50話 『連撃』
キンッ!
ミフユへ振るわれた拳はすんでのところで空中に停止した。
だが、そこで鬼がニヤリと笑う。
鬼の拳はミフユに当たる直前で開かれており、その手でステータスボードをガッシリと掴んでいる。
別にそれによって壊されたり、動かされる訳でもない。
だが、驚くべきことに鬼はステータスボードを掴んだ1つの腕を起点にしてその巨体を持ち上げ蹴りを放ってきた。
「クソ。本命はこっちか」
予想外の動きで意表を突かれた。
瞬時にステータスボードを消し、再び展開して蹴りを防ぐが、当然それだけで鬼の攻撃は終わらない。
支えを失った訳だが、蹴りと同時に飛び上がって居たようで、それだけでは鬼の体勢は崩れず、更に空中でもう1本の足で回し蹴りをしてくる。
少し位置が変わった攻撃に対して、ステータスボードの位置を調整して対応する。
恐らくミフユの回避は凡そ自動発動なのだろうが、俺の場合は全て自分でコントロールしている。
つまり1つのミスが致命的になるのだが、一応ミスが起こる様なイメージはない。
問題はミスをしないことに意識が奪われ、他の事に集中できないことだ。
『サルビダ ワミラ。クアナ ドミラ!』
「クッ。やっぱりこれが来るよな」
ミフユの回避には物理的に回避不能になる必中攻撃が急所になるのと同じで、俺のガードにも隙がある。
同時攻撃――4本の腕が同時に左右から迫って来る。
今までならば微妙に立ち位置を調整してタイミングをずらしていた。
だが、ミフユの攻撃手段が無くなり、ミフユを無視して俺に全力を出してきた鬼の攻撃は捌ききれない。
辛うじて上体を反らす事で、上2本の腕の攻撃範囲からは抜け出せたが下2本の攻撃は左右同時に迫ってくる。
左側はステータスボードで防げるが、右側は直撃コースだ。
その拳は俺の右半身を捉える様に接近し――――、
ガギンッ!
2つの衝突音が同時に響き、鬼の動きが止まった。
「ナズナ!」「『電光』!」
俺が合図するまでもなくナズナが鬼の隙を突いて雷魔法を当てる。
ここまで完璧なタイミングでの攻撃という事は、俺が鬼の攻撃を防ぐ事を確信していたのかもしれない。
『きゅきゅい』
更にその隙を逃さずスライムの風魔法が直撃し、鬼を吹き飛ばす。
吹き飛ばされた鬼の巨体は、丁度誰かが隠れている教室の扉にぶつかり停止した。
「いけるとは思っていたが、緊張したな」
俺の右手に握られているのは黒い包丁だ。
こいつがステータスボードと同じ様に鬼の拳を防いでいた。
そもそも、何故ステータスボードで攻撃が止められるかという話だ。
システム側の要素だから破壊不能属性が付いている。
それは正しいのだろうが、こんな世界ではわざわざそんな設定をしているとは思えない。
つまり、壊れる事を想定しない物は壊れないと考えた方があり得そうである。
であれば、この黒い包丁はどうだろう。
包丁を最大まで精錬した結果生まれたため、扱いとしては異世界産の道具の様なものだ。
そしてジャンルは調理道具。
消耗品として使用するゲームもあるにはあるが、調理道具が壊れる事はほぼ無い。
「こいつを、食らいやがれ!!」
壁に叩き付けられた鬼はダメージを負ったものの、その程度で倒れる程ヤワではない。
ナズナの雷魔法で更にダメージを稼ぐ展開であるが、それに割って入ったのはヤスタカだ。
ヤスタカは情報の操作のみで戦力にはならないと考えていたが、ヤスタカの掛け声と共に俺の身長程の巨大でトゲ付きの丸い何かが鬼へ突っ込んでいった。
「おい、今の何だ?」
そんな能力があるのであればもっと早く使って欲しかったが、ヤスタカは出し惜しみしたとも思えない。
「いや。元々居ただろあいつ。意外とアクセスするのに時間掛かったのは悪かった」
ヤスタカの指摘により、今もまだ回転し続けている丸い球を見ると、確かにその機械染みた外見には見覚えがある。
「あのアルマジロ型のモンスターか」
「あぁ、多分あいつはこの施設のガードロボの一種なんだろうぜ」
異世界側の立場からすれば、生物としての魔物とガードロボの様な機械は本来別物な筈だが、ゲーム的な世界では同じモンスター枠だ。
ヤスタカの能力は、その機械類のモンスターにとっては天敵となるような効果があったようだ。
『グオオオオオオアアア!』
アルマジロの後ろから鬼の叫び声が聞こえてきた。
その叫び声は断末魔と言うより、気合いの咆哮に聞こえる。
実際、その証拠にアルマジロの回転が徐々に収まってくる。
『グラララララアアアアアア!!!』
鬼の掛け声上がると、完全にアルマジロの回転が停止し、その後弾き飛ばされた。
弾き飛んだアルマジロはそのまま中央広場を通り抜けて行き、遠く壁にぶつかりそこで止まった。
『ガハハハハハ! ハラウア! ハラウア! サルバド ドル!』
鬼の身体はアルマジロのトゲに削られてズタズタであるが、鬼からは怒りではなく更なる歓喜が伝わってくる。
明らかに傷だらけで弱ってはいる筈だが、とても油断できる様な雰囲気はない。
むしろここから、死に物狂いで来るだろう攻撃がどの様な形で来るか予想できないのが恐ろしい。
『アライア クアナ ケル ワ。ハラウ――――――――』
意味が判らない言葉ではあったが、今の瞬間は唐突に言葉を中断された様な違和感があった。




