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7話 『形見』 (1999年3月12日)

「結局なんなんだろうな。これ」


 手でぷらぷらとさせて不思議な光を放つ宝石を覗き込んで見ている。

 その宝石は単体ではなく、周りに蔦のような模様の金属が巻き付けられており、その金属の上部では鎖が括り付けられている。

 ジャンル的には首から提げるのでネックレスになるのだろうが、鎖は金属の隙間に通したものであり、元々は装飾品として飾るものであるかはさっぱり判らない。


 この造形が、金属細工が家業の彼方さんの琴線に触れたようで参考品よく見せられることを要求されるが、俺が不思議に思っている箇所はその造形ではなく、宝石の物質そのものにある。


「よいしょっと。成分分析にかけても判らないのだから、呪物か何かかもしれないわね。非化学的だけど、完全に否定するものではないわ」


 ナズナがガスコンロをテーブルの上に乗せながら一つの可能性を提示してきた。


「この時期に鍋にするのか? まぁ、もう冬なんてこないだろうけどさ。で、呪いなんて現実にあり得るのか?」


「高級食材が安く手に入ったからね。例えばビデオテープ。あれって只の磁気が塗られたテープにすぎないのに音声や映像まで記憶できるわよね」


 再び「よいしょ」との掛け声と共に、ナズナが高級食材が入っているであろう土鍋をコンロの上に乗せる。

 高級というくらいだから恐らく蟹だろう。


「じゃあ、着けるぞ。それで?」


 見ていた宝石は首にかけ直し、右手でガスコンロのつまみを回す。

 チチチという音の後にボッと青い火が着き、土鍋を温め始める。


「人の意識も電気信号に過ぎないわけだから、特殊な材質であれば記録も不可能ではないという理論ね。はい、どうぞ」


 ナズナがご飯が盛られた茶碗を俺の前に置きながら椅子に座る。


「ありがと。怨み辛みの様な強い想いなら物質に記録されて、解析機器なんかにかければ再生されてノイズになるって? なるほどな。ただ、そんな呪物が形見だなんて思いたくないな」


 この宝石は父親の形見だ。

 父親がどうやって入手したかまでは不明であるが、最も大切にしていたものであることは確かだ。


「別に、強い想いは悪い感情だけというわけでもないわよ。それに、さっきは呪物なんて言ったけれど、その形状からはどこか神聖な方向を感じるわね。呪物と言うよりは、御守り――アミュレットの類いかもしれないわね」


「アミュレットか。じゃあ、いざという時があれば祈ってみるかね」


「それなら丁度来週が良いタイミングじゃない。もし、神様がいるのであれば助けてくれるかもしれないわよ」


 フフフとナズナが笑っているが、ナズナ自体も本気で信じているわけでもないだろう。


 この世界は来週で終わりだ。

 後の一週間、こんな風にナズナとたわいもない会話を続け、美味しい食事でもしながら過ごすのだろう。

 その人生に特別不満はない。

 とりあえず今は漂い始めた出汁の香りに集中しようと思う。



  ◇  ◇  ◇



「そういえばさ、さっき言ってた呪いの話って、心霊スポットにはそんな磁場が生じているって話になるのか?」


 使い終わった食器を洗いながら、ソファーで本を開いていたナズナへ呼び掛ける。

 聞いたのはただの興味本位だ。

 明確な答えを期待しているわけではない。

 だが、ナズナは本を閉じこちらに視線を向けてきた。

 どうやら形見のアミュレットが呪物だ、なんて只の雑談ではなく、何かしらの理論的な話になるらしい。


「心霊スポットってどういう場所が思い浮かぶ?」


 蛇口から流れる水を止め、布巾で軽く水気を拭き取りながら色々なホラー作品を思い浮かべる。


「そうだなー。定番では学校とか病院、墓場、トンネル、井戸とか池とかか?」


 どれも心理的に恐怖を醸し出すという意味で心霊スポットになっていると感じていたが、他にも共通点があるのだろうか。

 少なくとも磁場が多く発生するようには感じられない。


「結論から言ってしまえば水がその記憶媒体になるって話よ。水っていうのは他の液体と違って凍ると体積が増えるって特性があるように不思議な物質でね、情報が蓄えられるのではって研究もあるらしいわね」


 水か。

 井戸や池は言わずもがな。

 廃トンネルなんかは壁沿いに水が溜まっている印象がある。


「学校とかはどうなんだ?」


「そっちは出力の方――人の感情が強く生じる場所になるわ。まぁ、使わなくなった建物であれば湿気も溜まるから条件としては十分かもしれないわね。その点、直接的な墓地だけは別の条件じゃないかしら」


 つまりは、電気と水。

 この2つが重要らしい。

 今も使っているライフラインであるが、ナズナに言わせれば人を人足らしめている物――魂と肉体はそれぞれ電気と水に置き換えられるということになるのだろう。


「じゃあ、水辺で強く思えば生き残ってしまうかもしれないな。それはそれで面白いが、壊滅した世界なんて面白くもなんともなさそうだ。気を付けないと」


「フフフ。ま、そんな心配しなくても可能性がゼロではないってだけで、まずそんな事にはならないわよ。言葉遊びみたいなものね」


 ナズナは会話に満足したのか、再び本を広げ始めた。

 これが俺達の日常だ。

 後、1週間。

 恐らくこんな調子で幕を下ろすのだろう。

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