17話 『魔法』
「まず、これね」
そう言ってナズナが空中に出したのは、白い板だ。
その白い板には当然見覚えがある。
「ステータスボードか? なんでこのタイミングで」
「モンスターを初めて倒したからじゃない?」
断言してこないところを見るとナズナも半信半疑のようだ。
その理由は俺にも判る。
モンスターを倒すことがフラグとなり、ステータスが発生するなんてのはありそうな話だ。
しかし、それなら俺はいつモンスターを倒したのかという話だ。
確かに記憶が飛んでいるのは事実であるが、何の前知識もなくいきなり現れたモンスターを徒手空拳で討伐済だなんて話はとても信じられそうにない。
「書いてありそうな内容も同じなのか?」
「クリンコフセヌ。全く同じね。貴方のように自由に動かせたりはしないけれど」
クインコフセヌとは、ステータスボードに書かれている1番上の文字列を無理やりカタカナ読みした時の並びだ。
そうであれば、物としては全く同一の物だろう。
であるならば、同じ様に制御できて然るべきだとは思うが。
「こんな感じだけど出来ないのか?」
俺はステータスボードを出現させ、某アニメの遠隔射撃武器のように空中へ漂わせる。
「無理ね。いいえ、きっと可能なのでしょうけれど、私がそれをするにはかなりの練習が必要ね。無詠唱の魔法と同じで身体に無い何かを動かすみたいで気持ち悪いのよ」
「ふーん。そういうものか?」
自分に翼が生えたような感じで動かせば良いだけなので簡単だと思うのだが、これを主張しても仕方がないだろう。
「とりあえず、見比べれば本当にステータスなのかは確認できるかもしれないけれど、それは人数が増えた時にでも試してみましょう。それよりも、もう1つの方が重要ね」
確かに、動かせもせず謎の文字列が並んでいる板なんて意味は殆どない。
ナズナが得たものというくらいなのだから、もっと有用な何かがあったのだろう。
「そうね。うーん、あ。あれなんて丁度良さそうね」
ナズナは周りを見渡すと、俺の方向――いや、その横の窓にまで歩いてきた。
窓の外には人間のようなフォルムだが、手足や胸元や腰部が羽毛に包まれたモンスター――ハーピィくらいしかいない。
一見、亜人種のように見えなくもないが、その眼は赤く一色で、口から牙が覗くその顔からは、とても知性があるようには感じられない。
そいつは何かを探すように飛び回っていたが、ナズナがガラガラと窓を開けると、急にこちらに顔を向けてきた。
『キシャァァァァァ!』
ハーピィは一声鳴くと、真っ直ぐにこちらに向かってきた。
「不思議ね。音に反応したのかしら」
ハーピィは初め街の方を飛んでいた。
そいつが、わざわざこの学校の周辺まで集まって来ていた。
もしかするとこの学校内に何か目的があるのかもしれないが、一向に校舎内に入って来なかった。
そこから考えると、悪魔が階段から動けなかったように、モンスターが移動できるエリアが制限されているのかもしれない。
であるにも関わらず今になって反応したのは、窓を開けることで通り道ができたためか、ナズナの攻撃モーションにより戦闘中扱いになったためだろう。
そう、窓を開けたナズナは右手の人差し指をハーピィへ向けている。
そこからの行動は1つしかない。
「『電光』!」
先程まで無詠唱で使っていたが、やはり単発で撃つ場合は口にした方がしっくりくるらしい。
それはともかく、その指先から放たれた紫電は、連続で撃っていたそれとは比較にもならない。
1本の太い雷光があり、そこから漏れる様に小さい雷光が幾本も延びているが、その1つ1つが先程の『雷光』よりも太い。
威力が爆上がりした『雷光』は当然のごとくハーピィを消し飛ばした。
「なんだそれ。なんでそうなった」
「ステータスボードを得た時ね。その時に何故か魔法への理解が進んだのだけれど。案外、こういうのは貴方の方が詳しいのじゃないかしら」
ナズナもきっと実感から予測はあるのだろうが、俺に振るということはゲーム的な要素と考えているのだろう。
「うーん。あるとすれば、やっぱり熟練度かレベル、もしくはクラスが上がったってところか?」
熟練度はあれだけ同じ魔法――スキルを使用したのだから、熟練度が存在するのであれば上がって当然だ。
使用していた際は上がらず、戦闘後の一気に反映されるのはよくある仕組みだ。
レベルについては、あの悪魔がかなり高位のモンスターで経験値が半端なく多かったパターンだろう。
門番のような立ち位置や、悪魔という姿からするとボスのような存在だった可能性があるので、これもあり得るパターンだ。
そして3つ目については――――、
「熟練度やレベルというのは考えていたけれど、クラスっていうのは何かしら?」
「ほら、某ゲームで転職システムみたいな奴はあっただろう? あんな感じで最初は村人Aだったのが、冒険者Aみたいに変わったりするものだ」
転職を例にしたが、今回のケースでは不親切なチュートリアルの様なものだ。
魔物を1体倒す辺りがそのトリガだとしても、チュートリアル用モンスターがあんな悪魔では初見殺しも良いところだろう。
俺が初めからステータスボードを持っていたのも、知識があったため、チュートリアルスキップをしたのだと考えれば判らなくもない。
「なるほどね。いずれにしても検証するにはもう1人、2人くらい必要ね。探しにいきましょ」
「あぁ、そうだな」
とりあえず、行ってみる場所は大岩で潰されている2階の渡り廊下だろう。




