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49話 『愉悦』

「あいつはヤバそうだな」


 ヤスタカの意見に激しく同意だ。

 意味は判らないが言葉を発した時点で知能はだいぶ高いだろう。

 あの踊り場の悪魔の経験値から考えても、レベルは1回りどころか桁が違う筈だ。

 そいつがなんの制約も無しに目の前に居る。


 手摺から立ち上がった鬼は、組んでいた4本の腕を外してダランと降ろした。

 その腕に引きずられるように上半身は若干前のめりに傾き始め――――、


「ミフユ! 避けろ!」


「え? うわっ。あわわわ」


 今のは鬼の攻撃の予備動作だった。

 その胴体の大きさに反して一番近くに居たミフユへ急接近すると、上側の2本の腕で交互に殴り掛かる。

 その勢いから空気を切る音すら聞こえてきそうだが、それすらもミフユは異常な動きで回避してしまった。


「『電光』、『水砲』!」


 鬼は攻撃が躱された事に驚いていた様だが、その僅かな隙を利用してナズナの魔法が突き刺さった。

 雷魔法と水魔法の両方使ったのは、どちらかの効果が無効化された場合を考慮してだろう。


 その魔法の衝撃により鬼は、1歩後ろへ後退りしたものの、改めて2本の足で床を踏みしめ、ニヤリとした。


『ガハハハハハ!! ハルノア ワ。サルバド ドル』

 

 言葉は相変わらず不明だが、明らかに笑っており、今の一連の攻撃を称賛している様な雰囲気がある。


「強いて言えば雷の方が効果がありそうだけれど、今一つね」


 雷魔法は鬼の胸元を多少焦がす程度、水魔法は多少後ろに押し出す程度だ。

 恐らく魔法耐性そのものが高いのだろう。

 俺達の最大威力の攻撃があまり効果がない以上、俺達が生き残る為には鬼の攻撃を掻い潜り、少しずつ体力を削っていくしかない。


 鬼は一通り笑い終えると、再びダランと腕を下げた。

 再び動き出す前兆であるが、その狙いは当然――――、


 キンッ


 瞬時にナズナに肉薄した鬼であるが、その拳は空中で停止している。

 俺がナズナの前に展開したステータスボードによるものだ。

 その威力は一撃でも食らおうものなら即死級だろうが、ステータスボードで問題なく防げている。


『きゅい』


 その硬直時間、再度生じたその隙に発生したのは竜巻状の風だ。

 その風は鬼に当たると、鬼は元居た場所にまで押し出した。


「なんだお前。お前も魔法使えたのか?」


 トレントが使用した様な風魔法はスライムから放たれていた。

 どう考えてもこいつが使用している。


『きゅきゅい』


 軽い返事であるが、肯定の意味だろう。


『ガハハハハハ!! サルバド ドミラ』


 スライムの風魔法で弾き飛ばされた鬼が再び笑い始めた。

 その様子からこの鬼がどういうタイプのモンスターであるか完全に理解した。

 今は再び攻撃を止められ、反撃までされた事に驚きと共に喜びを感じたのだろう。


 こういうモンスターは時たまゲームでも現れる。

 戦闘狂――相対する強敵との闘争を楽しみ、相手が強ければ強いほど興奮し愉悦する。

 そういうタイプのモンスターなのだろう。



  ◇  ◇  ◇



「死ぬ、無理っすよ先輩!」


「そんな軽口を叩けるならまだ大丈夫だろ」


 鬼が次に選んだ標的は再びミフユだった。

 ほぼ全ての攻撃を回避できるのではないかと思われるミフユであるが、それでも完璧ではないことはトレントとの戦闘でも把握している。


 言わば必中攻撃。

 連続して攻撃を仕掛ける事によって回避不能な状況まで追い込む作戦だ。

 それに気付いたので俺が割って入った。

 その結果生まれたのが今の状況だ。


 鬼の右半身の2本の腕は俺に向かい、左半身の2本の腕はミフユを狙っている。

 そして必ず俺かミフユがナズナとの間に入る様に鬼が立ち回っている。


「お前も戦えよ」


 これは戦力になっていないヤスタカではなく、スライムへの文句だ。


『きゅきゅー……』


 スライム自体のやる気は感じるが、いや、実はやる気が問題なのかもしれないが、スライムの攻撃頻度は低い。

 確実に当たるタイミングや、ちょっと危険なタイミングでしか魔法やスキルを使ってこない。

 その理由は思い付いている。


 スライムは食べ物を与えると何でも食べ、そしてとても喜ぶ。

 でだ、魔法を使えば喉が渇き、スキルを使えば腹が減る。

 この世界のシステムはそうなっている。

 結果、なるべく攻撃しないスライムが出来上がる。


 とは言え、別にスライムの一手が欲しいわけでもない。

 案外今は安定しており、スライムに文句を言うだけの余裕があるのが正直なところだ。

 頻度は低くなっているが、所々でナズナの魔法も当たっている。

 つまり、何か状況を変える必要があるのは鬼の方だ。


 その鬼の攻撃が突然弱まった。


「お。疲れたんすか? 隙だらけっすよ」


「おい待て、ミフユ――――」


 どう考えても罠だろうに、ミフユが気付かずに模造刀で斬りかかっていく。

 その模造刀の切っ先はモンスターでも急所になるだろう鬼の首筋を捉え、完全に振りきられた。


「……あれ?」


「避けろ!」


 模造刀は鬼の身体で止まることもなく、直前で躱される訳でもなく完全に振りきられていたが、それによって鬼の首が飛んだ訳ではない。

 代わりに辺りに飛び交っているのは金属の破片だ。


『サルビダ ド ワ。クアナ ド!』


 模造刀を噛み砕いた(・・・・・)鬼は、模造刀の消失で突然パラメータ補正が失われて硬直しているミフユへと拳を振り降ろした。

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