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47話 『包丁』

『クェェ』


 そいつが現れたのは突然だった。

 俺達の背後、最も視線を向けていなかった方向――3階へ繋がる階段から飛び掛かって来た。

 ライオンの様な胴体、鷲の様な頭と翼を持つそいつは完全に背中を向けていたナズナへと前足を振り上げ――――、


 キンッ!


 当然の様に俺が出したステータスボードで停止した。


 遅れて振り返ったナズナが杖を振り上げるが、それより先に上から別の物が落ちてきて、そのモンスターを押し潰した。


「なんだ。隔壁って一気に閉める事もできるんだな」


 モンスターを押し潰したのは、ヤスタカが操作した隔壁だ。

 1階の時はそれなりにゆっくり降りてきたが今は一瞬だった。

 尚、隔壁は丁度3階への階段との境い目に降りているので、狙って押し潰したと言うより分断しようとした結果だろう。


「非常用の機能だ。固定を外すことで重力に任せて落すんだが、もし再び開けるには色々しないといけない」


 3階にモンスターが居たのであればそこにも人が居た可能性もあるが、確定的でない以上、優先順位としては低いだろう。

 もし仮に居たとしても、一応他の階段もあり閉じ込めた訳でもないのでそこは勘弁して貰いたいところだ。


『グガァ、グァガ』


 隔壁の下部そこにモンスターが挟まっているが、どうやらまだ息があったようだ。

 そもそも倒せていれば崩れる様に消えるので、姿が保てている時点でそれは明らかでもある。


「グリフォン……いや、冬虫夏草の方が近いか?」


 改めてモンスターを確認すると、見た目はグリフォンそのものであったが、その瞳には生気がない。

 代わりにあるのは、その背中にびっしりと生えている苔と、頭部に生える大きな茸だ。

 恐らくこの茸の方が本体だろう。


「ナズナ」


「いいえ。どうにも動けないみたいだし、貴方が倒してみたらどう?」


 確かに、隔壁はグリフォンの胴体の上に完全にのし掛かっている。

 手足を無造作に動かしている上に、トレントの様に植物部分が動き出したり、スキルを使用する様子も見えない。

 恐らく物理攻撃に特化したモンスターであったのだろうが、この状態では只の経験値の塊に過ぎない。


「まぁ、確かにな」


 ナズナの言うことは尤もであるため、俺は腰に差してある黒い包丁を抜いた。

 芹沢から渡されたそれは武器ではなく道具の分類ではあるが、今の状況ではこれで十分だろう。


「しかし、寄生体で良かったかもな」


 モンスターとは言え、生きている生物に刃を突き立てるのは日本人であれば多少は抵抗があるものだ。

 倒した際に消えると判っており、何度もナズナがモンスターを倒す姿は見ているので、その抵抗もかなり薄れてはいるが、最初の1回目はやはり緊張する。


 これがグリフォンそのものであれば更に覚悟が必要であったが、今回の攻撃対象は茸だ。

 躊躇も戸惑いも何もない。

 冷めた心でグリフォンの頭から茸を切り落とす勢いで水平に振り抜いた。


「は? なんだこれ」


 単純に言えば切れなかった。

 いや、切れないと言うのも語弊がある。

 刃がほんの一部しか入ってすらいない。

 だが、別に硬いという感触ではなく、止められたという印象だ。


「それが、攻撃力1って事じゃないか? 1ダメージって事だろ」

 

 最初にナズナが悪魔と戦った時と同じだ。

 であれば、これを何度も繰り返せば討伐自体は可能だろう。

 

「あ、先輩。これ使うっすか?」


 ミフユが模造刀を見せて来るが、確かにその模造刀であれば攻撃力の加算補正があるので攻撃する回数は減るだろう。


「いや、丁度試してみたい事があったんだ」


 芹沢からこの包丁を受け取った際に思い付いた事の1つだ。

 要はイメージ。そのイメージだけが重要だ。

 本来、意識だけで大きな変化がある筈もないが、俺は何故かそれだけで十分だと確信している。


 再び黒い包丁を構え水平に振ると、今度は何の障害もなく振り切る事が出来た。

 その直後、グリフォンの身体は崩れ去り、支えを失った隔壁はそのままガクンと床まで降りきった。


「え? 今何したんすか?」


 まぁ当然の疑問だろう。

 だが、俺がしたのも単純な事でしかない。


「調理さ。今は茸の石突きを落としただけだな」


 芹沢は料理をする際、凍った肉を意図も簡単に斬り落としていた。

 カナタさんの精錬によってその様な特殊効果が得られたのだろう。


 ところで、ゲームの世界では調理を行う際はマップ、戦闘では武器を持って戦うが、今のこの現実世界ではどうだろうか。

 バグだらけである以上、そんな細かいところまで配慮されているとは限らない。

 となると、残されたのは意識の違いだけだ。

 意識を読み取る高等な技術が必要になるが、ステータスボードにその機能がある以上、技術面でも問題ない。


「全く無茶苦茶な理論ね」


 ナズナが頭を押さえているが、実際できてしまったので俺の考えは正しかったのだろう。


 それはそうと、1つの副産物が床に落ちていたのでそいつを拾い上げる。


「さて、食材が手に入った訳だが、モンスターって食えるのか?」


 拾ったのは、今さっきグリフォンから切り落とした茸だ。

 これは考えていなかったが、調理した部位はモンスターと切り離されるのか、モンスターの様に崩れる事はなかった。

 とは言え、言ってはみたものの流石に俺は食指が伸びないし、皆も無言でいるので皆同じ気持ちらしい。


『きゅい、きゅいー』


 だが、そうでない奴が1匹だけいた。

 「ほらよ」と渡してやると、嬉しそうに取り込み、そのまま踊り始めた。

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