101話 『食欲』
「回避は得意ではないんだがな」
暴食スライムの触手は既に無数に発生し、俺へと降り注いでいる。
それを回避するのは、ミフユの様な運に任せたものではなく、意識的なものになっている。
そうすると、意識の内から外れたものも出てくる。
その1本の触手が足元でキンと言う音と共に弾かれた。
『ふむ。段々と攻撃の手が増えてきている様だがこの先の事は考えておるのであろうな』
今の防御はアルの制御によるステータスボードによるものだ。
俺は回避に専念し、それを抜けてきた攻撃の対処をアルに任せている。
アルを解放するとは言ったものの、今はその時ではない。
タイミングとしては、もっと暴食スライムの余裕が無くなった後、カグラとの分離が完了してからだ。
そもそも、カグラが居る段階でブレスを撃つ訳にもいかないだろう。
そしてそのカグラだが、今は上半身が暴食スライムの身体から露出している。
これは、暴食スライムが触手を増やすために、カグラのコアへ掛ける労力を分散した結果だ。
「あぁ。多分もうすぐ。暴食スライムが動いてくるだろうからそこで仕掛ける」
食べ放題であるカグラのコアから離れてまでして俺に対する触手を増やしているのは、目の前の食材への興味に他ならない。
されど、それが一向に手に入らないとなると、段々と焦れて来るだろう。
その焦れは段々と詰み上がり、効率面さえ無視した行動にまで発展するものと思われる。
『ぎゅおおお!』
来た。
ついに、暴食スライムの焦れが限界に達したのかこれまでしてこなかった行動をしてきた。
その変化として、暴食スライムから黒い光が生じ、それと共に俺の足が何者かに掴まれた。
俺の足を掴んでいるその黒色の手は、俺の影から生まれている。
闇魔法だ。
先程考えた4つの属性以外の属性として、ドッペルゲンガーの様な黒をメインカラーとした『闇』属性が存在している。
他にも2色存在しているが、とにかく今は『闇』は無関係で、魔法を使用したという事実の方が重要だ。
暴食スライムは他者を捕食すると、そいつが覚えているスキルを使用できる。
だが、戦闘を始めてからは触手により掴まえようとする動きのみで一向にスキルを使用してこなかった。
その理由は容易に予測できる。
魔法やスキルを使用すると喉が渇いたり腹が減るからだ。
正常な状態でもスキルの使用を渋っていた位だから、コアを入手して食欲が増大した今であればその傾向は尚更でもある。
それを解禁したという事は、その渋りよりも目の前の食材への興味が上回り、触手の運用でカバーすることもできなくなったという事だ。
「なら、これはどうする?」
足を掴まれ、次に来る無数の触手の回避は不可能にはなった。
アルの防御も及ばず、全ての触手が俺に巻き付いてくる。
但し、完全に身動きできなくなる前に、制服の左ポケットに突っ込んでいた手を抜き放ち、中にあった物をばら蒔いた。
『ぎゅ? ぎゅぎゅ…………。きゅおおおお!』
青のコアの管理者として衝動的に行動していた今までとは鳴き声のトーンが異なる。
これは、暴食スライム本来の意識の面が強く現れた結果だ。
効率面から考えれば、カグラの赤いコア、そしてアルの紫のコアの方がエネルギーは多い筈であるが、それらを放棄し、暴食スライムは俺がばら蒔いたそれらへと飛び付いた。
『なんだ? それらは』
アルは知らないだろうが、これは暴食スライムの趣味嗜好によるものだ。
触手を限界まで展開している現状において、真っ先に動くのは暴食スライムの本体だ。
結果としてカグラは解放され、俺への触手による拘束もそぞろになっているので、俺も拘束から抜け出した。
「なんて事はない。ただの飴玉さ」
廉価で買えるお菓子であり、腹を満たすには程遠い代物だ。
しかし、甘味に目がない暴食スライムにとっては何にも優先するものになりうる。
それを聞いたアルから呆れた様子が伝わって来るが、予測通りに成功したので次の行動に移る。
「さて。準備は良いか? 恐らく直ぐに食べ終わるだろう」
そこまでが勝負だ。
飴玉を食べ終えてしまえば、再びカグラや俺が狙われる事になるだろう。
『うむ。いつでも問題ない』
「じゃあ頼む。――――『解放』!」
胸から下がったアミュレットを握り、そこから伝わって来る操作方法の通りにアルを解放する。
アルの肉体を先に構築し、その中にアルの魂を入れる感覚だ。
なんとなくのイメージで制御したものだが、とにかくそれは成功を迎えた。
隣には、封印した時と同じ――紫色の鱗を備えたドラゴンが現れている。
『ガッハッハッハ。中も快適ではあったが、久しぶりの肉体も心地よい。さて、ハヤトよ。時間を稼ぐ必要があるが、我がおらず耐えられるのか?』
『きゅ……。ぎゅぎゅぎゅぎ!』
暴食スライムは、アルの存在を確認して流石に生存本能にでも触れたのか、飴玉を捕食する行動を一部切り上げ、そのリソースを使って触手を掲げてきた。
辺りを埋め尽くす程無数の触手ではないが、それでも数十本は展開されている。
それらを、アルのブレスの準備が終わるまで、アルのサポートを受けずに捌き続ける必要がある。
「さてね。やってみるしかないだろう」




