61話 『発想』
「ミフユ! ちょっとこっちに」
「なんすか先輩」
ミフユへ手招きすると、ミフユは真っ直ぐこちらへ駆けてきた。
尚、その際もサクッと塗壁の攻撃を躱しているのはほぼ無意識だろう。
その回避性能を見る限り、もしかすると防御面では最強なのではと思えてくるが、そこへ最強格の攻撃力を与えられる可能性がある。
「これを使え」
ミフユの代わりにショウゾウ先生が矢面に立ち、ナズナがサポートをしているが、ミフユが囮になっている時の方が安定している。
あまり説明をしている時間はないし、それよりも説明しない方が上手くいく気がするので、ただ目的の物を押し付ける。
「これって、先輩が鬼の攻撃を防いだ包丁っすよね。あと、グリフォンから毒キノコも収穫してたみたいっすけど。取るなら羽根じゃないっすか?」
「ハハハ、なるほどな。いいから、それで斬ってみろよ。多分それなら斬れる」
ミフユに渡したのはカナタさんが精錬し、芹沢から預かった黒包丁だ。
上手くいくかは半信半疑だったが、今のミフユの発言でほぼ確信した。
まず間違いなく成功する。
ミフユにとっては強い武器を貰った程度の認識だろう。
鉈と黒包丁を交換すると、ミフユは意気揚々と前線に戻っていく。
「フッフッフ。先輩から貰ったこの鬼包丁で田楽にしてやるっすよ」
試し斬りにやる気を出したミフユは真っ直ぐ塗壁へと向かっていく。
塗壁は、無数の腕による攻撃をミフユに行なうが、その攻撃は素直にミフユへ向かうため、ミフユへの脅威にはなっていない。
恐らく塗壁の身体の性能はバグにより鬼以上になっているのだろうが、残念ながらその知能はバグとは無関係にそのままだったのだろう。
結果として、回避以外に黒包丁――ミフユは鬼包丁と名付けてしまったが、それで攻撃を弾く術も得たミフユは止まらない。
華麗なステップで塗壁へ接近したミフユは、鬼包丁を塗壁の左から右へと斬りつけた。
その攻撃に対し、塗壁は先程と同じ様にぐにゃりとした身体で受け止めたのか、警戒して硬質化したのかは判らない。
だが、少なくとも俺の予想通りの結果だろう。
『グシ、グシシシシ……』
塗壁の表面に目玉を含めて真横に線が入っており、次の瞬間、そこから下半分が崩壊した。
上半分は突然空中に投げ出された形となったため、そのまま落下し、地面に当たると何度かボヨヨンと弾み返しながらやがて止まった。
そう、まるでコンニャクの様に。
「んー、折角手に入った食材っすけど、このままじゃ食べられないっすね。スラボウ、食べていいよ」
『きゅお!』
暴食スライムはミフユの言うように塗壁の残骸を魔核ごと丸飲みにするが、それを見ていたショウゾウ先生は唖然としている。
「何よ、あれ。全く理解できないのだけれど」
そりゃあ、そうだろう。
壁のモンスターがコンニャクになるなんてバグだとしても酷すぎる。
だが、そこについてはバグと言うよりは仕様に近いと考えている。
「一応、ドロップアイテムが意味不明な事はあるだろ? 見た目が似てるとかによる開発者側のネタの様なものだが、それ系だと思えば良い」
紫色のモンスターが葡萄を落としたり、黄色い色のモンスターがチーズを落としたりするあれだ。
「バグっているのはミフユの発想の方だ。俺にはあれが食材には見えないし、食欲も湧かない」
ミフユが見た目と動きから、塗壁をコンニャクの様だと判断した。
そのため、鬼包丁が塗壁を食材だと判断し、調理として食材を切り分けた結果、コンニャクが得られた。
そして、胴体が真っ二つにされた塗壁は致命傷を受けて倒された。
順を追えばこんな説明になるのだろうが、これを説明したとしても理解が深まることはないだろう。
「さて、それよりもショウゾウ先生の2つ目の相談に移らないとな」
「釈然としないけれど、それはそうね。『電光』!」
ナズナが使った雷魔法は塗壁が居た箇所、暴食スライムの横を通りその先に命中する。
その雷魔法が命中したリザードマンは、断末魔を上げる間もなく消滅した。
塗壁は、校舎の壁を壊し、それに擬態することでリザードマンを捕食し続けていた。
つまり、塗壁が居なくなったので校舎に穴が空いている。
リザードマンは誰か――恐らく神様を探しているので、当然校舎に侵入してくる。
そのため、ショウゾウ先生の2つ目の相談とは、このリザードマンの掃討だ。
体育館前のモンスターを排除しても、それがリザードマンに代わるようでは意味がないため当然とも言える相談だろう。
もっとも、効率面から実行を今日に回したが、1つ目と2つ目の分割をする事は容易だった。
「ヤスタカ! そっちは頼んだ!」
「おう! 後で電話しろよ!」
その声により、職員室側の廊下側の隔壁がゆっくりと降り始める。
今回ヤスタカは体育館側に残る。
会長から引き継いだガードロボの管理があるのがその理由だが、ショウゾウ先生が抜ける穴を埋める目的も大きい。
モンスターを倒してステータスボードを得ていた生徒は数人居たが、『修正パッチ』まで持っていた人間は会長と書記の1年生の如月って娘だけだった。
副会長や、滝沢もその例に漏れない。
尚、『修正パッチ』を持たずステータスボードを持っていた人達の職業は『検査員』となっていた。
デバッガーの様なイメージなのだろうが、条件が同じ筈の俺と違うのは何故だろうか。




