【シンデレラ】堕天使、灰燼に帰す
「おや、シンデレラ。何を泣いているんだい」
あばら屋の近くを通りかかった魔女のおばあさんは、中庭で女の子がうずくまっているのを見て声をかけました。
「お城の舞踏会に行きたかったのに、意地悪なお姉様たちが私のドレスを破いてしまったの」
「まあ、それは気の毒に。よしよし、私が新しいドレスを魔法で用意してあげようね」
「本当に!? だったら、こういうデザインにしてちょうだい!」
目を輝かせながら、シンデレラは懐から一枚の紙を取り出しました。
「私が着るはずだったドレスのデザイン案なの」
「こ、これは……」
紙を覗き込んだ魔女は固まります。
裾がボロボロになったマント、ガイコツだの何だのがぶら下がったスカート、無駄にジャラジャラと巻かれた鎖、怪我もしていないのにつけられた眼帯……。
そこに描かれていたのは、かなり個性的なファッションだったのです。
「この装束は、『堕天使、灰燼に帰す』っていう名前がついてるの。ほら、背中には羽も生えてるのよ」
シンデレラは嬉しそうに言いました。
「私、これを着て舞踏会に行くのをずっと楽しみにしていたの。それなのにお姉様たちったら、『絶対やめてちょうだい! 身内にこんなのがいるなんて耐えられないわ!』って言ったのよ! ひどいわよね?」
「そ、そうだねぇ……」
正直に言えば魔女はお姉さんたちの言い分に賛成したかったのですが、シンデレラがあんまりにも無邪気に尋ねてくるので、本当のことが言えませんでした。
「さあ、おばあさん。早くこのドレスを出してちょうだい!」
「いや……でも、本当にいいのかい?」
魔女は何とかしてシンデレラの気を変えられないかと必死になります。こんな服を着て公衆の面前に出るなど、正気とは思えませんでした。
「私なら、もっといいドレスを出してあげられるんだよ? 素敵なガラスの靴もつけてね。この舞踏会には王子様も来ているんだ。だから……」
「だったらなおさら、これを着て行かないと! 『堕天使、灰燼に帰す』を纏った私に、王子様の目は釘付けになること間違いなしよ!」
「確かに釘付けにはなるだろうけどねぇ……」
「おばあさん、早く! 舞踏会が終わってしまうわ!」
シンデレラに急かされ、魔女はやけ気味で杖を振ります。するとシンデレラのボロボロの服が変化し、彼女は『堕天使、灰燼に帰す』を身につけた姿に早変わりしました。
「ありがとう! おばあさん!」
シンデレラはカボチャの馬車に乗って颯爽と舞踏会に出かけていきます。魔女は不安でいっぱいになりながら、その様子を見送りました。
シンデレラがお城に到着する頃には宴もたけなわ、舞踏会は最高に盛り上がっていました。
参加者たちは皆、シンデレラを奇妙な目でジロジロと見ています。彼女が足を踏み入れた途端に、会場の音楽も一瞬鳴り止んでしまったほどでした。
そこに大声が響きます。
「くぅっ! 静まれ、僕の左腕! こんな人が多いところで暴走するわけにはいかないんだ……!」
腕を押さえながら一人の青年が歩いてきます。どうやら彼も患っているらしく、シンデレラと同じような眼帯をつけていました。
「まあ、殿下だわ……」
「大変、早く行きましょう」
参加者たちはヒソヒソと囁き合いながらどこかへ消えていきます。後に残されたのはシンデレラだけでした。
「ぐっ……あ、あああ……君は?」
苦しそうに呻いていた王子は、シンデレラを見て目を丸くしました。
「その衣……まさか君は『片翼の堕天使』なのか?」
「殿下、それはとうに捨てた名です。今の私はただの堕天使。灰と煤の中より深淵を覗く者……」
「そ、そうだったのか!」
王子は飛び上がって喜びました。普段から皆に煙たがられていた王子は、同族に会うのは初めてだったのです。
「これは奇跡だよ、愛しい堕天使。僕らは魂の番なんだ」
「ああ……なくしたと思っていた私の片方の羽は、こんなところにあったのですね……」
二人は熱いキスを交わします。こうして運命の出会いを果たした彼らは、隔離治療を受けるために辺境にある保養地に送られました。
シンデレラと王子はその地で、いつまでも幸せに暮らしたとさ。