26話 『土遁』
なんでドラゴンが居なくなったのにモンスターが溢れていないのか。
不思議に思っていたが、その理由はこのゴーレムが原因で間違いないだろう。
恐らく、ゴーレムもドラゴンを怖れて地中に隠れていたのだろうが、その他のモンスターはドラゴンとゴーレムの両方を怖れて近づいて来なかったと考えれば説明が付く。
いや、それも少し違うか。
芹沢が抱えていたスライムは特にゴーレムに気づいていなかった。
それに他のモンスター気づかれる程度であればドラゴンが気づかない訳もなく、ゴーレムが隠れる必要もない。
となると、ドラゴンが居なくなってこれ幸いと近づいて来たモンスターは、その端からゴーレムに殺られていたと考え方が正しい気がする。
地面に隠れているのであれば、落とし穴でも作ってしまえば地上のモンスターは簡単に殲滅できるだろう。
殲滅理由は捕食が目的とかそんなところだろう。
それでは、折角隠れていたのに何故今はわざわざ姿を現しているのか。
正直、これにも大方予想が付いている。
「ミフユ、お前凄いな」
「え? なにがっすか?」
視線を横に送ると、うつ伏せ方向に転んだ姿から起き上がろうとしているミフユがいる。
普通、足がもつれて転んだとしても、地面に衝突する前に両手で衝撃を抑えるものだ。
もし、手に何かを持っていた場合は反射的にそれを使用するのが自然だろう。
ミフユが持っていた物――カナタさんのスキルで強化された神銀製の鉄パイプ、それはミフユの手の先で地面に突き刺さっている。
つまり、たまたま転んだ事で、たまたま補食する機会を狙っていたゴーレムへとカウンター攻撃を放った事になっていたのだろう。
ドッペルゲンガーの攻撃を完全回避した時のように、物凄い剛運だ。
「『電光』!」
ここからはゴーレムの胴体に遮られて姿は見えないが、ナズナの雷魔法だ。
その雷魔法はゴーレムの頭部に当たり、轟音を響かせる。
だが、ゴーレムはまるで怯んでいる様には全く見えない。
やはり、材質がコンクリートなのもあって効いていないのだろう。
実際、ナズナの攻撃を露とも気にしている様には見えず、そのままこちらへ向けてゆっくりと右腕を空へと上げていく。
「ほら、立て! 一旦校舎まで戻るぞ!」
「う、うん」
俺は身体を起こすと、ミフユも神銀パイプを地面に押し当てて身体を起こす。
そして、一目散に旧校舎の昇降口に向かって走り出す。
ゴーレムはその巨体により、腕のリーチは相当ありそうだが、下半身が地面に埋まっているのもあってなんとか逃げ切れそうではある。
問題は逃げ切った後、次にどうすれば良いかというところだろう。
食糧も戦力も無い。
とすると、水で飢えを凌いで助けを待つ程度くらいだろうか。
「あぶねーー!! 避けろーー!!」
カナタさんの声が遠くから聞こえてくる。
逃げ切れた前提で前方しか確認していなかった。
足を止めずに振り返ると、カナタさんが叫んだ理由が判った。
「くそ、動けんのかよ……」
ゴーレムはそう素早く動けないものと思っていた。
確かに、忍術にある土遁のように地中に潜っていたことからある程度の移動能力を持っているだろうことは予想ができていたが、あれはない。
コンクリートが水のように波打ち、ゴーレムの上半身が滑るようにスライドしてきている。
例えるならばプールの底に足を着けて、立ち歩きしている様な姿が近い。
そういえば、ハーピィが共喰いにより成長していたが、捕食対象が別の種類のモンスターの場合どうなるのだろうか。
校舎の周りに居たモンスターは、リザードマンを代表する一般的に水棲なモンスターで構成されていた。
つまり、こいつらを捕食することで泳ぐ能力でも得たのではないだろうか。
それで地面を泳げるようになったと考えるのは斜め上な発想かもしれないが、ゲームでも時たま見かけるバグでもある。
とにもかくにも、直ぐ近くまで接近して来たゴーレムの右腕は既に持ち上げられている。
その腕に対して連続してナズナの雷魔法の轟音が響くが、やはり効果的ではない。
また、視界の端でカナタさんや片岡や芹沢まで駆け寄ってくる姿が見えているがそれも間に合いそうでもない。
あぁ、こりゃ無理だな……。
「来るな!! 逃げろ!!」
不要な犠牲を増やす必要もない。
ナズナ達へ向けて最後の言葉を残し、その場に立ち止まる。
「え? 先輩どうして――――」
「そのまま走れ!!」
立ち止まったのはミフユとの距離を稼ぐ為だ。
神銀パイプで敏捷性が上がっているミフユであれば、再び転びでもしなければ攻撃の範囲外にも抜けられる可能性もあるし、剛運のミフユであれば再び完全回避を引く可能性もありそうだ。
となると、これが最善の選択だろう。
一応、死を目前にした人間は闇に包まれて消滅したとミフユが言っていたので、それが救いであることがただ1つの希望ではある。
そこからは一瞬だった。
恐怖について考える暇もなく、ジャンケンで言うパーの形に広げられたゴーレムの右手は、容赦なく俺へと振り下ろされた。




