13話 『部室』
「まさか、鍵が掛かっていなかったなんてな」
ナズナに逃げると言われて手を引っ張られた方向は窓ではなかった。
踊り場の横の金属製の扉、その扉の中に引っ張り混まれた。
正直、窓を潜り抜けようとしたのであれば、モタモタして危険だっただろう。
「いえ、掛かっていたわよ。私が開けたの」
そう言ってナズナが鍵を見せてくる。
「なんでそんなもの持っているんだ」
部屋の中はガランとしたスペースがあるが、壁際には段ボールが積み重なっている。
元々の予想通り、学校の備品でも置かれてある倉庫なのだろう。
「ほら、立ち消えになったけれど表彰されるって話が上がったじゃない。その時に部室を用意してくれるって話になったのよ。世界が慌ただしくなってその話も有耶無耶になったのだけれども」
「それで返さずずっと持ってるのはどうなんだか」
ナズナが見せてくれた鍵には見覚えのあるキーホルダーが付いていた。
つまり家の鍵と一緒のキーホルダーであり、完全に私物化していた。
ナズナも手ぶらであったが、家の鍵はたまたまポケットに入っていたのだろう。
「とりあえず、暗いな。電気でも付けるか」
「あ、それは…………」
部屋の周りは窓の面が多いが、どこもカーテンで遮蔽されていた。
備品が日光による劣化するのを防ぐ目的だろう。
「…………付いたわね」
壁際にあった電気のスイッチを押したところで、ナズナが驚いた顔をしていた。
電気のスイッチを押して電灯が付くなんて当たり前の話だろう。
いや、それは間違いだ。
正につい先程の出来事による。
この辺りを管理していた配電盤が消失したのに電気が来ていることがおかしい。
「まぁ、系統が違ったのだろうさ」
「――――なるほど。そういうルールなのね」
俺の適当な回答に納得したのかナズナが静かに頷いて、手に持っていた鍵をスカートのポケットに戻した。
「さて、どうする? やっぱ外から回っていくか?」
通常の階段が使えない以上、ルートはそれしかないだろう。
どうするかを聞いてみたが、実際の質問の意図としては今すぐ行くかという内容になる。
「そう思っていたけれど、それは難しそうね。暫くここで様子見でしょう」
ナズナは電灯の明かりとは別に、カーテンを開いて自然の明かりを取り込むとそう言った。
その理由はその窓の先の光景を見ると明らかだ。
「こりゃ、不用意に外には出れないな」
「えぇ、早めに中に入って良かったわね。中が安全とも言えないけれど」
ナズナは開けたばかりのカーテンをピシャリと閉じる。
それもそうだ。
外の光景で見えたのは、人の様な頭部であるが無機質な眼、翼や鋭い爪を持った鱗状の脚、全身を覆う羽毛を持ったモンスター。
先程遠目に見えたハーピィが2、3匹見えていた。
見えない範囲まで含めると10数匹は集まっているだろう。
目でも合って襲い掛かられても堪らない。
「こりゃ、暫く待機かな。しかし、いつまでも居続るわけにもいかないしどうしたものだろう」
扉の向こうから悪魔が来る気配はないのでモンスターによる脅威は今のところない。
問題は食糧とか、その他の類いだ。
今はまだ10時過ぎだが、後2時間程もすれば腹も空いてくるだろう。
「とりあえず、食べ物に関してはなんとかなるわよ。それね。開けてみて」
そう言ってナズナは部屋に積まれている段ボールを指差してくる。
「これか? 結構重いな」
段ボールは4段程積まれていて1メートル50センチくらいの高さになっている。
そのままでは開け辛いので1箱持ってみると、ズッシリとした重さが手に掛かる。
「よいしょっと、開ければいいんだな」
段ボールは1枚のガムテープで上部を止めてあるだけなので、簡単に開けることができそうだ。
「なるほどな。防災グッツか」
そこにあったのは、レトルトのパックや水等が入っていた。
何か災害があった時用に学校が用意している備品か何かなのだろう。
レトルトパックを取り出してみると、水を入れることで食べられる炊き込みご飯の様なものだった。
『きゅい! きゅい!』
食べ物であることに反応したのか、後ろから付いてきたスライムがアピールしてくる。
「なんだ、空腹なのか? 食ってもいいぞ?」
そう言って手に持ったレトルトパックを振ってみる。
どれだけ味覚があるのかは判らないが、飴玉には喜んでいた。
飴玉の袋も一緒に消化していたが、なんでも良いわけではなく普通の食糧の方が良いのだろう。
『きゅい? きゅおおおお!』
「は?」
一瞬「いいの?」とでも言いそうな態度を取ったが、直ぐにその身体で段ボールに食いついた。
俺が持っていたレトルトパックでも、俺が開いた段ボールでもない。
棚に積まれていた段ボールその全てだ。
その全てを包むかの様に大きく広がると、ゴクンという効果音がなりそうな程一瞬でその物量が消失した。
「ピンク色の悪魔かよ……」
こいつの色は水色であるし、扉外の悪魔とは別物であるが、そんな感想が口から出た。
某ゲームの可愛いキャラクターを彷彿とさせるその行動に呆然となる。
「興味深いわね」




