55話 『治療』
スライムが使用したのは、トレントのスキルだろう。
コボルト達が居た範囲の床から木の根が生えており、それが全てのコボルト達を雁字搦めにしている。
しかしそれも束の間、コボルト達は絶命したのか崩れ去り、木の根と魔核だけが取り残される。
残された木の根も、やがてスライムの触手と同じ色へと変化し、魔核ごと地面に溶け込んでいった。
「凄いわね。でもこれくらいなら私でもなんとかなったわよ」
ナズナの手の上には、バチバチと鳴る紫色の雷でできた様な球体が浮かんでいた。
恐らくそれは範囲攻撃用の雷魔法だろう。
今までは単体で協力なモンスターとしか対峙していなかったのもあり、雷魔法は単体魔法であると勝手に勘違いしていたらしい。
「君達! 色々聞きたい事がありますが、今は一度体育館の中へ! 次が来ます」
「次?」
まるでボスラッシュでも起きるかの様な校長先生の言動に、ミフユも疑問に思ったようだ。
辺りを見渡せばモンスター居ない。
あるのは散らばった魔核くらいだ。
「は? どこから出てきた!?」
ヤスタカが驚いた方向に目を向けると、フロアの隅に人のサイズ程の巨大なクワガタが居た。
とても隠れていた様なサイズではないし、最初から居たとするならば確実に目に入る位置だ。
つまり、隠密の様なスキルで隠れていたとかが濃厚だが、それなら不意打ちをしてくれば良い話であるし、校長先生の言動とも微妙に齟齬がある。
「話は後です。とにかく入りますよ」
体育館の入口の扉は既に開かれ、倒れた女子生徒を抱える様に男子生徒が体育館の中へ入り込んでいる。
その入口付近から校長先生の声が掛かり、その言葉に従って俺達は体育館の中に入った。
◇ ◇ ◇
「なんだこれ」
体育館の中には予想を遥かに超える光景が広がっていた。
元々、体育館に人が集まっていたのは予想していたが、大多数は既にモンスターにやられてしまったか、ひっそりと隠れているものと思っていた。
その人達を救い出し、研修棟へ避難させるのも俺達がここへ来た目的の1つでもある。
だが、この光景を例えるならば――――、
「避難所。とでも言うのでしょうけれど、それにしては規模が大きすぎないかしら」
そう、避難所だ。
洪水やら地震やらの後に何かで見た事がある光景だ。
パーテーションでプライベート空間を確保し、その中には申し訳程度に布団が敷かれている。
それだけの物資をどうやって手に入れたのか?
いや、それよりももっと気になる物がある。
「あれって家、っすよね……」
正確にはプレハブ小屋だ。
ただし、小屋や物置と言うよりも仮説住宅とでも言える様なサイズと見た目をしている。
そいつが体育館の左奥の一角を占有している。
どうやって運んだというより、そもそも当然物理的に入口を通らない。
そうなると、わざわざ資材を搬入し、そこから組み立てた事になるのだが、それも現実的ではないだろう。
「どう見ても『修正パッチ』だな。そして、それを使えそうなのは……」
一番有力である校長先生の行き先を目で追う。
俺達は体育館の中に入った際に皆止まってしまったが、校長先生達は入口横のパーテーションで区切られたエリアに入って行った。
当然扉は無いが、他の居住エリアよりも念入りにパーテーションが置かれており、外からは完全に中が見えなくなっている。
そこを潜ると、簡易ベットが4つ程並んでおり、
その左手前のベッドに、倒れていた女生徒が仰向けに寝かされていた。
その制服は、右胸下から左腰の部分まで3本の刃物で斬った様な切れ目があり、その周辺は真っ赤にそまっている。
そこに手を触れている白衣の女性が居るが、慌ただしく手当てをしているという感じはしない。
むしろ、溜め息や肩の力を抜いた姿から察するに――――、
「もう大丈夫です。出血は止まりました」
「あぁ、良かった」
白衣の女性は皆に治療が終わった事を説明すると、横に座っていた男子生徒はホッとした様子を示す。
「ハルオミ君、ハルナ君の事はすみませんでした。ルリ君もありがとうございます。助かりました」
校長先生が名前を呼んだのは、それぞれ男子生徒、横になっている女子生徒、白衣の女性で間違いないだろう。
「あれ? ルリルンじゃん」
「え、ミフユ? 生きてたんだ。良かった~。ミナミ達も無事?」
養護教諭――つまり、保健の先生か誰かかと思っていた白衣の女性であるが、ミフユがタメ語で話すところを見ると、友達か何か――少なくとも教師ではなくクラスメイトと言ったところだろう。
「……やべぇ。てっきり歳上かと思ったぞ」
隣でヤスタカがボソッと話し掛けて来たが、それには激しく同意だ。
まず、背が高く体型も減り張りが付いていて白衣が良く似合っている。
ミフユと話している今は年相応に崩れているが、治療をしていた際は責任感が溢れる程真剣な表情をしていた。
ミフユと比べれば子供と大人の図式であり、端から見れば同年代だとは絶対に思わないだろう。
「あら? 気付いていない? 如月ルリ――生徒会員じゃない」
生徒会員なんか、直接関わる事がほぼ無いので記憶に薄い。
いや、そう言われれば確かにやたら大人びた1年生が書記か何かになったとかで話題に上がった記憶がある。
そして、そんな話題が生じたのも生徒会長と副会長がある意味で珍しい組み合わせだったからで……。




