4話 『死滅』 (1999年2月19日)
『――えー、皆様、情報を随時確認し落ち着いた行動を心掛けましょう。くれぐれも早まった行動を取ることの無いよう――』
『――今月発見された小惑星について、政府から発表された内容では――』
『――ぇ~! ウサギさん頑張って登ってたのに、1番下まで落ちちゃったの~!? ――』
『――だから、確率がどの程度なのかという話ですよ。確かに脅威ではありますが、今までの統計では――』
何かBGM代わりに面白い番組はないかとチャンネルを切り替えていたが、1つのチャンネルを除いてどこも同じ様な内容であるため、諦めて画面を消す。
「もう、聞き飽きたよな。実際どんなもんなんだ? これ」
振り向いて問いかけた先は、うちのリビングのテーブルの後ろのソファーに腰掛けて優雅に紅茶を口に運んでいるナズナだ。
「可能性という表現をしているけれど、総合的に判断すると恐らく計算上は命中するのでしょうね」
「は? するのか? 真面目に」
ナズナが――公式には天文部が発見して表彰される筈であった小惑星、その表彰が急遽取り止めになった理由が昨日明らかになった。
政府からの緊急会見が行われて発表されたその内容は、件の小惑星は巨大且つ、地球に衝突する可能性があるとの内容だった。
「根拠は2つね。1つは、表彰が取り止めになった事よ」
ナズナがカップをソーサーに置き、右手を頬に当ててこちらを見てきた。
ナズナがこういう動作で俺に視線を合わせてくる時は、論理的な会話を行う時だ。
一度その行動をする理由を聞くと、俺がどういう反応をするか楽しんでいるとのことだ。
あまりに見当外れの応えをすると恥ずかしいので、よく考えて発言する。
「衝突するのは発見者のせいってか? 逆恨みもいいとこだろ。それ」
「そうね。でも、往々にして繰り返されて来たことよ。今回のように加害者が居ない場合、理不尽な事も充分起こり得るわ」
まぁ、判らなくはない。
被害者の気持ちに立ってみれば、怒りや悲しみのぶつけどころが無いと心が持たないだろう。
ヘイトが学生に向かないようにする配慮があった、とするのは理解出来る。
「それだけなら可能性の段階でも、表彰を取り止める理由としては十分じゃないか?」
「そこで2つ目よ。大きさは知ってるわよね?」
それは当然だ。
昨日発表されたばかりだが、その大きさこそが世間が色めき立っている理由でもある。
学校でもその話題で持ちきりだった。
「直径20キロ。恐竜が絶滅したとされる大きさに匹敵しているな。こんなのが当たったら少なくとも文明は崩壊だろう」
爆心地には約10倍の大きさのクレーターが生じ、津波の高さは1000メートルを超え、巻き上げられた土砂により太陽光が遮られて寒冷化する。
結果的に8割がたの生物が死滅すると言われている。
「残念。私の考えではほぼ全ての生物が絶滅すると思うわ」
「なんでだ? 他の理由でもあるのか?」
少なくとも、人間は恐竜よりしぶとい生き物だと思っているし、ナズナも特に反論は無いだろう。
となると、ナズナには何か根拠がある筈だ。
「私が発見した時は、それ程大きくは見えなかったのよ。でも、来月には到来するらしいわね」
小さく見えるということはそれだけ遠かったということだろう。
実際、俺もミフユにノストラダムスの予言が当たるかもなんて話をしていたところだ。
「つまり、速度が速いってことだな」
「えぇ。5倍から6倍くらいかしらね。件の隕石の30倍程の威力なんて、生き残る方が難しいし、逆にそれ程なら一緒に滅びた方が良いとも思うわ」
話は終わりとばかりに、ナズナは視線を外し、再びティーカップに手を延ばし始めた。
話の内容に比べてやけに優雅だとは感じるが、なるほど俺もあまり衝撃を受けていない。
規模が大きすぎて実感が湧かないし、回避方法が皆無ともなれば諦めもつく。
「ん? 威力は判ったが、それが当たる当たらないの話とどう結び付くんだ?」
「あら? 判らない? それだけのエネルギーを持っているなら外部要因は無視できるわ。つまり、軌道計算なんて初歩中の初歩よ。そんな簡単な計算をした上で当たる可能性なんて表現を使うなら、逆説的に当たるのは確実ってことよ」
運動エネルギーというやつだ。
物理で習った通り、重さと速度の2乗の積算で求められる量となる。
「確実なら迎撃できないのか? なんのための核爆弾だよ」
「まぁ、知らず必死になって準備しているでしょうね。ただ、時間が無さすぎるわ。何発分用意できるのかしらね」
世界には地球を数回破滅させるだけの核爆弾が眠っているらしい。
だが、弾道ミサイルならいざ知らず宇宙空間に向けるのであれば、それ相応のロケットが必要であり、そのロケットも年単位で準備するものだ。
日本のロケットも昨年失敗したばかりで、次のロケットもまだ準備できていない。
「確かにな。去年話題の映画みたいに上手くはいかなそうだな」
その映画でも、小惑星表面での爆発では大して効果が無いと説明されていた。
そのためわざわざ現地に赴き、掘削して内部から爆発を実施したわけだが、今回の件では実現可否以前に、行くための設備すら準備する時間が無いようだ。