6話 『卒業』 (1999年3月5日)
「――あなたは、本校において高等学校普通科の全過程を修了したことを証する。平成11年3月5日。高乃宮高等学校校長、高乃宮ショウゾウ。おめでとう」
校長先生によって目の前の生徒へ卒業証書が手渡される。
それと同時に拍手を行うが、周囲からも響くその音は普段の集会等で行われる音よりも格段に大きい。
人数が普段の半分程度であるにも関わらずだ。
ただし、その理由は明らかである。
普段は強制的に参加が義務付けられ周りに合わせて揃えた拍手よりも、自主的に参加した拍手の方が迫力が増すのは当然だ。
結局のところ、小惑星の迎撃には失敗した。
正しくは最初の1発目だけで残りはこれからであるが、全く効果がなかったところを聞くと、その後はお察しだろう。
そして、その軌道予測として出ている落下地点は丁度ここ、日本だった。
この発表により、流石の日本でも暴動に発展するかと思いきや、不思議と逆に安定した。
まぁ、当事者でもあるのでその心情は判る。
日本に直撃ならどうしようもない。
日本中のどこにいようと生存確率はゼロだろう。
慌てて逃げ出している人も僅かにいるらしいが、お金の概念が消失し治安が悪化している外国にでも行くのだろうか。
仮に行くのなら日本の裏側の南米、そして行けたとしても一生分のシェルター生活なんてとても堪えられそうにない。
そんなこんなで清々しいまでに皆、生き続けることを諦めた。
その結果、いかに満足いく最後を迎えるかが専らの話題だ。
別のことを優先する者もいるが、うちの卒業生の大半はきちんと学業を終えることを選んでいる。
尚、卒業式のみならず修了式も予定通りの日時で執り行うようだ。
3月19日――2週間後のその日であれば、今日ほど人は集まらないだろう。
なにせ、その日が世界が終わる日だ。
その日は家族で過ごす人が大半であろう。
では何故わざわざその日に行うか。
それは校長先生の判断によるものらしいが、なんとなく判る。
俺やナズナのように全ての生徒に家族が居るわけではないだろうし、考えたくないが逆に家族と過ごしたくない人達もいる筈だ。
そういう人達への最後の場所を提供しているのだろう。
なんとも人徳のある考え方だが、校長先生自身は問題ないのだろうか。
◇ ◇ ◇
「で、なんでカナタさんは参加しなかったんです? そもそも登校してこない人はそれなりにいましたけど、来ておいて参加しないのは先輩くらいですよ」
「あー。いやなに、俺も初めは親に言われた通り全うに卒業しようとしたんだけどな。しかし、来てみて思ったわけだ。俺の人生の最後の締め括りは本当に卒業でいいのかって」
この先輩は、浅倉 カナタ。
髪を薄茶色に染め、長髪にしていて無造作に後ろでゴムで留めている。
そこから覗く片耳にはピアスが付いているのが見える。
服装としては、ゆったりとしたジーンズに黒いベストのような洋服を着ている。
進学校であるうちの学校では珍しいが、ジャンル的には不良学生に相当するのだろう。
とはいえ、悪いことといっても精々校則違反程度で、一般的なドラマで描かれるような暴力性や犯罪紛いのことはしておらず、地味に成績もそこそこあるらしいので、別に先生達からの視線が厳しい訳でもない。
尚、中性的な顔と声をしていて名前も特殊なため判りづらいが性別は男の筈だ。
直接聞いた訳では無いが、今までの言動からそう認識している。
「それが、技術室に混もって旋盤を廻していた理由ですか?」
朝に会ったものの卒業式に出ていなかったので不思議に思っていたが、なんとなく部室の1つである技術室に来てみると、一心不乱に金属を削る彼が居た。
美術技術部。
美術の技術なのか、学問としての美術と技術の両方を扱うのか判りづらい部活であるが、この部活は後者に分類する。
美術部として入部する人が多く、技術部を存続させるために合併したという過去の経緯があるらしい。
実際、技術を専攻しているのは彼方さんくらいだ。
いや、一応、俺もそうか。
美術の方を専攻する場合は備品の使用料として部費が徴収されるが、技術の方は人員が少ないがために部材は自己負担になる。
つまるところ、あまり積極的に参加していない幽霊部員としては技術を専攻した方が都合が良いというものだ。
「そうさ。俺の目標は彫金師になることだったからな。進学するつもりもなかったし、敢えて卒業も別にしなくても良いかなと。というよりも、顧問にダメ元で聞いてみたら学校の部材も備品も自由に使っていいらしいじゃないか。卒業式なんて行ってられねぇよ」
どうやらこちらが本音のようだ。
あえて卒業式に出ないような特別な理念は無かったらしい。
「在庫なんて気にしても仕方ないですからね。ま、そのお陰で治安が保たれているのでしょうが」
最後の信念として職業を最後に選ぶ人はそれなりにいたが、生産や流通面に関しては割りと致命的だ。
その代わりを補っているのが在庫の開放である。
各商社は在庫を売り切る――というより、配りきると言った方が正しいが、それを目標に動いているきらいがある。
それにより、趣味に走ることも出来れば、食料に困ることもない。
「つうわけで、またあれを見せてくれ。あれと同じレベル――いや、あれ以上の物を作るのが俺の最終目標なんだからな」