39話 『水砲』
トレントの行動は、今のところ根による地面からの攻撃、そして枝と果実による防御のみだ。
それだけであれば割りと安定しているので、俺が関与すれば優勢に動く様には思える。
だが、モンスターを蹂躙したトレントの行動がそれだけだとは思えない。
ナズナが試したい事があるのであれば、余裕がある内に試した方が良いだろう。
俺が頷くと、ナズナはトレントへ樫の杖を向けたまま集中し始めた。
『クカカ?』
ナズナの様子の違いにトレントも気づいたようだ。
黙って見ているつもりは無いようで、トレントの水色の果実が青い光を放ち始める。
どう考えても何か良くないものの予兆だ。
気を引き締め始めた瞬間にそれは来た。
「ぐっ! あぶねー。水鉄砲かよ。そんな可愛い威力じゃないが」
来たのは青い果実からの水流だ。
その勢いは凄まじく、身体に当たろうものなら容易に貫通するような程だった。
今はそれをステータスボードで防いだため、水は跳ね返りもせず重力に従って地面へと落ちる。
「いいわね、それ。採用しましょう」
何かに集中していたナズナだが、トレントの水による攻撃を見てなにかを閃いたようだ。
「名前はそうね、こんな感じかしら。『水砲』!」
ナズナの『電光』とは違う詠唱による雷魔法――いや、雷ではなく水であるため水魔法を使用した。
ナズナの持つ樫の杖に付いている宝玉もいつの間にか紫色から水色に変化している。
その新しい魔法は、トレントが射線上に配置した茶色い果実を貫き、トレントの本体であろう水色の果実すら撃ち抜いた。
『クカ……カ』
貫かれた箇所は丁度ヘタの部分だったのか、水色の果実はトレントの足元の水面に落ち、そのまま動かなくなった。
それに伴い、ミフユへの根の攻撃も収まっている。
「水魔法か。いつ手に入れたんだ?」
「雷魔法と同じよ。あの水溜まり、どう見ても水道管の破裂によるものなのに、相変わらず研修棟で水は使えたわ」
つまりはバグだ。
バグに気づくことで新しい『修正パッチ』が手に入る。
これまで考えてきた通りの結果である。
「うへー。今の凄いっすね。やったっすか?」
安全になったと考えたミフユがこちらへと駆け寄って来た。
俺も倒したとそう思ったが、ミフユがフラグっぽいことを言いやがったので改めて警戒し直す。
しかし、それが功を奏した。
「あぶねぇ! 気を抜くな。まだ終わってない!」
一時的に止まっていた根の攻撃であるが、そいつが再び動き出し、ミフユの背中へと伸びていた。
それをステータスボードでなんとかガードする。
不意打ちに失敗したためか、根は一旦地面に引っ込み、再び現れそうに見えない。
一拍の静寂、だがそれが嵐の前の静けさであることは言わずもがなだ。
案の定、それは直ぐに訪れた。
『クカ』
今まで無反応だった他の果実、そいつが口を開けて笑い始めた。
『クケケケ』
『コカカカカ』
そいつだけじゃない。
水色だけではなく、茶色、紫色の果実までもが笑い始める。
「これは不味いわね。逃げるわよ」
言われるまでもない。
既に逃げの一手に転じている。
だが、その判断はどうやら少し遅かったようだ。
資料館と研修棟の間、そこに竜巻が出現し行く手を阻む。
『コカカカカカカカカカカ』
紫色の果実の声だ。
この竜巻は恐らくこいつの仕業だろう。
◇ ◇ ◇
まずい。
完全に詰んでいる。
根による地面からの攻撃、水流による攻撃、そして石礫による攻撃が縦横無尽に降りかかってくる。
それでいて後ろには竜巻が絶え間なく存在していて逃げ場はない。
「死ぬ。死ぬっすー」
意外と余裕があるのがミフユだ。
どういう身体捌きだというレベルで攻撃を回避している。
時には飛び上がり、時にはしゃがみこみ、時には模擬刀で根を払ったりもする。
その他よろける様な仕草や倒れ込む様な仕草であっても、そのどれもが意味のある動作になっている。
だが、それでもトレントに攻撃が偶然重なり回避不能なタイミングはあるらしく、そこを俺がなんとかステータスボードで防いでいる。
「『電光』、『水砲』、『水砲』、『電光』。切りがないわね」
ナズナは雷魔法と水魔法を上手く組み合わせることで、トレントの防御の隙を突いて幾つかの果実を落としているが、それもあまり効果が出ていないように思える。
『クカカカ』『コカカカ』『クカカカ』
「くそ、また増えやがった」
時間によるものか、或いはダメージ量によるものか、どちらにせよ稼働する果実は徐々に増えている。
それに伴いトレントの攻撃の手数は増えるため、どんどん対処が厳しくなっていく。
今回も水色の果実の水砲と、茶色の果実の石弾のタイミングが重なってステータスボードでも両方防ぐ事は不可能だ。
神銀ポールは同じ様な状況で弾かれてしまった。
残すはミフユのように回避を試みるか、或いは――――、
『きゅい』
対処法を考えていたところ、その石弾が急に方向を変えスライムへと取り込まれる。
「あー、悪い。助かった」
トレントの攻撃が苛烈を極める中、それでもなんとかなっているのは、こいつの功績が大きい。
どうやら水砲と石弾をまるで補食するかの様に取り込む事が出来るようで、その結果ナズナへの被害はない。
その傍らで、俺がミフユにしているフォローを真似るように、俺のフォローもしてくれたようだ。
「『電光』!」
今までの防御ルーチンの処理との違い、その間発生したトレントの僅かな戸惑いを見抜いたのか、ナズナの雷魔法が針の穴を通すような精度でトレントへ放たれた。
その雷魔法はトレントによる枝の防御を掻い潜り、太い幹の中央へ直撃した。




