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第五話「真実の愛」

 革命が成功すれば貴族から財産を奪って暮らせる、憲兵に追われることもない、と繰り返しアロアはトワを説得した。それに対しトワはああとかうんとか生返事を返すだけであった。

 暴走するアロアを自分には止められない――それがトワには悲しかった。近くにいるのにどこか遠くにいる人になってしまった感じがして辛かった。でも彼女の傍から離れたくない、その一心で彼はついていく。

 革命勢力は首都ルナリウムに進撃する中膨れ上がった。各地で似たような蜂起が相次いでいたのである。その中で冷徹で教養もあるアロアは頭角を現していった。彼女は民衆達のリーダーの一人として指揮を任されるようになっていた。

 雲一つない晴天の日だった。ルナリウムに入ったアロアは自分の兵隊達に向かって標的を告げた。


「向かう先はシェンエイ紡績(ぼうせき)工場! 貴族のドレスを編む糸を作り出す工場だ。そこの支配者は悪辣(あくらつ)で労働者を奴隷のように扱っている。諸君、革命とは何か。それは唾棄(だき)すべき古い体制を破壊し、人々に自由と平等をもたらすことである。シェンエイ紡績工場に囚われた同士を解放し、革命せよ諸君!」


 それはアロアの(しいた)げられた日々の復讐であった。何も知らぬ民衆達からは歓声が上がる。トワだけがあわあわとしていた。


「アロア、確かにあの工場は酷かったけど、それをこの人数で襲うのは……」

「トワ。悔しくないのか? あの屈辱に(まみ)れた日々を。それを清算するチャンスなんだ。トワなら賛同してくれると思ったのに……」


 アロアは半ば失望の眼差しを向ける。それはトワにはひどく辛かった。

 しかしトワもまたアロアに失望している部分はあった。彼女は今も彼に対しては優しい。でもそれ以外の人間に対しては凶悪な一面をできれば見たくはなかった。


「それじゃあ私は行く。なんならトワは待っていてもいい」

「……いや、俺も行くよ」


 いつしかアロアの背中を追いかけるだけになっているトワだった。どうしてこうなってしまったんだろう、これで本当に幸せなのかと自分に問いかけながら。




 アロア率いる愚連隊はシェンエイ紡績工場に押し掛け、入口から雪崩(なだれ)れ込んだ。手には良くて槍、なければ(くわ)とか(すき)とか農具を持って。アロアの指示で労働者を逃がし、監督役以上の者を捕まえていった。そして工場の前に連れてきて横一列に並べた。

 その中にはかつてのアロアの上司もいた。一人一人確認していくアロアを見つけると思わず叫んだ。


「貴様アロアか! そうか貴様がこいつらを扇動したんだな! 逆恨みか!」

「いいや、革命だよ」


 アロアはその上司の首を剣で()ねた。そして手下に合図を送ると、一斉に処刑が開始された。

 上司の生首を蹴るアロアを見て、トワは今までの我慢の限界が来た。彼は呼び止める。


「アロア! もういい加減にしてよ! こんなことやめてさぁ、元の優しいアルデリヒドに戻ってよ!」

「アルデリヒド、久しく聞いてなかった名だ……私はもうアロアなんだ! 革命に身を捧げた乙女(おとめ)、アロアだ!」


 アロアも言い返す。トワはなおも言い(すが)ろうとしたが、その時群衆の慌てる声を聞いた。


「憲兵だ、憲兵が来たぞ!」


 騒ぎを聞きつけて憲兵の一団が工場に到着していた。アロアは指示を出す。


(ひる)むな、突撃ー!」

「アロア! それはまずい!」


 トワは止めるがアロアの兵隊達は彼女の言うことしか聞かない。初めは数の差で憲兵を押し返したかのように見えた、が憲兵は次々と応援を呼びキリがない。彼らはマスケット銃で武装し訓練しているので次第に群衆を蹴散らしていく。

 流石に分が悪いとアロアが判断し撤退を命じた時だった。憲兵の銃口が騒動を指揮するアロアに向く。それがトワにはわかった。慌てて彼女を(かば)うように立ち塞がる。


「危ないアロア!」

「トワ?」


 憲兵のマスケット銃が火を噴いた。トワは胸部を撃たれる。生温(なまぬる)い血をアロアも浴びた。トワの身体から流れ出る血を。


「トワ! おい、しっかりしろ!」

「うう……」

「トワーーーーッ!」


 トワは虫の息だった。アロアは自らの暴走が招いた結果に驚愕(きょうがく)し絶叫する。

 トワを背中に乗せてアロアは工場近くの建物の陰に運ぶ。そこでトワを降ろし介抱しようとした。しかし誰がどう見てももうトワは助からなかった。


「アロア……」

「待っててくれトワ、今医者を呼ぶから。絶対なんとかするから」

「そんなことはしなくていい……ただ話を……聞いてくれないか」


 トワは自分がもう長くないことを悟り、決断した。今まで隠していたことを包み隠さず話そうと。


「俺は……私は……実はトワネットなの」

「トワ? 何を言って」

「トワネットはニャックと魔法で入れ替わった後……性転換の魔法の薬も自分で飲んで男になった……それがトワの正体」

「なんで、そんなことを……」

「全てはアルデリヒド、貴方に愛される自分になりたいと願ったため……でもそれは真実の愛ではなかったわね……本当に貴方を愛するなら、貴方を巻き込むべきではなかった……トワネットのまま、片思いを続けるべきだった……本当に愛しているのなら……今まで(だま)していて悪かった、ごめんなさい」

「いや、いいんだよトワネット。君の気持ちはよくわかった。だからもう喋るな。傷に(さわ)る。医者を呼んでくるから」


 トワの、トワネットの告白を本当は受け止めきれていないアロアは離れようとする。だがトワネットは彼女の手首を掴んで離さなかった。


「お願い、最後くらいは隣にいて」

「最後だなんて、そんなのは嫌だ……」

「アルデリヒド……愛しい人……」


 痛みに耐えながらトワネットは微笑(ほほえ)む。アロアはそんな彼に応えようと顔を近づけてキスをした。


「ありがとう、アルデリヒド」


 それがトワネットの最期の言葉だった。息絶えてしまえばそこら辺に転がっている(しかばね)の一つになる。

 アロア――アルデリヒドは慟哭(どうこく)した。自らの野蛮な行いの大きすぎる代償に(むせ)び泣いた。許されるならやり直したいと願った。でもそんな都合のいい魔法はない。

 やがてアロアはトワの(むくろ)を背負って歩き出す。ひたすら修羅の道へと。




 その後も革命の炎は燃え上がる一方で、ついにチューリヒ宮殿を占拠し革命政府を樹立、サンマルク公王を始め大貴族達の処刑を始めた。そのリストの中にはトワネット・ブルゴーニュの名もあった。

 投獄されたトワネット――その正体はニャック――の下へ歩む者がいた。今や革命政府の一員となった革命の乙女、アロアだった。


「久しぶりだな、いやひょっとすると初めましてか? ニャック・ニッキーニ」


 本名で呼ばれて一瞬ニャックは目を丸くする。だがすぐ魔女らしく余裕ぶった表情に戻る。


「その名で呼ぶってことはまさか貴方、アルデリヒド?」

「今はアロアだ」

「そう。トワネットは? 元気にしているのかしら」


 アロアはニャックをきつく(にら)む。ニャックは怯むこと不敵に笑む。


「そう、貴女(あなた)一人なのねアロア」

「性転換の魔法については世話になったな。だがトワネットを裏切った報いは受けてもらうぞ、魔女!」

「私はトワネットとして十分贅沢に生きたわ。もう人生に後悔なんてしていない。望むところよ」


 吐き捨てるように言ったアロアに対しニャックも言い返す。アロアは不機嫌になって(ひるがえ)し牢屋を去った。

 それから数日経ってニャックの処刑が始まった。彼女は両手を縛られ、人力車に乗せられ断頭台に向かう。その様子を断頭台広場から少し離れた高台からアロアは眺めていた。

 トワネットの顔をしたニャックが断頭台にかけられる。トワネットの死を二度もアロアは見ることになった。落ちていくギロチンの(やいば)。トワネットの頭が胴体から離れ、処刑人の手で掲げられる。

 その時言いようのない痛みをアロアは感じた。と同時に気付いたことがあった。

 自分は女性を愛せないんじゃなかった。本当は誰も愛せないんだ。男が好きといいながら本気で誰かを愛したことはなかった。

 確かにトワのことは大切に思う気持ちがあった。けど自分にはトワに、トワネットに愛される資格はなかったんだ。その気づきが痛みを加速させる。

 痛い。どうしようもなく痛い。だが声にならない。

 アロアは思う。いずれ自分も報いは受ける。すでに革命政府は急進派と穏健派に割れていて自分達急進派の立場は危ういと。断頭台にかけられる日はそう遠くないのだろう。

 だけど今じゃない。その時まで自分は生き抜くしかないんだという強迫観念があった。トワネットの分まで生きる。そして、いつか夢見た楽園を作り出す。

 あの日、魔法でアロアになってから、動き出してしまった以上はもう止まれないアルデリヒドだった。

ここまで読んでくださってありがとうございました。

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