72話 『包囲』
「で、ゴブリンはいたのか?」
天使が寝てしまったので、とりあえず俺が寝ていた場所に戻ってきた。
確認したいのは研修棟の状況だ。
天使が既に新校舎の外に居ることや、アルが撃とうとしていたブレスの方向から、ゴブリンも外に出ており、何故か研修棟の方に居ることは判明している。
「いいえ、駄目ね。あの状況じゃ居るのか居ないのかも判らなかったわ」
「バグモンスターの集団っすよ。完全に建物を包囲していて近づく事すら無理っすね」
そこは想定通りだ。
倉庫に居る時点で周囲はバグモンスターだらけであり、そのバグモンスターは校舎の方に向かっていた。
途中にアルが居たにせよ、モンスターにしてみれば崖を登っても、森の方から入ってきても良い。
その時点で坂上の広場はモンスターで溢れかえっていた事だろう。
「アル。お前は見てないのか? 探知していただろ?」
ゴブリンというよりコアと呼ぶ物質を探知していた様だが、ゴブリンがそいつを所持しているものと考えているので同じことだ。
『言ってなかったな。我の感覚はお主の感覚に依存しておる。お主の意識がなければ我も眠っておる様なものよ』
俺の肉体の操作権がアルに一部与えられているような感覚か。
それを利用してステータスボードの操作も実行したのだろう。
「それはなんか気持ち悪いな。いつか乗っ取ったりしないだろうな」
『ふ。そんな都合の良い事はできぬが、それならばさっさと我を解放すれば良い』
「ん? そんなことできるのか?」
封印と聞いたのでそれで終わりかと思っていた。
そんなホイホイと出し入れできるなんて、それの方が都合が良いのではないだろうか。
『所持者のお主であれば感覚で判るだろうに。もっとも、ここの環境は特に悪くはない。煩わしい低級モンスターも居らぬし、ゆっくり眠れるというものよ』
竜王なんて言っていたが、怠惰ドラゴンの間違いではないだろうか。
とにかく、アルが言った事を意識してアミュレットに触れてみると、アルを封印する前は判らなかった使い方が判る。
アルの肉体とアルの魂の様なものが封印されているが、その2つの連携を強制的に切り離すことで今の状態となっている。
それを止めてしまえばアルを再召喚することも可能だろう。
「なるほどな。アイテムの機能を使うには意識をすることが重要だということか」
アミュレットにモンスター封印する機能があることは知らなかったが、それは封印の機能について知ろうとしなかった為だ。
そして使う時も似たようなものだ。
封印しようなんて考えはなかったが、ブレスをなんとかして止めようとしていた。
それが変に作用して封印に至ったのだろう。
「ミフユの包丁と同じ原理ね」
「え? これのことっすか?」
ミフユが見せる鬼包丁も、食材を捌く意識によって発動する。
ミフユはどんなモンスターも切り刻んでいるが、それはミフユがあらゆるモンスターを食材だと意識できているからに他ならない。
もしかしたら、アミュレットも意識次第では特殊な使い方ができるかもしれない。
「じゃあ、外のバグモンスターをアルに一掃して貰うのも1つの手かもしれないな」
『お主、我を上手いこと利用しようとしておらぬか?』
まぁ、していると言えばしている。
とはいえ、アルの反応は怒りよりも、呆れている風に聞こえるので拒否している訳ではないだろう。
「さて、じゃあ早速向かうか。アル、人は殺すなよ」
病み上がりの様な状態だが、身体の調子は良い。
であれば、善は急げ。
早ければ早いだけ良いだろう。
「え? 今からいくんすか?」
「おいおい、流石に今は休んだ方が良いだろ」
何故かミフユとヤスタカから待ったが掛かった。
少々予想外の反応であるため反論しようとしたが、隣のナズナが俺の腕を軽く叩いてきたので、その言葉を飲み込んで、ナズナの方へ振り向く。
「外、見てみるといいわ。そしたら判る筈よ」
なんの事かと思って体育館の窓に目を向ける。
その間に時計が目に入ったが、丁度短針が10、長針が12を示している。
朝から動き出したので丁度3時間程度という計算だろうか。
そんな事を考えながら窓を見ると、そこに違和感があった。
「暗い…………え? まさか……」
「えぇ、貴方、約半日寝ていたわよ」
◇ ◇ ◇
目が覚めてしまった。
というより、眠気を感じず寝付けていない。
一応24時間体勢で監視しているので、体育館は明るく、ステージ裏や壁沿いにも起きて待機している人達もいるが、大多数は寝静まっている。
そっちの方にでも行って手伝おうかとも思ったら、近くから人が動く気配があった。
「眠らないの? 明日が山場になるわよ」
ナズナだ。
体育館ではある程度の空間をパーテーションで区切ってあるが、俺やナズナ、ミフユやヤスタカはいざという時にすぐ動ける様に同じ空間で雑魚寝の様に布団を敷いて寝ていた。
「半日時間が飛んでいる様なものだしな。そういうナズナはどうなんだ?」
ここ数日は慌ただしく動いていた。
その中でメイン戦力として動いていたナズナも当然疲労は溜まっている筈だし、明日が大変なのも俺よりナズナの方だろう。
「あぁ、それね。実は既に睡眠は必要ないみたい。レベルの影響だと思うわ」
「は? そんなことあるのか? …………いや、確かにありそうだな」
レベルの上昇に伴い、筋力や体力にまで補正が掛かっている。
実際、倒れた俺を体育館まで運んできたのもナズナだった訳だし、既に超人の域に入っている。
この世界の法則としては、通常の物理法則とゲームの様な世界設定でシーソーゲームをしている様なものだ。
ゲームの世界では夜通し戦っていても疲労する設定になっていることは稀ではあるので、レベルが上がる事でその特性が強化されていてもおかしくはない。
「こんなバグった世界なら、レベルやスキルがあるのは当然とも思っていたけど、もしかしたら、こっちの方がバグとしては問題かもしれないな」
今後この世界が進んでいけば、人を越えた人間もちらほら出てくる筈だ。
そんな人間にとってみれば、人間同士が決めた法律やモラルなんてものも意味をなさなくなっていくだろう。
そうなるとどうなるか。
案外世界はモンスターに敗北して崩壊するのではなく、人間同士のいざこざで崩壊するのかもしれない。




