75話 『上限』
「765? 255じゃないのか」
「あー、『運』だけは99で止まっているな。計算式でも違うんだろう。そう考えるとあいつも異常だな」
ヤスタカがチラリと前線でバグモンスターを切り刻んでいるミフユを見る。
ミフユの『運』は255だった筈だ。
99と255とどちらも上限値としては無難な値であるので、今回の事象とは違いそうだ。
恐らく、ミフユのスキルの影響とかそういった理由だろう。
とりあえず上限を突破してしまっている事について考える。
だが、幸いにして目の前にいるのはプログラムの専門家だ。
あえて一人で考える必要もないだろう。
「多分バグだろうけど、どんな可能性が考えられそうだ?」
「そうだな。簡単なところだと、設定範囲のミスだろうな。例えば、256になったら255に戻す様な処置でしかなければ、256が跳ばされた時点で機能しなくなる」
簡単な例であるが、ヤスタカの例そのままだとしても今の状況が説明できてしまう。
「765という中途半端な数値の理由は? 一応、255の3倍という数字ではあるが」
「いや、255の次は511で、その後が1023だ。仮に3倍だとしても767になる筈だ」
プログラムの世界では、数字には0があるため全体数より1少なくなるのはよくある話だ。
仮にそこにバグがあるとしても、765になるのは考えにくいという話だろう。
「つまりだ。それはたまたまそこで止まっただけで、まだ上がるんだろうぜ。理由はさっきお前が言った様に、取得経験値の上限にでも引っ掛かったんだろう」
筋は通っている気がする。
補足的なところでは、元々俺のステータスはレベルと連動式で異常だったのと、アルというイレギュラーの存在が重なって偶発的に起きた現象かもしれないが、とりあえずそれを正解とみても良さそうだ。
とにかく今重要なのは、その異常な数値が異常な数値のまま機能しているというところだろう。
であれば、今やることは1つだけだ。
◇ ◇ ◇
身体が軽い。
それがレベルによる恩恵だと判れば、後はそれを駆使するだけだ。
正面に居る亀の様なバグモンスターの甲羅を叩き割り、その後跳びあがり、空に浮かぶ魚に踵落としを当てる。
目的はとりあえず研修棟の壁面、その後壁沿いに走りながらゴブリンの居る場所へ向かう予定だ。
「アル、防御は任せた」
『全く、我を好きに使うでないわ。既に防御なぞ不要であろうに』
アルはそう言いつつも、地面から生えてきた土のトゲをステータスボードで防いでいる。
確かに、俺のステータスの防御力も限界突破しているため、当たったとしてもダメージは1だろう。
しかし、ダメージが1だとしてもそれを利用して悪魔を削り倒した事があるだけに、そこは丁寧に接した方が良いだろう。
「先輩。入口に何か居るっす」
研修棟の壁面に近づいてきて判ったのは、ゴブリンが居る場所とは別に、研修棟の入口方向にもバグモンスターが向かっている事だ。
そして、ミフユの言うようにその原因と思われる何かがそこに居た。
一言で言うなら黒い騎士だ。
ヤスタカが操っていた鎧武者の様な甲冑ではなく、西洋で言う全身甲冑――プレートアーマーとでも呼ぶべき姿であるが、その金属部分が黒い。
また、無骨な感じではなく要所には装飾も施されており、実用的でありながら美術品の様な煌びやかさえ持ち合わせている。
鎧系統のモンスターかとも思ったが、不思議なのはそいつがこちら向き、バグモンスター側を向いている事だ。
「凄いアイテムを作ったわね。あれならここを守れていても不思議ではないわ」
アイテム? なるほど、そういうことか。
ナズナの言った事を聞いて理解した。
あれはモンスターでもなんでもなく、見たままそのままのプレートアーマーという事だ。
そして、そうなると中に居るのは誰か必然的に判ってくる。
「でやぁぁぁ! くっそ、キリがねぇ。めんどくせぇ。次はどいつだ」
プレートアーマーと同様な黒い両手剣で、腕の生えた玉葱の様なバグモンスターを切り裂いたその人物へ声を掛ける。
「カナタさん! 無事だったんですね」
「ん? おぉ、お前も無事だったか。ってなんだそりゃ、おかしくないか? それ」
カナタさんの視線は、俺が右手で抱えていた大型の豚を向いている。
邪魔だったので掴んで持ち上げただけだが、確かに人間離れしているかもしれない。
とりあえずそいつを近くのバグモンスターへ投げつけて、ある程度のスペースを確保する。
「色々あったんですよ。カナタさんの方もどうしたんですか? その甲冑」
「色々ってな……。まぁいい。こっちは暇だったんでな。精錬を上手く使えば加工やらもできたんで色々試していたら出来上がった。まさか使う羽目になるとは思わなかったがな」
恐らく使い始めたのは、結界の異変が起きてからに違いない。
そうなると、カナタさんは丸1日戦い続けていた事になるが、これはナズナの言っていたようにレベルが過剰に上がる事で眠気や疲れを感じなくなっている事により、そこまで負担ではなかったものと思われる。
正に超人の域であるが、その意味では既に他人事ではない。
自分の身になって思えば、無尽蔵のエネルギーにより食事や排泄まで不要な可能性、下手したら老化すらしないのではという怖れすらある。
『グブブブブ』
そんな事を考えていたが、その思考は一旦保留だ。
不意に発生していた空間の端に目的の存在――ゴブリンが現れていた。




