19話 『消失』
「死んだわけではない?」
ナズナが片岡の言葉を繰り返して問い掛けているが、その疑問は俺も同じだ。
あの状況では、どう考えても助かっていない。
そもそも、最後に片岡が動揺したのも須藤に何かあったからではないのだろうか。
「それって、どこかに連れていかれた。とかかしら?」
「あ、えぇーと」
いつもしっかりしている片岡であるが、どうも歯切れが悪い。
きっと動揺しているのだろうが、ふと1つ思い出した。
ナズナと片岡は恐らくそこまで面識はない筈だ。
俺やミフユ経由で顔は知っているのだろうが、少なくとも直接会話しているのは見たことがない。
助け船でもと思ったが、そこで別の方向から先に声が掛かった。
「きっと、消えたんすよ」
「消えた?」
突然割って入ったミフユの言葉が理解できず聞き返す。
「私たち修了式には出なかったんすよ。ユカがちょっと具合が悪かったみたいで……」
それは俺達も同じだ。
世界の終わりとあって体調を崩す生徒がポツポツ現れ、修了式に参加しなかったメンバーだ。
俺やナズナは原因は別だがその対象だが、そういえばヤスタカも誰かのフォローをしていた。
それは2年での状況であったが、当然1年でも同じだったようだ。
「とにかく、あんなモンスター達がいきなり校舎中に現れたから教室に閉じ籠っていたんすよ。何故か扉を閉めると入って来ないみたいで、暫くずっと堪えてたんすけど……」
ハーピィが校舎内に飛び込んで来ようとしなかった原理だろうか。
だとすると、そのまま籠っていれば安全であったのに、わざわざ外に出たことになる。
その切っ掛けと言えば当然――――、
「あぁ、やっぱトイレに――――」
「違うっすよ! 教室の中に突然現れたんす! なんか、黒い靄と一緒に」
ナズナがデリカシーが無いわねなんて、口に出さず視線で言ってくるが、その視線が痛い。
だが、このシリアスさを折るような会話で少し余裕がでてきたのか、ナズナに支えられていた片岡が続きを話し出した。
「ミフユの言う通り、最初はゴブリン? みたいな生き物で、案外なんとかなるかもみたいな話をしてたんです。でも、あり得ないくらいのスピードで動き回って、皆消されていったんです。岡部君みたいに」
突然現れたことについては、リポップとかリスボーンとかの仕様だろう。
モンスターを追いやって安全地帯を作ったはいいが、足本湧きで壊滅なんてのはネットワークゲームでもよくあることだろう。
「なんか黒い何かに引き込まれる様な感じっすね。軽く怪我する程度だとそのままなんすけど、やばそうなのだとポンって感じで」
ミフユには実感が湧かないためか、軽い感じの表現であるが、そこは人の感性によって捉え方が変わってくるだろう。
例えば、芹沢はずっと動揺しているのかこの会話中もずっと無言のままだ。
一方、片岡の方は落ち着いてきたようで、ゆっくり深呼吸をすると、今度は芹沢に近づいて肩を抱くように話しかける。
「ユカも深呼吸でもして落ち着きなさい。ほら、ハヤト先輩が居ればなんとかなりそうな気がしてこない?」
なんでそこで俺の名前が出てくるのか不明だが、ここで否定するのも芹沢を落ち着かせるためには逆効果にしかならないだろう。
「ハヤト……先輩……?」
芹沢は片岡の言葉を繰り返す様に俺の名前を呟きながら、それがどこかと首を振ると俺と視線が合って止まった。
そう言えば、片岡の方はハヤト先輩、芹沢の方からは小瀬川先輩と呼ばれていた。
混乱と相まって俺のことを全く認識できていなかったようだ。
「あ――」
『きゅ、きゅいいー』
「あう」
芹沢が何かを言おうとしたところで、スライムがその顔面に飛び付いていた。
「ひっ! 魔物!? ユカから、離れなさい」
片岡が驚きながらも果敢にスライムを引っ張っているが、スライムのゲル状の身体が伸び縮みするだけだ。
尚、片岡は慌てているが、別にスライムは芹沢の顔を覆っているわけでもなくじゃれついているだけだ。
呼吸もできているようだし、溶解液を出しているわけでもない。
「え、と、ミナミ? だ、だいじょぶだよ? 元気だしてって言ってくれただけみたいだし……」
芹沢は顔にくっついていたスライムを顔から剥がすと胸に抱き込むように抱え込んだ。
「え、ほ、本当に? いきなり刺したりしない?」
片岡も掴んでいた手から、恐る恐るつつく様な動きに変わっている。
「あ、あれなんっすか?」
「あぁ、飴玉あげたらなんか付いてきた。テイムみたいなもんじゃないか?」
「そんな飴玉なんかで懐くもんっすかね」
少なくともミフユは懐く。
その発言から本人は自覚していないようであるが。
「取り敢えず、今は一度休んだ方が良さそうね」
確かに大体の事情は判った。
ナズナが言うように芹沢や片岡には一回休んで貰って、一旦心を鎮めさせるのが良いだろう。
となると、食料があり足本湧きが起きにくい最低限の広さの部屋――屋上前の倉庫に戻るのが良いだろう。
「じゃあ、戻って作戦会議だな」
「えぇ。でも、その前にこの旧校舎が安全か軽く確認しましょ。他に誰かいるかもしれないし、役に立つものもあるかもしれないわ」
ナズナの言うことももっともだ。
一度小部屋に戻って俺とナズナだけがまた探索に出る案もあるが、折角合流したところでまた置き去りにされるなんて芹沢達にとっても不安になるだろう。
であるならば、このまま探索をするのが無難という結論になる。