21話 『急所』
右足を掴まれ、そのまま握り潰されるかと思ったがそうではなかった。
掴まれた足をそのままにグッと上に引っ張り上げられる。
当然立っていられずバランスを崩して倒れるが、ミフユのように頭をぶつける前に、より速い速度で更に上まで引っ張られる。
「ぐっ」
握られている右足に全体重がかかる厳しい体勢により、身体が悲鳴を上げ口から吐息が漏れた。
『クシシシシ』
どこからともなくドッペルゲンガーの笑い声のような声が聴こえてくる。
だが、逆さまになった視界からはそれがどこから発声されたかまでは判別出来なかったが、仮に通常の視界でも恐らく判別出来なかっただろう。
何せ、先程まであった顔の形状の部分が無い。
と、言うよりも腕しか存在していない。
特別形状が不定のモンスターだったらしい。
「ナズナ! 撃てないか?」
目線はドッペルゲンガーの方に向いているが、背後ではナズナが魔法の準備をしている筈だ。
「無理よ。なんとか脱出できない?」
恐らく俺の身体が射線上にあるのだろう。
もしくは、仮に隙間を掻い潜って当てたとしても、電気魔法の特性で俺まで感電するとかそんな理由かもしれない。
万事休すだ。
状況は完全に詰んでいる。
いや、そもそも最初から詰んでいたのかもしれない。
探索をしない判断をしたり、この部屋から異音が聴こえた際に確認せず逃げる判断をすればその場は生き延びられたとは思うが、モンスターがこれだけ素早く、耐久力が高いのであればいずれやられていただろう。
『グ、グジジ……』
「ん? なんだ? ぐっ――――うわっ!」
ビビった。
ドッペルゲンガーが突然暴れたかと思ったら、そのまま掴まれていた足が解放され、地面へと落とされた。
だが、驚いたのはその現象ではなく、ドッペルゲンガーの身体から鋭い何かが俺の目の前まで伸びて止まった事だ。
その形状は2叉に別れて尖っている。
そして、真っ黒なドッペルゲンガーの身体とは違って赤く、尖った先端だけが銀色だ。
銀色の部分には違和感があるが、この形状には見覚えがある。
本来は只の工具であるが、その用途を悪用して犯罪にも使われやすい工具――バールの様なものだ。
と言うよりも、恐らくバールそのものにしか見えない。
つまり、目の前にある突起はドッペルゲンガーの攻撃ではなく、ドッペルゲンガーの背後からバールによって攻撃が行われ、その身体を貫通した結果なのだろう。
その証拠にバールを残してドッペルゲンガーの身体が崩れ始める。
『グ、ジ……ジ……』
「わりぃわりぃ。思ったより軟らかくてな、こいつ。もしくは、急所に当たったか。しかし、油断したな。大丈夫か?」
ドッペルゲンガーの身体が完全に崩れ去ると、予想通りその背後にはバールを掴んだ人物が立っていた。
その人物は、最初にドッペルゲンガーと間違えた人物で、つまり――――、
「カナタさん。居たんですね」
こんな時期に技術室に居る可能性があるのはカナタさんくらいのものだが、そこにドッペルゲンガーが居た時点でカナタさんはそもそも来ていなかったか、既にやられていたものと思っていた。
今ここに居るのであれば、この教室のどこかに隠れていたのだろう。
「音、だろうな。あいつは音に反応していたみたいだから、ノコを囮にしてすぐそこでじっとしていた。お前らは気づいて居なかった様だが」
カナタさんが指差した先は電ノコが動いている台の横の机だ。
実際、入口からは死角になっていそうで見えそうにない。
「確かに、眼球という器官は無さそうだったわね。影に成れるくらいだし。身体全体で音の振動でも捉えているのかもしれないわね。と、するとそこのスライムもそうかしら?」
『きゅい?』
芹沢が抱いていたスライムだが、いつの間にか近くに来ており、カナタさんの持つバールをペチペチと叩いている。
「うぉ、こいつは……なんか、大丈夫みたいだな。じゃ、ほら、とりあえず立てよ」
カナタさんはスライムを一回警戒したが、直ぐに安全と判断すると、俺へと立ち上がるように促してきた。
「あぁ、すみません。ほら、ミフユ。お前も立てよ」
俺はうつ伏せの様な体勢から腕で押すように身体を起こして立ち上がると、今度は隣で尻餅をついているミフユへと手を延ばす。
「あぁ、どうもっす。あれ?」
「ん? ほらよ」
ミフユの手を掴んだところで、何か異物を感じた。
恐らくミフユが何かを持っていたのだろうが、とりあえず後回しにして引っ張り上げる。
「んー、なんすか、これ?」
ミフユが立ち上がると、ミフユも手に何かを掴んでいた意識はなかったようで、異物を摘まむように観察し始めた。
その異物は、小さな球体であり淡い光を放っているが、それには見覚えがある。
恐らくナズナが魔法を得た時に手に入れた物と同じものだろう。
「あぁ、それはきっとスキルの――――」
「あー、先輩ありがとっす。じゃ頂きます」
ミフユへ説明しようとすると、ミフユは何を勘違いしたのか手にした珠を口に含んだ。
「あれ、なんか甘くな――――」
「ミフユ! 貴方大丈夫なの? 斬られてなかった?!」
「ゲ! ぐ、ぐふっ」
ミフユが一瞬ヤバイ顔をした。
片岡によるタックルを受けた衝撃で、口に含んだ何かを呑み込んでしまったらしい。




