67話 『安全』 (1999年3月23日 5日目)
『コケ、コケ、コケコッコー』
まるで牧場の朝の様な目覚めを迎えた。
昨日はこれまでの情報の整理やら、ショウゾウ先生の身の上話やらをした上で、この会議室で終身する事になった。
会議室と言っても、ホームセンター横の倉庫であるが故に寝具も揃っていたし、食事にも困ることはなかった。
辺りを見回すと、俺と同じく今の鶏の声で目を覚ましたのか、ナズナとショウゾウ先生が身を起こしている。
暴食スライムは机の上で平べったくなっていたが、特に睡眠は必要ないのか、回りの状況に合わせる様に立体化してきている。
そしてミフユは相変わらず熟睡しており、起き上がってくる様子は見えない。
「変ね」
ナズナの一言に一瞬疑問符が浮かんだが、確かに変だ。
昨日まで外の音は完全にシャットアウトされていたのにも関わらず、何故外から鶏の鳴き声が聞こえたのか。
すぐさま靴を履き、窓に駆け寄って外を見ると、そこからは声の主であろう1匹の鶏が見えた。
しかし、その鶏は人の身長程の大きさであり、尻尾の部分には蛇が生えている。
その蛇の顔がこっちを振り向き、それに合わせて鶏の顔も動き始めたところで視線を切った。
「コカトリスか、危なかった。しかし、まずいぞ。多分襲ってくる。直ぐに逃げる準備を!」
コカトリスは一般的に視線を合わせると石化してしまうモンスターだ。
そこはギリギリ回避できた訳だが、そもそも視線を向けられた事が問題だ。
昨日は結界が崩壊したが、どうやらそれだけでは終わっていなかったようだ。
恐らく、建物の中に居れば安全という仕様も崩壊している。
その注意を証明するかの様に、ガシャンというガラスの割れる大きな音が響き渡る。
恐らく階下の玄関の扉だ。
当然強化ガラスであろうが、モンスターの力によれば無関係だ。
「少し確認してきましょう」
ショウゾウ先生が虚空から斧を取り出し、会議室の扉から飛び出していく。
その足音で騒ぎにようやく気づいたのか、ミフユがムクリと起き上がる。
「んにゅ? 何かあったんすか?」
「ミフユ、準備しなさい。場合によっては直ぐに逃げるわよ」
ミフユはまだ頭が回っていないようだが、俺達の様子に合わせて慌てて靴や上着、鬼包丁を身に付け始める。
「ここは安全じゃなくなった。……そうだな。研修棟に戻ろう」
モンスター達は学校に向かっている。
となると、学校から離れるべきなのは頭では判っているが、カナタさん達を見殺しにする程の覚悟は無い。
体育館の方も気になるが、そちらはヤスタカを含め、レベルの高い人物が数人いるので研修棟よりは対応できるだろう。
その直後、会議室の扉が再び開き、そこからショウゾウ先生が飛び込んで来た。
そのショウゾウ先生へ「どうでした」と、階下の状況を確認しようとしたが、直ぐにショウゾウ先生は再び扉に向かい、手に持っている斧を振り下ろした。
それを受け止めたのは、狼の顔を持つ2足歩行のモンスター――ワーウルフとでも呼ぶべきモンスターであるが、テクスチャー異常とでも言うのか、左半身がブロック状だ。
「居るのはバグモンスターの集団でした。ここは押さえておきますので、囲まれないうちに逃げて下さい」
ショウゾウ先生が死亡フラグとも復活フラグとでもいうような台詞を言うが、流石にこんな場所に一人置いて離れることはできない。
今は扉で押さえておるので1対1で対応できているが、時間が立てば窓から、場合によっては壁や床からもモンスターが現れそうな気配すらする。
そうなれば、流石に多勢に無勢でどうしようもないだろう。
「いえ、そういうわけには。食糧を持っているのもショウゾウ先生ですし」
「残念ながらこんな状況になってしまったのであれば、籠城しても後がありません。1日でも早く解決する方法に全力を尽くした方が良いでしょう」
解決するには、未だ確実に居るとも確証が持てない神様を捜すのが1つだが、もう1つはほぼ確実に問題を起こしたと思われるゴブリンの討伐が有効そうに思われる。
ショウゾウ先生はレベルが高くて純粋に戦力としてはかなり高いが、純粋な力はあのゴブリンと相対するには相性が悪いのは事実ではある。
とはいえ、理論を並べても見捨てるような行動はやはりできそうにない。
『きゅきゅきゅーい』
その硬直を破ったのが暴食スライムだ。
暴食スライムは、スルスルとショウゾウ先生の横に進むと、そこで室外のバグモンスターと戦い始める。
「どうやら、あの子が残ってくれるみたいね。迷っていても状況が悪くなるばかりだし、ここはショウゾウ先生の指示に従いましょ」
確かに暴食スライムが居れば時間経過でやられるという想像はできない。
少し不安も残るが、ここはナズナの言うことの方が正しいだろう。
「ショウゾウ先生、必ず生きて戻ってきてください」
「えぇ。戻ったら後の世界を立て直す為に、商売にでも協力して貰いましょう」
「えぇ、なんでも協力します」
そうと決まったら急がなければならない。
今はショウゾウ先生が囮になっているので、バグモンスター達はこの建物の中に集中している。
出口といえば背後の窓しかないが、レベルが上がっている今となっては2階から飛び降りる程度では怪我もしないだろう。
「スラボウ、後はよろしくっすよ」
『きゅい』
窓を開けて地面に飛び降りると、それに気づいたバグモンスターが数体居た。
だが、今はそいつらは無視して走り始める。




