32話 『昼食』
「うどんと蕎麦、どっちにすんだ?」
カナタさんがカウンターの裏で調理番をしていた。
調理をしていた芹沢と片岡の2人は居なくなっている。
奥のテーブルの片隅でミフユがタオルで髪を拭いているところを見るに、入れ替わりでシャワー室にでも行ったのだろう。
「あー、うどんをお願いしていいですか。ナズナもうどんでいいか?」
「えぇ。それでお願い」
昨日からあまりきちんとした食べ物を食べていなかったので、今は蕎麦よりはうどんという気分だ。
恐らくナズナも同じだろうと思いながら、念のために聞いてみたが、案の定否定はされなかった。
「じゃあ、出来たら持っていくから休んでていいぞ」
「そう。ありがと」
ナズナに待っていなくて良いと伝えると、ナズナは感謝と共にミフユの方へ歩いていった。
「うし、じゃあうどん2つだな」
カナタさんは割りと手慣れた手付きでうどんの塊を4つ袋から取り出すと、手持ちの湯切りザルの中へと叩き込む。
そして、そのザルをカウンターと調理場の間で沸騰しているお湯の中へと沈め、タイマーをスタートさせる。
カウンターの箇所にある電熱器は、片方がお湯であるが、もう片方では玉ねぎと牛肉が入った出し汁が用意されている。
恐らくこちらは芹沢と片岡が作ったのだろうが、その見た目はいつもの学食と同じ光景だ。
「結構、手慣れてますね」
「あぁ、バイトだよバイト。家の手伝いの方が売り上げに貢献している筈なのに小遣いどころか練習用の材料もくれねぇし、全く酷い親父だよな」
カナタさんの家業は、銀を使用した工芸品の製作だった筈だ。
材料自体も高価な物なのでおいそれと提供することは難しいのだろう。
だからといって、逆にそれを自分のバイト代で賄おうとしているとは、流石だとしか言いようがない。
「で、何か見つけたのか? 表情が冴えねぇが」
「あ、判ります? 一応、すぐに対策が必要という訳ではないので皆が集まったら話しますよ」
会議室から見えたトレント、そいつが居るのはここから西側であるが、この食堂フロアの西側には窓は無く、券売機と通常時の出入口、自販機が並んでいる。
ミフユとナズナが居る南側の窓からは、どうやらトレントが居る広場の方は見えないようだ。
見えているのは、研修棟と並列で建つ2階建ての建物だけだ。
あっち建物は確か史料館だかの名前で、色々な文献やらが貯蔵されていたような気がする。
確か入学時に1度だけ学校の歴史だかの説明で入った様な記憶がある。
「さ、出来たな。ちょっと待ってろ」
カナタさんはピピピピと鳴り始めたタイマーを止めると、箸で麺を解して器に盛り付け、肉の入った出し汁をそこへ注ぎ込んだ。
茹で始める時にも少し疑問に思ったが、出来上がったのは3杯だ。
朝飯も抜いているので大盛は助かるとは思ったが、2玉分ではナズナは多いだろうなとは思っていた。
だが、実際は半玉分を2杯分追加し、もう1杯は1玉分の肉うどんになっている。
「ほい、お待ちー。じゃ、俺もそっち行くわー」
カナタさんは3杯の内、大盛の2杯をカウンターに乗せ、残りの1杯はカナタさん自身が手に持つと、そのまま調理場と食堂を繋ぐ扉を抜けてこちら側にまでやってきた。
「カナタさん食べてなかったんですか?」
「いや、これは2杯目だな」
まぁ、そうだよな。
ミフユの分が用意されていなかったところをみると、既に食べ終わっているとみて良い。
カナタさんが調理場の中に居たのは、自分用のおかわりを作ろうとしていたのだろう。
「俺自身驚いたんだがな、こいつは精錬の都合らしい」
俺はナズナに「ほらよ」と肉うどんを渡していると、俺の向かい側でミフユの隣に座ったカナタさんが先程の話の続きを話し出した。
「精錬の都合? ……あぁ、そうか。ナズナと同じか」
ナズナから「どうぞ」と渡されてくる割り箸を貰いながら考えてみると、似たような事象はナズナの時に起きていた。
水――というより飲み物全般だろうが、それを飲むことでMPの回復が起きていた。
その回復に使われた間は喉も渇かず、腹も満たされないらしい。
その現象から、食べ物を食べた場合はHPでも回復するものと考えていたが、実際はそうではなくSPの方だったようだ。
冷静に思えば、食べ物を食べれば傷が治るような事象は正直異常だ。
未知のエネルギーへと変換された方が説明が付く。
「だからまた作れるぜ。何かちょうど良い素材でもねぇか?」
カナタさんが精錬できる素材は金属だ。
まだバールと鉄パイプだけなので、試した素材は鉄のみだが、そこはあまり関係無さそうだと言っていた。
しかし、素材の限定を行わなかったとしても、意外と身の回りで武器になりそうな金属製のものが思い付かない。
王道では剣や槍なのだろうが、そんなものが近くにあるようには思えない。
強いて言えば包丁辺りだろうか。
まぁ、どちらかと言えば武器としての攻撃力よりも、過剰精錬によるステータ補正の方が今は重要そうなので、邪魔にならない小物の方が良い可能性もある。
そこでふと思った。
「あれ? 武器じゃなくて装飾品でもできそうです? 例えばこれとか」
見せたのは俺が首から提げたアミュレットだ。




