40話 『合唱』
雷魔法が直撃したと同時に果実による笑い声は止まり、あらゆる攻撃も停止した。
「今度こそ、やったっすか?」
「ミフユ。その発言は頂けないわね」
改めてフラグを立てたミフユにナズナが叱責するが、ミフユは理解できなかったように首を傾げる。
実際のところ、フラグの有無は関係なく戦闘は終わっていない。
これまでモンスターは倒れると、身体が崩れていくがトレントにはまだその兆候がないのが証拠だ。
恐らく最初に果実を穿った時と同じ。
次のフェーズに移るための待機時間だ。
『クキ』
声が聞こえた。
『クキ、グキ、グギギギギギギアアアア!!』
これまでの果実とは違う。
トレントの幹には大型で赤い瞳の1つ目が現れ、その下にはギザギザに割り開かれた口が現れており、その口から大音量の声が放たれる。
「ついに最終形態か。ボスイベントかよ」
ラスボス戦でよくあるシチュエーションだ。
とてもトレントがラスボスであるようには思えないが、最初に居た言葉を解する程知的な悪魔が門番扱いされていた様に、何かのバグがあるのかもしれない。
「多分、戦い続けるのは無理でしょうね。出来れば一度退却したいところだけど……」
ナズナの言いたいことは判る。
トレントの攻撃の手が止まったことにより、背後の竜巻も消えている。
本来なら一目散に逃げ込みたいところだが、トレントの目線はしっかりとこちらを見ている。
背中や隙でも見せようものなら、一気に襲い掛かってきそうな雰囲気がある。
とは言え、このまま黙っている訳にもいかないだろう。
「タイミングを合わせるぞ、3、2――――」
不意を突いて行動を合わせようとしたが、その試みは失敗に終わった。
トレントから直接攻撃を受けた訳でも、逃げ道に回り込まれた訳でもなく、それ以前の問題だ。
『グギギギギギギギギギギギギアアアア!!』『クカカカカカカ』『クケケケケケケ』『コカカカカカカ』『クカカカカカカ』『クカカカカカカ』『コカカカカカカ』『クカカカカカカ』『コカカカカカカ』『クカカカカカカ』『クカカカカカカ』『クケケケケケケ』『クカカカカカカ』『クカカカカカカ』
トレント本体の掛け声に起因したのか、全ての果実が口を開き、笑い声の大合唱が起きた。
辺り一面から響く爆音により、ナズナやミフユに向けた合図が書き消されたのは言うまでもなく、耳が耐えられそうにない。
本体の声を皮切りにボリュームが上がっていったので辛うじて耳を塞ぐことは間に合ったが、この状態でもギリギリだ。
音の衝撃波により地面が振動している程で歩き難い上に、手を離そうものなら鼓膜は完全に破壊されるだろう。
だが、そうも言っていられなさそうだ。
笑い声をあげ続ける果実からは、水色や紫色、茶色に光るオーラのようなものが広がり始めている。
とにかく、動かなければならない。
さぁ、やるぞと覚悟を決めたその時、ゾワッと背筋が凍る様な気配を感じた。
『――――――――――――――――――――――――ッ!!!』
耳を塞いでいたため聴こえなかったが、トレントとは別の何者かの気配だ。
その気配を探ろうと辺りを見回した時、塞いだ耳越しに響いていた爆音が突如消失した。
いや、消えたのは音ではない。
トレントそのもの、更にはトレントが立っていた水場、また恐るべき事に、モンスターの干渉を受けないと思われていた建物――第2体育館が丸ごと消失していた。
◇ ◇ ◇
「あいつの仕業ね。今回は助かったけれども、不用意に近づくべきではないわね」
耳に残る残響が改善してから何が起きたか調査したところ、その要因は直ぐに判った。
第2体育館の跡地からトレントが居た地面、そこには巨大なワームでも這ったかのような轍ができていた。
その轍は小高い岡の上にある学校へ登る坂道を通り、坂の始まりの校門近くまで通っている。
その終着点――正確にはそこが始まりなのだろうが、そこに元凶が寝そべっている。
「世に聞くドラゴンブレスってやつか。しかし、えげつない威力だな、これ」
ここは広場の中央だ。
本来ここから坂の下が見えることは角度的にあり得ない。
しかし、それが見えている以上、途中にあった土砂もまるごと全て抉りとったということだ。
「街中で使われたら溜まったものじゃないわね」
たまたまその方向が坂の上、空の方向だから助かった。
ドラゴンがブレスを撃った理由を考えれば、それが街方向に向かった可能性も大いにあった。
「やっぱりあれっすよね。五月蝿かったから……」
「まぁ、間違いないだろう」
あれだけの音量だ。
寝ていたのであればさぞ煩わしかっただろう。
あのブレスは正に目覚ましを放り投げるかの様な、無意識な行動である可能性すらある。
「今後もし接近する必要が生じても、せめて眠りの妨害はしないようにしないとな。その上で交渉できるタイプならいいんだが」
ドラゴンの性格については、ゲームでも2パターンに別れる。
まず単純に力の暴力で脅威の固まりであるタイプ、そしてもう一つは知能が高く交渉すらできるタイプだ。
そこの広場の中央で踊っているスライムのように一緒に戦ってくれるようであれば助かるが、少なくとも今はナズナの言うようにわざわざ近づくべきでも必要もないだろう。




