35話 『晩飯』
「うま。なんだこれ」
「確かにうめぇ。こんなに旨かったか?」
料理の選択肢が少ないので、必然的に晩飯はカレーライスになる――というのも少し語弊がある。
米はあるものの大型の炊飯器しかないので、最低量で炊いてもだいぶ余ることになる。
そうなると、精々カレーうどんやカレー蕎麦がメニューに加わる程度であるが、それに待ったをかけたのが芹沢だ。
普段はおとなしくしていたにも関わらず、謎のやる気でカレーライスを作ると宣言してみせた。
その結果がこの絶品カレーだ。
元々学食のカレーは旨いと密かに学生に人気であったが、その域すら完全に飛び越えている。
「超旨いっす。――――ユカにこんな才能が!」
「ほんと美味しい。今度作り方教えてよ」
芹沢の調理自体については直接見ていないが、その技術は確かなものだろう。
何せ、米を鍋だけで炊きあげてしまった。
ただ単に知識があるというより、何度も実践して身に付いたものだろう。
その芹沢自体は周りの称賛を余所に、カレーを初めて食べるかのように涙でも溢しそうな満面の笑みで口に運んでいる。
芹沢の横ではカレーを食べたスライムも『きゅいきゅい』言いながら踊り回っている。
「その娘の能力は疑うべくもないけれど、これはきっと別の効果も発生しているわね」
「別の効果?」
「貴方が言ったんじゃない。料理システムってやつよ」
料理システムとは、敵を倒したり店で購入して得た食材を使用して料理することで、回復やバフが得られるよくあるシステムだ。
作った回数等によって熟練度があがり、料理の成功率があがる――つまり、味がより良くなることはありそうであるが、今回は1回目扱いだろう。
たまたま成功を引いたか、別の要因で補正が掛かったか――――、
「まさかあの包丁使ったのか?」
「包丁だけじゃなくて鍋もね」
そういえば、カレーを盛り付けられる際の鍋は黒かった。
カナタさんは槍の精錬の後も何度か実験していたので、その時に出来た産物だろう。
「つまり道具の効果は作った料理の味の向上か。なんかドーピングしている様で変な感じだな」
「悪影響はないでしょうし、そこは気にせず美味しく食べましょ」
少しもやっとしたが、間違ってはいない。
ここは、単純に芹沢の成果として認識しておくことにしよう。
◇ ◇ ◇
「ミフユ、早く5枚頂戴」
「ぐぅ。今度は逆に根こそぎ全部っすね……」
ミフユが手札の半分以上をナズナに差し出す。
持ち前の強運により、王様を維持していたミフユだが、ナズナの戦略に引っ掛かり都落ちで奴隷に落とされた結果だ。
「このルールえぐいな。ほら、3枚だ。だいぶ弱ぇぞ」
「じゃ、これは返します」
貰ったは良いが、ペアにならなかったので3枚の内1枚はそのまま返すことになった。
茶室の畳の上で繰り広げているのは、天文部ルールの大富豪だ。
トランプ自体は唯一鞄を持っているカナタさんが、天文部の部室捜索時に密かに回収していた。
やはり、大富豪であるが為にローカルルールが当然含まれるが、天文部ルールは盛り盛りだ。
まず、大富豪との名称ながら大富豪の上に王様、そして大貧民の下に奴隷が居る。
そして、渡す枚数は3、2、1になるのかと思いきや5、3、1となる。
このルール時点で致命的に下の方が勝てなくなると思いきや、王様や大富豪は強いカードや揃い過ぎるが為に、弱いカードはペアであってもそのまま返してしまったりする。
その結果、何が起きるかと言えば――――、
「ふふふ。直ぐに返り咲いてやるっすよ。革命っす」
弱いカードが集まりやすくなるため、4枚出しの革命が発生しやすくなる。
だが、ミフユが出したカードはQだ。
5枚渡してそんな強いカードが揃うということはよっぽど運が良いか、ミフユの手札が更に揃っていてQを渡したということだろう。
「残念。革命返しね。5飛びが4枚だから貴方の番よ」
「うぐ、パスっす」
カードを最初に出すのは奴隷からであるが、次が王様であるのはただ単純に座っている位置関係による。
一般的には大貧民から貧民、最後に大富豪と並ぶものだが、ここでは奴隷から時計回りというルールしかない。
そこには特別意味はないようで、わざわざ席替えするのが面倒臭いという単純な理由らしい。
5飛びは割りとマイナーで1枚出すごとに次の人の手番がスキップされるものだ。
尚、ナズナは5の革命中の4枚にジョーカーを2枚含めているが、ジョーカーで代用した場合もその数値は有用な扱いとされている。
「じゃ、終わりね。2が3枚で、これで上がり」
2が3枚は既にジョーカーを2枚使われているので返しようがなくそのまま流れ、10が2枚でナズナの手札が0になった。
呆気ないワンターンキルであるが、王様はこんな感じだ。
今回であれば革命が返せなかったりすると呆気なく都落ちしていた筈なので、そこまで逆転が不可能というわけでもない。
とりあえず、ナズナの隣に座っていた俺に手順が回ってきた。
だが、最後にナズナが残した2枚の10のマークを見ると、どうやら俺も既に上がりが確定しているようだ。
「Jバックで2重縛り、ジョーカー込みシーケンス、8切り、でこれで上がりっと」
「カナタ先輩、大富豪キープですか? ずるいですよ」
「いや、さっきのは手札的に止めようがないだろ」
一応、大富豪は王様を出来るだけ妨害するようにとのマナーがある。
これは上位が固定化すると面白さが半減するためだが、あくまでマナー程度のもので、あえて無視する選択肢もある。
だが、今回は割り込む隙が無かったし、片岡も気づいてはいるが、こういった判りきった指摘を入れるのもお約束だったりする。




