12話 『飴玉』
「こういう時どうするんだろうな。血でも飲ませるのか? それか、特殊なボールとか持ってる?」
「無いわね。勝手に付いてくるんじゃない?」
あっさりとナズナに否定されたが、確かにスライムの様子を見る限りナズナの言う通りの様には感じる。
ただ、後から実は何か必要だったとなると後悔はしたくない。
とは言え、ナズナも俺も手ぶらだ。
無意味に血を流す趣味もないし、特別何かを与えることもできそうにない。
「おや? ……あー、これでいいか」
駄目元で制服のポケットを漁っていたら、胸ポケットに丁度良いものがあった。
胸ポケットからそれを取り出すと、それを目にしたナズナが「呆れた」とでも言うかのように溜め息を付いた。
「なんで学校にそんなの持って来てるのよ」
「これか? テイミングアイテムだな。こいつ用じゃなくてミフユ用だが」
「あー、納得。あの娘ならそれで懐きそうね」
ミフユはナズナと同じ天文部にも所属しているためナズナとも面識がある。
あの元気な後輩はこんな安価な代物でも大喜びする。
それが面白くて、なにかあった時のご褒美扱いで割りと常備していた。
具体的に言ってしまえば、1袋の飴玉だ。
パッケージの中で個包装されたものではなく、これ1つで単品で売っている。
駄菓子に該当するようで10円、専門店では8円で売っている。
ミフユに言わせれば、シュワシュワするのと当たり付きなのが特別感を感じるらしい。
尚、異常という程ではないがミフユは割りと当たりを引く。
「残念、外れだ。ほら、食え」
『きゅい。……きゅおお!』
包装を破りスライムの目の前に置いてやると、なんの躊躇いもなく食いついた。……包装ごと。
無機物も食えるのかと驚いていたが、味の趣向はあるようで飴玉の味に喜んでいる。
実際はどうだか判らないが少なくともそうは見える。
「さて、落ち着いたし校舎に戻るか?」
「そうね。誰かと合流して色々調べましょう」
◇ ◇ ◇
窓を潜り、階段の踊り場に戻ってきた。
とりあえず、渡り廊下の惨状を見に行く予定であったが、その予定はいきなり頓挫した。
「鳥……じゃないよな?」
「仮にそうだとしてもあの大きさならモンスターの一種ね。でも、あの姿ならもっと適した名前があるじゃない」
窓から入ると、そこには倉庫になっているであろう金属製の扉と下り階段がある。
そしてその下り階段の先に大きな翼を持った生き物がいた。
鳥なんて表現をしたが、その翼には羽毛は見えず、蝙蝠のような皮膜がある。
辛うじて鳥っぽいのはその頭部だ。
黒い鳥――鴉のような形状をしている。
もっとも、180センチメートル程の身長で2本足で立ち、腕を組んで佇んでいるそいつは鳥という括りには入らない。
「悪魔、か。ちょっと話し掛けてみるか……」
その悪魔は俺達が踊り場にやってきても微動だにしなかった。
スライムですら言葉を理解していたことを考えると、悪魔程の魔物であればもしかすると会話が可能かもしれない。
「危なそうなら逃げるわよ」
「あぁ」
逃げるのであれば再び窓から出ることになるが、別にそこは袋小路ではない。
うちの学校の屋上は別にフェンスで囲まれているわけではないので、無理をすれば降りられなくもない。
例えば渡り廊下の屋上、もしくは奥にある非常階段、この辺りであれば屋上から飛び降りることも可能だ。
「なぁ。そこ通してくれないか?」
「…………」
無言だ。微動だにしない。
意志疎通は難しいのかもしれないが、もしかすると襲ってすらこないのかもしれない。
「おーい。聞こえているの――――」
『クライア ド ワ? アヤモ クアネ ド ワ』
「は? なんだって?」
階段を1段降りると反応があった。
が、何を言っているか判らない。
語尾が同じため何か意味はありそうではあるが、ステータスボードの文字と同じで異世界の言語か何かなのだろう。
その意図を確認しようともう一歩近づこうとして――――、
『きゅいい!』
「え? うわわ!」
突然のスライムの声に振り向くと同時、手を掴まれていきなり引っ張られる。
その結果、一段下がっていた階段に足を取られてその場に倒れ込む。
引っ張ったのはナズナだ。
驚きで頭が真っ白だが、それは頭上に響くズゴゴンとでも呼ぶような音で上書きされる。
そこへ目を向けると、そこにあったのは金属製の箱だ。
学校の設備で恐らく配電盤とかそういった部類だろう。
そいつが大きくひしゃげている。
バチバチと言い出しそうなその配電盤は、直後消えた。
「は?」
意味不明な現象が起きた。
恐らく悪魔による魔法か何かだろう。
それ自体も異質ではあるが、悪魔という存在自体がその異常さを打ち消してくれる。
だが、配電盤は違うだろう。
黒い靄のようなものに包まれたそいつは、初めからそこに無かったかのように忽然と消えてしまった。
また、配電盤のみならず、それに繋がっていたであろう電線すら見当たらない。
その様子はまるで配電盤自体にHPがあって、それが消失したかの様ではないか。
「逃げるわよ!」
「あ、あぁ」
思考が余計な方向に持っていかれていたが、実際悪魔自体が脅威であることには違いない。
もし、あれが俺自身にあたっていたとすれば、消えたのは俺自身だったことだろう。




