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60話 『塗壁』 (1999年3月22日 4日目)

「ここに居るんすか? 何も居ないようにしか見えないっすけど」


 ミフユが壁を見て小首を傾げているが、俺にもただの壁にしか見えない。


「擬態ね。外側については柔道場から見たでしょ」


 ここは校長室前の廊下であるが、ここに来るまでに居たモンスターは全て蹴散らしている。

 その過程で体育館の玄関フロアの2階にある柔道場も探索したが、そこの窓から見えるここ(・・)の外側の壁が(・・)リザードマンを捕食する様子が見えていた。


「気を付けて下さい。元々それだけの力があった上で、更にあのペースで捕食していたのですから」


 ドラゴンのブレスの影響でシステムが乱れた際、ガラス窓を突破したリザードマンが居たが、このバグモンスターは外壁を破壊していたらしい。

 その時点でよっぽどの強さだが、そこから更に無尽蔵にいるリザードマンを捕食し続けていたのであれば、その強さはトレントを超えるだろう。

 鬼やゴブリン程まで育っていないことを期待するが、そうでなければ逃げの一手だ。


「ヤスタカ! 準備は良いか!?」


「あぁ、問題ない! いつでもいいぜ!」


 ヤスタカは、少し離れて校長室前の廊下の端――保健室と職員室のある廊下との境目に居る。

 いざという時に隔壁を落とす為だ。

 また、ヤスタカ仮にやられると体育館を守っているガードロボも機能停止するので、あまり危険な事をさせる訳にもいかない。

 俺達が戻れそうにない場合は躊躇せず隔壁を落とせと言ってある。


「よし、やるか。ナズナ、頼んだ」


「えぇ、いくわよ。『水砲』!」


 ナズナの水魔法が普通の壁に激突する。

 ここで得意の雷魔法を使用しないのは、壁に擬態するならば土属性である可能性が高いと考えたためだろう。

 とりあえず、無効化されたわけではないことは壁を見れば判る。

 当たった瞬間、水砲の威力によりある範囲の壁が僅かに外側に弾かれた様に見えたのがその理由であるが、その確認をしなくともそいつは擬態を止めてその姿を表した。


「あー、塗壁(ぬりかべ)っすね」


 俺はミミック系統のリビングウォールとか、そんな名前を考えていたが、なるほど、そっちの方が短いし的を射た名前に聞こえる。

 塗壁の姿は、およそ正方形、色は灰色でコンクリートの様な質感を持っている。

 その中央部には横1本の裂け目ができ、そこが開くと大きな茶色い目玉が覗き、そいつと目が合った。


『グシシシシシ』


 塗壁は、どこから発声しているのか判らない声を上げると、その周囲から無数の腕を伸ばして一気に襲い掛かってきた。


「うひっ」


 最も接近していたミフユに対してその7割程が集中したが、当然のようにミフユには当たらない。

 そして残りの3割程はショウゾウ先生に集まるが、「てぇい!」と掛け声と共に斧を振り回すと一気にその腕を切り飛ばした。

 だが、その腕は地面に落ちると泥の様に姿を崩し、その泥は塗壁の本体へと戻っていく。


「これは、キリが無さそうだな」


 俺はナズナのガードをしながら塗壁の弱点がないか確認しているが、少なくとも攻撃してくる腕の対応をしているだけだとこっちが先に力尽きるだろう。



  ◇  ◇  ◇



「『水砲』!」


 ナズナの水魔法が塗壁へと命中し、塗壁の動きが多少止まる。


「はああぁ!」


 そこへショウゾウ先生が斧を叩き込むが、塗壁はぐにゃりと身体を変化させて斧の攻撃を回避した。

 だが、それだけではショウゾウ先生は止まらず、続けて横凪ぎに斧を振るい、塗壁の目玉を捉える。

 だが、あれだけぐにゃぐにゃしていたにも関わらず、ガキンという響きと共に跳ね返される。


「目玉もダメですか。これはどうでしょう。ハヤト君、他の対処法は思い付きますか?」


 これまでの戦闘では、少なくとも脅威を感じる程の事は起きていない。

 バグモンスターでありながら、理不尽なバグによる攻撃はして来ない。

 その理由は、この塗壁の前後ろが逆だからだと思っている。

 柔道場から見えた塗壁は、その中央に牙が並んだ口を持っていたし、生えている腕もリザードマンの腕の様な質感を持っていた。

 つまり、意図せずバックアタックしている状況である。


「そうですね。今のところ突破口が見当たりありませんね。もう少し探って欲しいところです」


 この塗壁の問題はとにかく固い事だ。

 ナズナの雷魔法は案の定効かず、水魔法も対してダメージを与えていない。

 ショウゾウ先生の攻撃は先程の様にぐにゃりと身体を曲げて避けられるが、仮に当たったとしても岩を叩いているかの様にあまりダメージが入っているように見えない。


 攻撃力不足と言うよりは、塗壁の防御力の問題だ。

 ヤスタカによると、ショウゾウ先生は『商人』という戦闘には直接向いて居なさそうな職業ではあるものの、そのレベルは95とナズナに次ぐレベルとなっていた。

 また、ショウゾウ先生が使っている斧も、校長室に出現していた宝箱から得られた物らしい。


『ギアアアアア』


「また、回復したわね」


 響いて来たのは、リザードマンと思われるモンスターの叫びだ。

 恐らく、塗壁の表側がリザードマンを捕食したのだろう。

 どうやら塗壁は、捕食によりダメージを回復しているようで、あの踊り場の悪魔の様に削り殺す事もできそうにない。


「うわ、なにこれ。こんにゃくみたいで気持ち悪ぅ」


 回復の隙をみたミフユがプレハブ小屋にあった鉈で塗壁に斬りかかっていた。

 だが、塗壁はミフユの攻撃を脅威とはみなさなかったのか、ぐにゃりとした身体のままミフユの攻撃を受け止めていた。

 つまり、ぐにゃりとした身体の方が本来の身体であり、硬質化は意図的なものだと考えられるが、それはともかくここで1つの可能性について思いついた。


「まさかな……」

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