28話 『自滅』
キンッ!
その瞬間は呆気なく、且つ予想通り訪れた。
強大な質量を、全力で振り下ろしたその一撃のエネルギーは、軽い金属音と共に消失した。
『グゴ、ゴゴ、グ、ゴ、ゴオオ』
いや、消失した訳ではないのだろう。
大岩は目の前で静止しているが、その反動は別のところに至っていた。
ゴーレムの腕の付け根、そこへヒビが入り、やがて折れる。
折れた両腕は、手の部分である大岩を起点に垂れ下がっていき地面へと落ちていくが、その腕が地面にぶつかる前に更々と崩れて風化していく。
その風化は腕に留まらず、大岩、そしてゴーレムの胴体、その全てに派生し飲み込んだ。
「た、倒した? す、凄いっすよ、先輩。どうやったんすか?」
「あぁ、それはだな――――」
ミフユに説明しようとしたところで、何かが前方から突っ込んできた。
別にゴーレムの残骸が飛んできたとかではなく、寧ろもっと柔らかいものだ。
「ちょっと、どういう理屈なのよ。説明しなさいよ」
飛び込んできたのはナズナだ。
いつも冷静なナズナがここまで感情を顕にしているのは珍しい――と言うより初めてではないだろうか。
だが、気持ちは判る。
ここまで一緒に生きてきたので、謂わばナズナは俺の半身の様なものだ。
もし、逆の立場であれば俺は激しく狼狽えただろう。
「あぁ、すまないな」
腕を回してナズナの背中を軽く叩いてやると、少し力が抜けたので落ち着いてきたらしい。
そうなると、後はナズナの希望通り俺が利用したバグについての説明をすることにする。
「何て説明すれば良いか……とりあえず、破壊不能属性って判るか?」
「破壊不能属性? 言葉通りの意味でしか捉えられないわね」
ナズナは俺の身体に両手をついて身体を起こすと、俺の顔をじっと見て応えてきた。
いつもと立場が逆だが、目を見て話すのは興味のある話をする時のナズナの癖だ。
「武器や防具に耐久値が割り振られているゲームはそれなりにあるが、そんなゲームでも耐久値が無制限な武具は大抵存在する」
「最強の剣のようなユニークアイテムよね。折角苦労して手に入れたアイテムが壊れてしまうんじゃ、ゲームとしては微妙ね。つまり、ステータスボードがそれということかしら?」
ナズナはそう問いかけて来たが、ナズナ自身もそれが正解とは思っていないだろう。
そもそもユニークでは無いし、効果についても矛盾がある。
そうだ、と答えたら色々指摘が入ることだろう。
「いや、最強の盾は壊れないとしても、ダメージは入るだろ? この解釈は様々だが、盾を押さえた腕に衝撃がきたとでも考えておけば良いんじゃないか? ここでは、武具で考えるより道具で考えた方が近いだろうな」
「イベントアイテム? 誰かの手紙とか、稀少な調味料とか……。あぁ、そっか。なるほどね」
どうやらナズナは最後まで言わずとも結論まで至ったらしい。
ナズナは俺にずっと向けていた視線を外し、その場に立ち上がった。
上に乗っていたナズナが居なくなったので、俺も土になっている地面に足を立てて立ち上がる。
そして、制服全体についている土埃をできる限り叩き落とす。
「うーん、上履きが土だらけだな。これで学食に入るのは忍びないが仕方ないな」
何せ、旧校舎の昇降口には1年生の靴しかなかったし、そもそもコンクリートの上を移動する為に外履きに履き替えることも普段もしない。
「さ、ここにずっと居るのも危険だし、さっさと向かうか」
「そうね、そうしましょ」
ゴーレムが倒されたと判れば、ここの空白地点には直ぐに別のモンスターがやってくるだろう。
そうなる前に動き出した方が良い。
「いやいや先輩、気になって仕方ないっす! 今の結論はなんなんっすか?」
横で聞いていたミフユは理解できて居なかったらしい。
周りを見てみると、カナタさんはどうでも良さげ、芹沢はゴーレムが居た場所で踊っているスライムと遊んでいるが、片岡に関してはミフユと同意見な様で俺に視線を向けて頷いている。
聞きたい人数が複数居るようなので続きまで話した方が良さそうだ。
「ゲームのイベントアイテムって普通戦闘には使えないだろ? だが、この世界ならどうだ? そんな道具を無理矢理攻撃の射線に置いたらどうなると思う?」
「えっと……」
「壊れない前提なら何処かに飛んでいったりしますね」
ミフユは思い至らなかった様だが、代わりに片岡が応えてきた。
「残念。イベントアイテムは捨てられない」
「え? そんなことって……」
そりゃそうだ。
無くなってしまえば、イベントが進められない。
この世界にもそんなアイテムがあるかはまだ判らないが、もしあればこの程度の仕様なら付いてきそうに思える。
因みに、捨てられてしまって進行不能になるバグや、複数入手可能なアイテムにこの属性が付加されることでインベントリが圧迫されるバグも付き物ではあるが、今回の件とは無関係ではある。
「あれ? でもそれなら盾と一緒じゃないっすか? 衝撃が手に来るような」
「ステータスボードは手に持ってるか?」
「そ、それは空中に浮いて……」
目の前にあるステータスボード、元よりステータスはアイテム枠ではなく、本来ボタンを押せば画面上に表示されるものだ。
それがリアルで見えるなら空中に浮いているようになるのは自然だろう。
「そもそもだ。ステータスってのはシステムだろ? システム内の存在がシステムに干渉できるわけがないんだ」
そんな干渉できないものに、物理的な接触と操作は可能にしてしまっている。
そのため、最強の盾を超える完全防御という悪用が可能だ。
これはバランスブレイカーとなる致命的なバグだろう。




