82話 『正体』
芹沢――既にそう呼ぶべきなのか不明だが、彼女の姿は変化している。
背格好や顔については代わりないが、注目すべきはその背中と全身の色だ。
背中には3対6枚の翼が広がっており、その全てが深紅に染まっている。
更に、翼のみならず髪、そして瞳も真っ赤になっている。
その特徴が日本人の枠に入らないが、地球人の枠にも入らない。
明らかに、異世界人の分類だろう。
「え、えっと、ユカ? ごめん、だいぶ混乱してて」
「ミナミ……ごめんね。別に騙すつもりは……いえ、騙した様なものかな……ごめんなさい」
果敢にも話し掛けた片岡への芹沢の返答からすると、神様という立場だとしても俺らを別に下に見ているとか、ゲームのキャラクターとしか見ていないとかそういう事はないようだ。
これならば、会話が成立するだろうし、当初から求めていたこの世界の異変についての解決にも協力してくれるだろう。
「芹沢……カグラとでも呼んだ方が良いか? 今の状況を打開する方法はないのか?」
カグラとは天使が捜していた人物の名前だ。
その名前が芹沢の本当の名前と思って間違いないだろう。
「ハヤト先輩……。ごめんなさい……力不足で……」
『ふん。複数のコアを制御するなんて無謀な事をするからそうなるのだ』
「む……流石に言い訳できない……」
どうやら、カグラにもアルの声は聞こえるらしい。
そしてどうやらお互いに顔見知りではあるようであり、立場としてはアルの方が上位にいるらしい。
「状況は判らないが、コアが重要なんだな。どうすればあいつから奪える?」
あいつとは当然、ゴブリンから変貌し、デュラハンとも呼べる様になった怪物の事だ。
そいつがコアを所有している事は明らかだ。
「え、えっと……」
神様の立場である筈のカグラが言い淀んだ。
まぁ、その反応は予想していた。
最初から悪意が無かったのであれば、カグラ自身もなんとかしようとしていた筈だ。
それでいて具体的な解決策があったのであれば既に実行していたであろうし、そうでなくとも密かに俺達に助言する事もできた筈だ。
それがされていないと言う事は、カグラにとっても今の状況は想定外だと言う事だろう。
『ふん。小娘には判らぬであろう。なんて事はない。コアには適性と言うものがある。通常であれば厳しいが、お主であれば魔核と呼んでおる状態で触れれば奪えるであろう』
回答はカグラからではなくアルからあった。
その回答は判りやすくて丁度良い。
真向勝負では厳しかったかもしれないが、幸いにしてあいつはカグラの攻撃を受けて大きく負傷している。
今であれば、トドメを指すこともできる筈だ。
「カグラ、話は後で聞く。今は手伝ってくれ」
「え? あ、はい……」
そう言って会議室の窓側――既に窓と言える状態ではないが怪物が落ちていった方向へ駆け出し、そのまま飛び降りる。
通常であれば3階の高さを飛び降りるなんて自殺行為だが、今のステータスではその程度ではダメージにもならない。
◇ ◇ ◇
「あれ、居ないな。どこ行った?」
地面に到着したが、そこには怪物は居なかった。
あれだけの巨体であるので、消えるなんて考えにくいのだが。
尚、辺りにはナズナ達は倒れていた天使を含めて誰も居ない。
但し、こちらは怪物とは違って体育館へ治療に向かったのがその理由だろう。
『向こうだ。だが、どうやら遅かった様だな』
アルの示す方向を見ると、そこには黒くなった土の跡が続いている。
そして、その跡の終着点から緑色の光が発せられていた。
その光を発する宝玉はゴブリンの魔核に間違いない。
どうやら、カグラによる攻撃は怪物へのダメージどころか、防御力や回復力を上回り討伐にまで成功していた様だ。
しかし、その光の鳴動は既に限界を迎えそうな勢いであり、直ぐに改めてリスボーンしそうであることが窺える。
リスボーンすると強くなる――その原理が再度適用された場合、どの程度俺の力が通用するだろうか。
少なくとも、素手では大したダメージを与えることは出来ないだろう。
背後からカグラも翼を使って3階から飛び降りて来ようとする気配も感じるし、とりあえず出たとこ勝負と魔核の方に駆け出す。
だが、その道中において視界の端にキラリと光る物があった。
「あ、あれは……」
それが何かに気づいた時、真っ直ぐに進んでいた方向を曲げ、通りすがりながら身を屈め、その柄を右手で掴んで引き上げる。
その手に収まったのは、銀色の光沢、身長を超えるサイズの大鎌だ。
カグラがヒルデと呼んだ天使が愛用していた武器であるが、これならば俺の攻撃力でも壊れないかもしれない。
天使はナズナ達に連れていかれたのだろうが、この武器は嵩張る為置いていったものと思われる。
『ふむ。神器[破魂]か。確かに有用かも知れぬな』
どうやら、神器と呼ばれるほどの武器だったらしい。
俺としては、頑丈な筈の校舎の壁を易々と切り裂いた事、そして切り落としたゴブリンの首がリスボーン時に斬れたままだった事に注目した訳だが、銘まで入った業物であったのであれば、期待するには十分だ。
『グギギギギギギギギギギィィィ!!』
大鎌の感触を確かめる暇もなく、怪物が復活した。
だが、今度のその姿は首無しのデュラハンの形状すら保てて居ない。
その姿は、モンスターや怪物なんて呼び方も生温い形状をしていた。




