107話 『崩壊』
『グブッグブブブ!』
俺が近づいて来て後が無いと気づいたのだろう。
ゴブリンは力が抜けるのを堪えるのもやめ、麻痺すらも無理やり無視してカグラへと飛びかかった。
それは、全てをかなぐり捨てた、正真正銘最後の悪あがきだろう。
だが、残念ながら、その攻撃が成功する可能性は皆無だ。
俺にはゴブリンの動きはスローモーションのようにも見え、俺にも残っている麻痺の痺れも今ではほんの僅かになっている。
妨害は容易であり、それを選択しない理由もない。
『グブ!?』
ゴブリンはカグラに向かいながら、異変を感じて上を向く。
異変とはゴブリンの周辺に影が落ちた事だろう。
そして、その影は俺の影だ。
ゴブリンを追い越す様に飛び上がった結果、俺は空中におり、真下にゴブリンが居る。
当然ゴブリンへの最後の一撃を当てる為であるので、既に拳も振り上げている。
後はそれを振り下ろすだけだ。
恐らくそれに大きな力は必要ない。
だが、最後のけじめでもあるため、暴食スライムへ放った一撃の様に、全力で力を込める。
そして、そのままゴブリンへ向けて放った。
◇ ◇ ◇
『やり過ぎであるな』
拳の先にゴブリンは居ない。
そしてそこには魔核も存在していない。
だが、攻撃を外した訳でもないし、討伐し損なった訳でもない。
ただ、確認ができなくなっただけだ。
「確かにやり過ぎた。レベルシステムを初期化する事の意味を判ったつもりで判っていなかったな」
拳の先――かつて床だったそこには今何もなく、強い風がそこから吹き込んで来るだけだ。
要するに、あまりの威力により方舟の底面に穴を開けてしまった。
穴と言うには少々大きすぎる訳だが……。
レベルシステムの初期化と言っても、それに使われたエネルギーが消失する訳でもなく、青のコアに戻るだけだ。
それが青い光であるが、言い換えれば経験値になる。
俺のレベルは3桁だったが、アルを再封印した際に4桁に達してボーナスでも出たのか大きく力が湧き上がった。
そして、管理者になってその力が更に増大したかと言えばそこは少し異なる。
前までは純粋に力が多いという感覚だったが、今は自由に力が引き出せる様な感覚だ。
結果として、全力を込めるという同じ行動ながら、暴食スライムの時とゴブリンの時で大きな差になった。
それがこの有り様である。
『著しい損傷を確認。中央区画に対する保護機能により該当区画をパージします。対象区画に居るものは速やかに退避してください。対象区域――聖殿区域。繰り返します――――』
どこからともなく声が聞こえてくるが、この声は何度も聞いている。
AIによる警告だ。
AIの本体であるメカニックドラゴンとはナズナ達が戦っていた筈だが、そちらの戦闘はどうなっただろうか。
少なくともAIの方は無事であるのは明らかだが、せめて撤退していて欲しいところだ。
まぁ、ナズナがまとめているので上手く切り抜けているであろうが。
場合によってはそちらに戻る事も考えるも、今はそれよりも先にしなくてはいけないことがある。
パージされる聖殿区画――どう考えてもそれはここだ。
カグラが赤のコアの力を祭壇の様なところに供給していたので、聖殿という名称も納得できる。
だが、そんな神聖な場所を簡単に切り捨てるなんてAIが文字通りバグっているのではないかなんて疑いもする。
まして、この方舟のエネルギー源である赤のコアや、船長たるカグラが居る区画が対象になるのもなんとも機械的だ。
AIのロジックは気になりはするものの、とにかくそのカグラだ。
ここは上空であるため、パージされたら当然落下するのが目に見えている。
カグラの背中には翼が生えているので飛ぶこともできるだろうが、それも意識があってのものだ。
連れ出すか叩き起こす必要がある。
「おい、カグラ! いい加減目を――――ッ!」
カグラに近づこうと一歩踏み出したところ、その床が崩れた。
地面が無くなり自由落下が始まるが、辛うじて片手で床の縁を掴んで身体を支える。
思えば、方舟へのダメージは俺の攻撃だけではなかった。
アルを封印した際のブレスの暴発――それが床や各所にダメージを与えていた。
今崩れたのはそこだ。
辛うじて支えられていたのを俺がトドメを指したのか、聖殿区画の床全体が崩壊を初めている。
「カグラ! 起きろ! 起きて逃げろ!」
大声で声を掛けるが、残念ながら反応はない。
それならば、身体を引っ張りあげて向かいたいところだが、残念ながら俺が掴んでいる箇所もその力に耐えられそうもない。
そして、崩れた。
ステータスがいかに高かろうと、人間である以上、空を飛ぶことはできない。
だが、落ちるまでの間で凛とした声が聞こえた。
「大丈夫……カグラの事は任せて……」
どこか聞いた事のある声、但しその声が紡ぐ言葉の響きに聞き覚えがない。
それを口にした者の姿は、落下しながら辛うじて眼の端に映った。
全体的に白く、背中には大きな翼を携えているその人物には見覚えがある。
『ふむ。寝坊しておいて、肝心なところは押さえるところは、小娘とは違うな』




