8話 『修了』 (1999年3月19日)
「世界の終わりに体調不良なんて面白いわね。朝はそんなでもなかったじゃない」
「いや、そこまでじゃないんだけどな。ちょっと頭がぼーっとする程度、風邪って訳でもなさそうだし。あいつらとは違うな」
今日は小惑星――既に落下軌道に入っているので隕石か――の衝突日でもあり、学校の修了式でもある。
特に世界の終わりにこれをやるって目的も無かったため、ナズナと共に自然と学校に登校していた。
しかし、教室で頭を押さえていたところを先生に見咎められ、修了式に参加せず休んでいるように勧められたのが先程の状況だ。
別に修了式に出たくて来たわけでもなく、断るのも面倒だったのでそのまま受け入れたところ、ナズナと共に教室に残ることになった。
だが、この教室に2人だけ取り残された訳ではない。
他にも、学校には来てみたものの精神的に不安定になり動けなくなった人達やその友人達が数人居る。
先生はそんな生徒がいれば直ぐに休憩を勧めていたので、俺もその類と判断されたのだろう。
俺は異なる事情であったわけだが、それも仕方がないことだ。
不意に窓の方に視線を向けてみると、件の隕石は既に肉眼で確認可能である。
時間と共にそのサイズを拡大しているのを見て実感が湧いてきてしまったのだろう。
今日学校に来たのは卒業式の時に比べて格段に少ない。
恐らく1割か2割程度であり、学年単位で1教室があればこと足りる。
これが少ないと見るのか、多いと見るのかは正直なんともいえない。
熱心に学業の最後を締め括ろうとした人もいるだろうし、単純に家族と折り合いが悪い人もいるだろう。
はたまた俺やナズナのように特に理由もなくなんとなく日常的に登校した人もいるだろう。
尚、これは教師においても例外ではない。
先程の先生は担任というわけではなく、世界の終わりに仕事を選んだ熱心な教師の1人だった。
「それなら少し散策しましょ。ここは少し場違いみたいだし、誰も居ない学校を独占するなんて青春っぽいじゃない」
「まぁ、違いないな」
辺りでは教室で泣きじゃくりそれを励ましている女子の集団や、放心状態で机にへばりついていたり、逆に空を眺め続けている男子等々、様々であるが少なくともポジティブな雰囲気ではない。
どこかでナズナと2人で雑談に興じるのも、俺達らしい最後で丁度良いだろう。
◇ ◇ ◇
「ははは。でも、そんな奇跡が起きたらナズナも付いてこいよ。1人でそんな奇跡おきても楽しくないだろう」
ここは旧校舎の教室の1つだ。
うちの学校は1年生は旧校舎で学習し、2年生より新校舎に移る。
受験は綺麗な新校舎で受けるため、入学時に話が違うと嘆くのはある意味伝統である。
そんな旧校舎に何故来たのかなんて話は特に意味はない。
ただ、人が少ない方向に進んでいたらたどり着いたに過ぎない。
ともあれ、今しがたしていた話も落ちがついた。
ナズナは可能性はゼロではないなんてなんて言ってのけたが、それこそ論理上の抜け穴だ。
『悪魔の証明』。
これについては他ならぬナズナから聞いたことがある。
つまり、悪魔がこの世に存在しないことを証明することは誰もできないので、悪魔は存在するなんて暴論だ。
当然、悪魔の代わりに神の奇跡でも、異世界でも、あの世でもなんでも良い。
これが有りならばゼロという概念は無くなるだろう。
常識的に考えて助かる可能性はゼロだ。
なんの根拠も理論も無いが、これが誰しも行き着く現実だろう。
それを直視するのは精神的には厳しいので何かに頼るのも正常な姿勢かもしれないが、少なくとも俺はそうしない。
何故なら最後の瞬間をナズナと共にしっかりと迎えたいからだ。
窓辺に座りながら空を眺めるナズナに近づき、その隣に立つ。
後少しで俺らの世界を終了させるそいつを眺めた時、ナズナから返事があった。
「そうね。そうなったら――――――――」
「っ!?」
朝からぼんやりと懸かっていた頭の中の靄が急激に広がる。
その靄は突然聴覚を奪いナズナの言葉を中断させる。
なんとかナズナの方に振り向くと、何やら慌てたような仕草で手を延ばしてくる。
だが、その光景を映す視覚でさえ靄が掠め取っていく。
その手を掴み取ろうと手を延ばすが、それが掴めた感覚はない。
掴めなかった感覚もないので、触覚すら奪われたのだろう。
あぁ、なんだ?
最後の瞬間はナズナと共に堂々と迎えようと思っていたのに、知らず意識が唐突に奪われていく。
何かしらの病気か、実は過度のストレスでもあったのか、はたまた隕石による電磁波とかそういうものかもしれないが、こんなのは想定していない。
恐らくこれが俺の最後の意識になるのだろう。
神には祈らないと決めていたが、恨み節くらいはいいだろう。
こんな最後なんてふざけるな!