46話 『外壁』
「『電光』!」
隔壁が開いた途端、ナズナが雷魔法を放った。
「なぁ、ヤスタカ。ここは何も居ないって言ってなかったか?」
「いや、その筈なんだが……。奥の隔壁との間だし、俺が使っていた便所もそこのやつだし」
ヤスタカが示したのは教員用のトイレだ。
外来の人も使用するので特に設備が整っていると噂があるが、生徒は使用できないので正しいかは判らない。
とりあえず、一応モンスターは突然ポップアップしたりすると聞くので、密室空間にモンスターが居るのはおかしい訳ではない。
ヤスタカが自分の行動エリアを昇降口のフロアに限定していたのも、それが理由だろう。
だが、その数は1匹2匹どころではない。
大量のリザードマンがそこかしこに居る。
「そのトイレから湧いて来ているわね」
ナズナが言うように、雷魔法で消し飛んだスペースを埋める様に男子トイレの入口からリザードマンが涌き出て来ている。
「これは切りがないな。一旦仕切り直そう」
◇ ◇ ◇
「あれは多分、外壁が壊れてるな」
再び隔壁を閉じ、昇降口で冷静に考えた結論だ。
居たのは外に大勢居るリザードマンであったので、男子トイレの内壁が壊され、そこから入り込んでいると見て良いだろう。
「あれ? モンスターは建物に入れないんじゃなかったっすか?」
ミフユが言うのは、前に俺が出してミフユに伝えた事でもある。
その効果によって研修棟はトレントからの攻撃を受けることもなかったし、あの大音声のトレントの笑い声もカナタさん達には聞こえていなかったらしい。
「例外があっただろ? あのドラゴンのブレスだ。あれで第ニ体育館が吹っ飛んだ訳だが、あれで何か異常でも発生したんじゃないか?」
あのドラゴンは他のモンスターと格が違う。
壊せないと思われた建物を破壊したのは、壊せない認識が間違っていたと言うより、ドラゴンの方が例外であるように思う。
「確かに……。何か施設のシステム自体にノイズがあるな」
ヤスタカは、隔壁を開けるのに使用したパネルに触れながらステータスボードを見ているが、どうやらステータスボードにはそういった解析にも使用できるらしい。
「取り敢えず、別ルートで行くしかないわね」
「それなら、2階経由になるかな」
2階や3階にある教室に向かう階段は2つある。
1つは昇降口前の隔壁の先にある階段だが、もう1つは職員室前にある。
丁度さっきの事務室前の部屋にあった奥の隔壁の先に繋がっている。
2階を通る事で回って行けるだろう。
「仕方ないか。教室の方はあの緑の魔物がいるから近寄りたくなかったのだが」
よっぽどトラウマがあるのだろう。
そいつがどの程度の強さか判らないが、出会わないに越したことはないだろう。
「じゃあ開けるぞ」
ヤスタカは3度めの隔壁の操作をすると、直ぐにミフユに先を譲る様に動く。
警戒度マックスで正しい行動だとは思うが、大柄のヤスタカが小柄なミフユの陰に隠れるのは、少々シュールな光景だ。
幸いにして、開いた先には先程の様にリザードマンが集団で居ることも、緑色のモンスターも居ない。
代わりに、数メートル先には別の物があった。
「ん? まだ隔壁があるじゃないか」
隔壁が開いた先には、美術室等に繋がる廊下と2階に上がる階段があるが、そのどちらの通路にも隔壁が降りている。
「そりゃあ、自分の活動範囲だからな。2重くらいにはしておかねぇと」
それならば先程の警戒はなんだと言いたいところだが、実際リザードマンが溢れていた事実がある。
あちら側も奥に隔壁があったので、あちらも2重隔壁の内側だった筈だ。
そうなると、むしろヤスタカの警戒心は見習うべき箇所だろう。
「さて、ここも開けるが、この先の隔壁は降ろしていないから後はよろしくな」
「あぁ。気を付けて行こう」
俺が頷くと、ヤスタカは再び隔壁の操作をし始める。
徐々に開いていく隔壁から見えるのは登り階段であるが、今のところモンスターの気配はない。
ミフユとスライムを先頭に、ヤスタカ、ナズナ、俺と続いてゆっくりと階段を上っていく。
その結果、特に問題なく2階に到着した。
正面が図書室で、右に行けば渡り廊下、左に行けば2年と3年の教室群、後ろが専門教室群になる。
ヤスタカは、渡り廊下の大岩を見て『修正パッチ』を手に入れていた筈なので、その後ここを通って昇降口に向かったのだろう。
一方、ミフユは1年だが、登校生徒数の関係で2年の教室の1つが割り振られていた筈なので、ミフユが来たのは左側だ。
そのまま真っ直ぐ右側の渡り廊下に向かったのだろうが、ここでふと疑問が生じた。
「ミフユ。なんでここまで来たのに、この階段で降りなかったんだ?」
隔壁が降りていたから結果的に通れないのは事実だが、その選択をしなかった方が疑問だ。
モンスターに追われている中で、わざわざ大岩で塞がれている渡り廊下に向かう妥当性は全く感じられない。
「いや、あの緑色のモンスターがそっちから来たんすよ。もしそこも閉じてあれば、遭遇しないで済んだんすかね」
そう言うとミフユがチラとヤスタカの方を見る。
確か、そのモンスターによりミフユ達のクラスメートが一人犠牲になっていた筈だ。
もし、ヤスタカが早くスキルを使用していれば助かっていたかもしれないとするという気持ちが働いたのかもしれない。
「ミフユ。そう言う起き得なかった可能性の思考より、起こり得る先の話の方が建設的よ」
俺がフォローする前にナズナがミフユに注意していた。
危険が隣り合わせの状況では、仲間内での微妙な不和が命取りになる。
ナズナの指摘でそれに思い至ったのか、ミフユは今度はヤスタカへ完全に振り返って頭を下げた。
「えっと……ヤスタカ先輩! 変なこと言ってすみませんっした」
ミフユは頭を下げた後一瞬静止していたが、そう言えば、ミフユにはヤスタカの事をきちんと紹介していなかった気がする。
当然、長谷川という苗字も知らないだろうが、ミフユの中では名前呼びする事で結論が出たようだ。
「い、いや。状況が判らんが気にしなくていい。実際、もっと早く気付けてたかもしれん。そしたらこの周囲の隔壁降ろせただろうな」
あぁ、更にそう言えばだが、ミフユ達とどういう経路で合流したかヤスタカに説明していなかった。
もし少し状況が異なれば、ミフユ達は脱出すら出来なかっただろう。
それに気づいたミフユが今度は顔を青くし始めたが、スライムはその変化が面白かったのか、『きゅいきゅい』と床で喜び始めた。




