまとでも言いたげな声で暴食スライムが鳴く。
呑み込んだから小さくなるというのはやはり納得がいくものではないが、やはりそれを指摘するのは今更だろう。
それよりも、近くには緑色に光る魔核も落ちていない事が重要だ。
これで、ゴブリンから派生したレッドスライムを完全に討伐したと言って良いだろう。
周囲からは相変わらずバグモンスターが近づいて来るが、それはナズナの魔法で十分対処できている。
現状は落ち着いたとみて良いだろう。
「さあ、アルにカグラ。コアも無事取り戻せたみたいだし、この後は――――」
『きゅ、きゅお? きゅわわ?』
長かった日々もこれで終わりかと思った矢先、なんだか暴食スライムの様子がおかしい。
暴食スライムも自分自身におきた変化に戸惑っている様な様子だ。
『きゅおおー。きゅお?』
その暴食スライムからは、3本の水色の触手が伸び、ナズナとカグラ、そして俺の回りを漂い始める。
それはまるで、俺らを攻撃しようとしているようにも見える。
「まさかまだゴブリンの意識が残って……」
『いや、違うな。これは……ふむ、なるほど。どうやらこやつには逆の意味でコアの適性が高すぎたようだ。ここは一度魔核とやらに還元させ、お主が――――』
アルの提案は最後まで発せられる事はなく中断された。
それを行ったのは大地だ。
地面が細かく振動している。
「地震? こんな時にか?」
本当にただの自然現象だろうか。
これが何かが始まる前兆の様な気がしてならない。
「ごめん……なさい。どうやら、時間切れ、みたいです」
そして、どうやらその予感は当たりだった様だ。




