【裸の王様】中二病だと見える服
あるところに疫病が流行っていた国がありました。
その病は、罹ると性格が一変してしまうという恐ろしいものでした。結果、国中の人々が「煉獄に住まう亡霊どもが現われたぞ!」とか「出でよ、霊獣! ズバーン!」などと、訳の分からないことを口走るようになります。
けれど、それは過去の話。治療法が確立された今は、患者の数もぐっと少なくなりました。
しかし、それでもまだ隠れた罹患者がいるかもしれません。もしその人が再び病を広めてしまったらどうなるでしょう? 人々は恐れおののきます。
この国の幹部たちもその内の一人でした。
「ああ……どうしたものか……」
疫病患者をあぶり出す方法を考える会議は、今日もいい案を出せずにいました。集まった大臣や王様の顔は暗く、辺りには重苦しい空気が漂っています。
「誰か意見はないのか? このままでは、また以前の状態に逆戻りだぞ」
王様が言いますが、皆はそれに答えられないでいます。そこに客人がやって来ました。
「初めまして、皆様。わたくしは仕立屋でございます」
客人が自己紹介すると、会議の参加者たちはざわめきました。
「仕立屋? そんな者が何の用だ」
「悪いが我々は忙しいのだ。服を作らせている暇はない」
王様たちは早く帰るように促します。けれど仕立屋は動きません。
「皆様、わたくしの作る服は普通のものではございません。皆様の悩みをたちどころに解決することができる特別な品なのです」
仕立屋は持ってきた大きな箱を開けます。
「どうぞ、中をご覧くださいませ」
仕立屋に言われ、近くにいた大臣が皆を代表して箱の中を覗き込みます。
けれど、そこには何も入っていませんでした。大臣は眉根を寄せて「空ではないか」と言います。
しかし、仕立屋は澄まし顔です。
「いいえ、この中にはきちんと服が入っていますよ」
仕立屋は箱の中に入っているその「服」とやらを取り出してみせました。
「そんなわけがないだろう。私には何も見えんぞ」
「貴様、まさか我々を担ごうとしているのか!?」
大臣たちは怒り出しましたが、仕立屋は「それでいいのでございます」と言いました。
「皆様の困惑もごもっともです。これは疫病患者にしか見えない服なのですから」
仕立屋は得意そうにしていました。
「どなたかがこの服をお召しになって、城下でパレードを開くのです。するとどうでしょう。誰もがその人物が裸で歩いていることに困惑する中、何でもなさそうな顔をしている者もいるはずです。それこそが疫病患者でございます」
「なるほど、よい考えだ!」
一転して、大臣たちは笑顔になりました。
「きっと上手くいくぞ。問題は、誰がその服を着るのかだが……」
裸で町を練り歩くという役目に、皆は抵抗があるようです。そんな中、名乗りを上げた者がいました。
「ワシが行こう」
なんと、それは王様でした。
「国の危機だ。国王であるワシが立ち上がらずしてどうするのだ」
王様の決意に大臣たちは胸を打たれます。早速パレードの日時が決められ、見えない服を着込んだ王様は楽隊を率いて大通りを行進することになりました。
このイベントはあらかじめ城下の者たちに知らせてあったので、道は人で溢れかえっています。予想通り、彼らは不思議そうな顔をして「王様はどうして裸なんだ……?」と口々に囁き合っていました。
そんな中、控えていた仕立屋が王様の耳にこっそりと囁きます。
「陛下、あの少年をご覧ください」
仕立屋が指差す方には小さな子どもがいました。彼はこちらを見ながら頬を染めています。
「なんと素晴らしい!」
少年は小躍りしていました。
「あの仮面についた羽は、さしずめ『グレート・ダークネス・ウイング』とでも言ったところか。腰に刷いた得物は……ま、まさか『封竜剣・マッドドラゴンキラー』!? 一体どのようにして奴を手懐けたというのだ!? ああ! 頭上に戴くのは、資格のない者は触れることすらできぬという『血の宝冠』ではないか! それからあれは……」
少年は興奮した調子でまくし立てます。間違いありません、疫病患者です。王様は「捕らえよ」と兵士に命令して、その後も何食わぬ顔でパレードを続けました。
結果、その日だけで王様は五人もの隠れた罹患者を見つけることに成功します。上がった成果に気をよくした王様は、その服を着て国中を訪問することにしました。
その甲斐もあって、瞬く間に疫病は根絶されます。大臣たちは歓喜し、王様も仕立屋にたくさんの褒美を取らせました。
「……ついに終わったんだな」
皆が疫病はすっかり終息したと安心する中、王様は記念にもらった「疫病患者にしか見えない服」を悦に入りながら眺めます。
「上手くいった……。もうこの国に患者は誰もいない。それだけではなく、このような素晴らしい装束を手に入れることもできるとは……。これこそ王者たる者に相応しい装いというものだ。そう、このワシ、『†暗闇のエンペラー†』にな!」
王様は高笑いをします。
「悪く思わんでくれよ、病院送りになった同胞たち。世界の覇者は一人でいいのだ。ワシこそが暗黒世界の指揮者なのだ! ふふふ……ははははは……!」
実は王様は初めからずっと服が見えていたのです。それなのに何も知らないふりをしていたのでした。
「こうしてはいられないな。早速この衣裳に名を与えねば。我が覇道を彩るよき真名……何がいいだろうか……」
楽しい時間は続きます。
その後も王様は病に罹っていることを隠し通し、孤高の独裁者としての使命をまっとうしたのでした。