11話 『魔物』
屋内に戻るために、まずは屋上にある小部屋の屋根から、通常の校舎の屋上に降り立つ。
そこから窓越しに校舎に入るわけだが、何故か先に降りたナズナは窓の方に向かわず、だだっ広い方向を向いて佇んでいる。
「ん、どうした? 珍しいものでも落ちてたか?」
金属製のタラップから手を放し、ナズナの方に向かうと何を見ていたのか判った。
『きゅい、きゅいい!』
青みがかったゼリー状の物体。
30センチメートル程の胴体から触手が2本延びてウネウネと動いている。
顔は付いていないが、恐らくこちらに気づいて鳴き声をあげたのだろう。
そんな謎の生き物は、先程のドラゴンやハーピィと同じ存在――モンスターに違いない。
いや、そんな分析をしなくても一般的にそいつがなんと呼ばれるかはあまりにも有名だ。
「スライム、か。王道だな。鳴くイメージは無かったが」
「その王道通り最弱、であれば良いのだけどね」
スライムは一般的に最初の街を出た後、一番最初に遭遇するモンスターであることが多い。
当然モンスターとしては最弱であるが、それ故に有名となり、逆に最強クラスのモンスターにまで成長するように描かれることがよくある。
「見た目的には弱そうじゃないか。折角だから現れたモンスターがどれくらいの脅威か確かめてみよう」
最弱そうな見た目のモンスターに対処できないようであれば、それ以外のモンスターであれば即死だろう。
ドラゴンなんてもっての他だ。
「服だけを溶かすスライムってパターンもあるわね」
「あー、なるほど。じゃあ、頼んだ」
「却下ね」
敢えなく拒否されたので、冗談はほどほどに最初の宣言通りに様子見で近づいていく。
スライムの攻撃方法と言えば、体当たりか溶解液といったところだろう。
後は、あのゆらゆらと揺れている2本の触手による打撃あたりか。
いずれにせよ一定の距離を取っていれば安全だ。
近づくことでどのような反応を示すかを見極める。
『きゅい?』
俺がある程度近づくと、スライムはこちらに振り向いた。
顔が無いので確実とは言えないが、一応、2本の触手の位置関係が左右対称になったので、こちらを向いているのはほぼ間違いがない。
そして、その状態でもゆらゆら動き続けていた2本の触手の動きがふいに止まった。
「――――っ!」
5メートル位だろうか、それだけ離れていたのにも関わらず、一瞬にしてスライムが距離を詰めてきた。
何をしたのかは理解できる。
触手で地面を叩いたのだろう。
その勢いで跳び掛かってきた。
方向的には顔面。
そういえばスライムの攻撃方法として、顔を覆い窒息させるというものがあるのを思い出した。
咄嗟に何か防ぐものはないかと考えるが、既に目の前までスライムの身体が近づいてきている。
既に躱すことすらできない。
そして、目の前で平面に押し付けられる様に広がり――――。
『きゅ、きゅいいー……』
否、平面に押し付けられる様にではなく、実際に押し付けられていた。
正確には目の前にある、向こう側が透けている白色の板、それに衝突していた。
そこにへばり付いていたスライムは、力が抜けたかのように地面へと落下する。
「倒した、わね。ステータスボードを武器にするなんて斬新ね」
「いや、つい無意識で」
白い板は、つい先程操作性を試していたステータスボードだ。
実際ステータスを表示しているのかは不明だが、少なくとも盾として流用することはできるようだ。
「とにかく、モンスターは思ったより能力が高そうだな」
この小さな存在であれだけの速度が出せたということは、人間程のサイズであればもう太刀打ちできないだろう。
『――――き、きゅぃ』
「おや、まだ息があったな。トドメ、差しとくか?」
地面に落ちたスライムは陸に打ち上げられたクラゲのように平べったくなっていたが、徐々に元の形に戻りつつある。
「ちょっと可愛そうだけど、その方が無難かもしれないわね」
『きゅ!? きゅいー、きゅいー』
ナズナの言葉を聞いたのか、スライムが急に起き上がり、触手を揺らしながら鳴き始めた。
その様子からは先程のような脅威は感じない。
「あら? 言葉が判るのかしら。思っていたより危険ではないかもしれないわね。なんて言っているのかな?」
「案外、『僕、悪いスライムじゃないよー』とかそんな感じじゃないか?」
一言一句合っているかはうろ覚えだが、有名なげーむのスライムがそんな台詞を言っていた。
『きゅ!? きゅい、きゅいいー』
スライムが俺の言葉を聞いたのか、今度はナズナから俺の方を振り向いて触手を振りながら鳴き始めた。
「今度は、『仲間になりたそうにこちらを見ている』ってやつじゃないか?」
これはある意味どこか夢見ていたシチュエーションだ。
異世界が召喚されたなんて面喰らっていたが、異世界転移なんてあった場合、真っ先に経験したい胸熱な展開でもある。
スライムの罠なんて可能性もあるが、王道のモンスター、王道のステータスとくれば、仲間システムがあってもいいだろう。
「さあ? でも、研究に都合が良いのは確かね。好きにしたら良いと思うわ」




